白状すると、筆者は高いところが苦手である。正確にいうと、高い建物の上が苦手。高いタワーの上の展望台なんて、よほどのことがなければ上がらない。ところがどういうわけか、飛行機に乗って空を飛ぶのは平気である。しかし世間一般には、「飛行機のほうが怖い」という人のほうが多数派かもしれない。
どうして飛行機が怖いと思われるのか
飛行機が怖い、という話について回る定番のフレーズは「あんな鉄の塊が飛ぶなんて信じられない」というもの。しかし、実際にはアルミ合金や炭素繊維複合材やチタンが構造材料の主流であって… (実は、スチールを使用している事例もあるにはあるが)
というのは話の本筋ではない。
統計上は、自動車よりも飛行機のほうがはるかに安全である。しかし、「地に足が付いていない」とか「天候によってはグラグラ揺れる」とか「窓から外を見ると主翼がユサユサしている」とかいった具合に、恐怖感を煽る要素があるのは否定できない。実は、本連載の第1回で書いたように、主翼はユサユサしているほうが安全なのだが。
あと、いったん事故が起きると、その現場の悲惨さは自動車事故の比ではない。そのことも「飛行機に乗るのが怖い」と思わせる要因になっていると思われる。
しかし、とりあえず頭を冷やしてみようではないか。そもそも「飛行機の事故」にはどんなものがあって、それに対してどんな対策がとられてきたのか。それを知ることが、飛行機に乗る際の安心感につながる。
一言で「航空事故」といっても、その内容は多種多様である。飛行が継続できなくなって意図せざる地面との接触(いわゆる墜落)をする事故だけではない。離陸の失敗、山などの障害物との意図せざる接触(いわゆる衝突)、空中での異常接近や衝突、地上での衝突、空中爆発や空中分解、航法の失敗、燃料の積み忘れや積載不足によるガス欠、etc, etc。
どれをとっても、発生する事故の種類ごとに原因がみんな同じということはなくて、背後にある事情はさまざまだ。それを1つずつ、根気強くつぶしていくことが、飛行の安全につながっている。
実のところ、事故の中には人的ミスに起因するものもあるが、そこで「お粗末なミス」「たるんでる」といって吊し上げても、問題の解決にはならないし、再発防止にもならない。どうしてミスをしたのか、それを防ぐことはできないのか、といったことを真摯に考えなければならない。
機体の不具合や設計上の問題についても、事情は同じである。メーカーの社長や主任設計者を記者会見に引っ張り出して頭を下げさせたところで、何の解決にもなりはしない。
安全対策は経験の積み重ね
もちろん、飛行機を設計するとか、運用・整備の手順書を作成するとかいった場面では、さまざまな事態を想定した上で、それらに対処できるような内容のものにしているはずである。しかし、事故やトラブルといったものは往々にして、想定や過去の経験から外れたところで発生する。
飛行機と、それを飛ばすための仕組みは、さまざまなシステムを組み合わせて構成するSystem of Systemsの典型例みたいなところがある。その、システム同士の連携や組み合わせがどこかで破断すると、事故につながる。大きな事故に至らなくても、インシデントという形で芽を出すこともある。
そこで、アクシデントやインシデントの原因を究明して、得られた教訓を反映させる。すると、事故につながる「穴」が埋まる。そういうプロセスを積み重ねることで、より安全な飛行が可能になる。航空に限らず、鉄道でも自動車でも同じである。
筆者が「安全神話」という言葉を許せないと思う理由は、ここのところにある。安全とは神話ではない。日々の努力や工夫と、過去の経験の積み重ねに立脚しているものである。神話を信じていれば安全が保たれるなんていう能天気な話ではないし、運航や整備の現場でそんなことを考えている人はいない。
新たな知見を得て安全につなげた例
居住性・快適性を高めるための機内の与圧については、本連載の本連載の第3回で取り上げた。与圧を行うことで、特別な服装を用意しなくても機内で快適に過ごすことができる。
ところが、その与圧の結果として、機体構造が飛行の度に伸縮して金属疲労につながる問題が新たに発生した。これが露見したのは、デ・ハビランド・コメット旅客機が何回も墜落したためだ。
大きな胴体断面を持つ大きな機体の内部を与圧して、それで長期にわたって飛行を繰り返す事例がそれ以前になかったから、コメットの登場で初めて問題が分かった。
B-29スーパーフォートレスに代表されるように、機内を与圧する機体は、コメット以前にもあった。だが、そのときには問題になるほどの繰り返し負荷が発生しなかったということだろう。
ともあれ、与圧と金属疲労の関係がわかったから、金属疲労の発生を想定した設計、構造材が破断しても亀裂が広がらないようにするフェイルセイフ設計といった話が出てきて、その後の飛行機の設計やテストに反映された。
新しい飛行機を開発する際は、必ず飛ばさない供試体を用意して疲労試験を行う。長期間の運用を想定して、それと同じ繰り返し負荷をかける試験で、主翼なら油圧ジャッキで曲げたり戻したりを繰り返す。飛行によって構造材の疲労が問題になるという知見が得られたから、そういう試験を行うのである。
ところがその後になって、今度はアロハ航空の737で胴体上部がすっ飛ぶ事故が発生した。広がらないはずの亀裂が広がってしまったから、胴体上部がすっ飛んで青天井になってしまったのだ。そこで今度は「損傷許容設計」という考え方が出てきた。
これが軍用機になると、「耐弾試験」という話も出てくる。被弾損傷した時に、どこにどういう影響が生じるか、その結果として致命的な事態に至らないかどうか、といったことを検証するのが目的。F-35では、一通りの飛行試験を済ませた初号機を犠牲にして、それを実弾で撃ってみてテストした。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。