第117回で、対地接近警報装置(GPWS : Ground Proximity Warning System)について解説した。これは、民航機が「地面との意図せざる接触」をしないように警報を発するシステムである。
その記事を載せたからというわけではないだろうが、三沢基地の第35戦闘航空団に所属するF-16戦闘機が、コックピットに設置したカメラで撮影した低空飛行中の映像を公表して物議を醸している。そこで今回は特別編として、戦闘機の低空飛行に関する話題を。
Mk.1ステルス技術
そもそも、どうして戦闘機が山間部で谷間を縫うようにして低空飛行をするのだろうか。それはレーダーによる探知を避けるためである。
レーダーは電波を使用する探知機材だ。そして、電波は基本的に直進する。一方で、地球は球形だから地表は丸みを帯びている。そのため、水平線・地平線の下に隠れてしまえばレーダーでは探知できない。
ということは、飛行する高度を下げると、その分だけ(敵側から見た場合に)水平線・地平線から姿を現すタイミングが遅くなる。つまり、探知されるタイミングも遅くなる。
それだけでなく、山を初めとする地形に隠れる方法もある。障害物があれば、当然ながらその陰を飛んでいる航空機はレーダーでは探知できない。
つまり、高度を下げたり谷間を飛んだりすることで、自機が敵の対空捜索レーダーに捕まらないようにする、あるいは捕まるタイミングをできるだけ遅らせる。そういう目的がある。これを「Mk.1ステルス技術」と呼ぶジョークがある。
F-35みたいなステルス機なら、自機のステルス性を頼みにすることで、高度を上げて飛ぶ選択肢もできる。その方が操縦は楽だし、燃料を食わないから進出可能距離が長くなる。しかし、F-16みたいな非ステルス機が敵レーダーによる探知を避けようとすると、低空飛行・山間飛行以外の選択肢がない。
ちなみに、日本に限った話ではなく、海外でも山間部で低空飛行訓練を行っている。有名なのは、イギリスのウェールズにある「マックループ」だが、アメリカのカリフォルニア州、デスバレーにある「スターウォーズ・キャニオン」も知られている。日本からデスバレーまで写真を撮りに行っている人もいる。
どんな光景なんだろうか……と興味を覚えた方は、「Mach Loop 機種名」あるいは「Death Valley 機種名」とキーワード指定して画像検索をかけてみよう。例えば、「Mach Loop F-15E」「Death Valley F-35」という具合に。機種名は横文字で書くほうが、いろいろヒットするだろう。
安全な低空飛行を実現する地形追随レーダー
もちろん、低空飛行は危ない。だから訓練をするのである。「平時に汗を流せば、戦場では血は流れない」という金言がある。だからといって、飛行ルートの近隣に住んでいる人を驚かせたり、不安に思わせたりしてもいいということではないが。
高いところを飛んでいれば、ちょっと操縦操作を誤ったぐらいで「地面との意図せざる接触」をすることはないが、低空飛行では話が違う。もちろん、ちゃんと訓練して技量を高めるに越したことはないが、それをシステム面で支える工夫がなされる場合もある。
その一例が地形追随レーダー(TFR : Terrain Following Radar)。レーダーを使って前方の地形を走査して、起伏に合わせて機体を上昇させたり、下降させたりする。
TFRを装備して低空侵攻を常用する機体……ということで、F-111アードバークのフライトマニュアルを引っ張り出して、調べてみた。もう現役ではないけれど。
F-111の場合、TFR設定パネルにある「CL」(clearance)ノブで地表との間隔を設定するようになっていて、設定値は200ft、300ft、400ft、500ft、750ft、1,000ftの6種類(1ft = 0.3048m)。最低の200ftだと、地表から61m上を飛ぶことになる。
さらに「RIDE」というノブがあり、SOFT、MED(medium)、HARDの3段階を選択できる。この順番で、より地形に忠実に追随するようになるが、その分だけ乗り心地は悪くなる。F-111の自動地形追随飛行ぶりを指して「キャデラック」と呼ぶそうだが。
そして、TFR用のレーダー・スコープも設置してあり、そこに前方の地形の起伏などを表示するようになっている。
LANTIRNは夜を昼に変える
F-111はTFRを機内に内蔵しているが、F-15Eストライクイーグルは関連機能一式をポッドに納めて外付けにした。それがAN/AAQ-13 LANTIRN(Low Altitude Navigation and Targeting Infrared for Night)航法ポッド。拙稿「軍事とIT」の第211回で言及したことがある。
このポッドは、先端部にTFRのレドームがあり、その後方上部に夜間の前方視界を確保するための赤外線センサーがついている。赤外線センサーの映像はコックピットのHUD(Head Up Display)に表示するようになっており、そこだけは夜間でも前方の光景が見えることになる。
これにより、F-15Eは限られた範囲だが前方の光景を見つつ、手放しで自動的に地形追随飛行を行えるようになっている。
ポッド化することの利点は、用がないときは外せること。整備中の機体からポッドを外して、出撃する別の機体に付け替えることもできるので、保有する機体より少ない数のポッドでやりくりする場面もありそうだ。
ちなみに、F-15Eだけでなく、F-16C/Dのうちブロック40/42などもLANTIRNの装備が可能である。ただ、F-16がLANTIRN航法ポッドを搭載している事例、皆無ではないものの、あまり見かけないようである。ポッドが、F-15Eに優先的に回されているのだろうか?
それで、第117回でも言及した衝突回避装置「Auto-GCAS(Automatic Ground Collision Avoidance System)」を、まずF-16に導入することになったのではないかと思われる。パイロット頼みの低空飛行を、より安全に行うために。
「軍事とIT」でも書いたが、LANTIRN計画には「NOCTIS IN DIES」(ラテン語で「夜を昼に変える」という意味)というモットーがある。そもそもLANTIRNというネーミングからして、明らかに照明機材の「ランタン」に引っかけたバクロニムである。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。