今回は「高揚力装置」の話をしてみよう。厳密に言うと「操縦」の話とは違う部分もあるが、操縦用の動翼と関わりがある分野に違いはない。それに、安全な離着陸のためには不可欠の道具である。
低速だと揚力が減る
飛行機の主翼は、上下を流れる気流の間に生じる圧力差によって揚力を生み出している。だから、飛行機が停止すれば上下を流れる気流は消滅するし、それでは当然ながら揚力も生み出さない。逆に、スピードを上げていくと揚力を発生する。
ただし、単純に速度だけで決まるわけではなくて、主翼の断面形状や迎角(進行方向と主翼がなす角度)、大気の密度といった要素にも影響される。例えば、高度が上がると大気密度が低くなるので、そこで揚力を十分に得るには相応の条件や工夫が必要になる。
ところで、飛行機は地上から飛び立たなければならないし、最後は地上に戻ってこなければならない。前述のように、速度が上がるほど揚力が大きくなる傾向にあるが、十分な揚力を得るために必要とする速度がむやみに高いと、離着陸時に問題が生じる。
まず離陸時だが、機体を浮揚させられるだけの揚力を発生する速度が上がるほど、そこまで加速するために時間がかかるので、滑走距離が長くなる。一方、着陸時には減速のために長い滑走距離を必要とするだけでなく、着陸進入速度が速くなって操縦操作が難しくなる。
だから、離着陸のやりやすさだけを考えれば、できるだけ低い速度で十分な揚力を発揮してくれる主翼のほうがうれしい。しかし、いったん空に舞い上がった後は、速く飛べないと困ることが多い。ところがあいにくと、この両者は両立しがたい条件である。高速向きの主翼は低速になると揚力が少ないし、低速で十分な揚力を発揮する主翼は高速に向かない。
そこで考え出されたのが、高揚力装置というわけだ。
高揚力装置の使い方
基本的な考え方は、「高速飛行に向いた主翼に高揚力装置を付け加えることで、低速飛行時でも十分な揚力を発揮できるようにする」ということだ。具体的な手段として、まずフラップ(下げ翼)がある。主翼の前縁に取り付ける「前縁フラップ」と、主翼の後縁に取り付ける「後縁フラップ」があるが、後者しか装備していない機体は少なくない。
まずは現物の写真を御覧いただこう。最も手の込んだ高揚力装置を備えた機体ということで、ボーイング747を引き合いに出してみる。
ボーイング747は前縁フラップと後縁フラップの両方を備えている。
前縁フラップは主翼の下面に収納されており、主翼下面外板の一部が前方にくるりと展開する形になっている。しかも、主翼下面に収納している時は平面なのに、それを展開するとリンク機構によって曲面に変形させるのだから凝っている。展開した前縁フラップと主翼の間には、少し隙間がある。
一方、後縁フラップの方はトリプル・スロッテッド・フラップと言い、単に下に下げるのではなく、後下方にせり出してくる。しかも1枚モノではなくて3枚に分かれており、その間に隙間が空いている。
「隙間なんか空けたら、かえって揚力が損なわれるのでは?」と思われそうだが、実は逆。隙間から空気を吹き込んでエネルギーを与えることで、主翼上面の気流がスムーズに流れてくれる。エネルギーを与えてやらないと、かえって気流が主翼の上面からはがれてしまい、揚力を生み出せなくなるのだそうである。
なお、747を初めとして多くの民航機は近年、フラップの構造が以前よりもシンプルになってきている。主翼の設計技術や空力の研究が進歩して、手の込んだ高揚力装置を設けなくても済むようになってきたためだ。構造がシンプルになれば、それだけ軽くまとめることができるし、整備も容易になる。
ちなみに、離陸した後でさらにどんどん加速していく離陸時は、フラップの展開角度は比較的小さい。それに対して、着陸進入時はフラップを限度いっぱいに展開して、できるだけ揚力を稼ぎだそうとする。
飛行機に乗る機会があったら主翼後方・窓際の席をとって、フラップの動きや、離陸時と着陸時の角度の違いを観察してみよう。
フラップの展開方法はバリエーション豊富
フラップの構造はバリエーションが豊富で、ごくシンプルなものから、747みたいな凝った造りのものまで多種多様だ。ここですべてを挙げるのは無理があるが、代表的な形をいくつか挙げてみよう。
- 主翼の前縁部を後ろヒンジで下に曲げる(前縁フラップ)
- 主翼の後縁部を前ヒンジで下に曲げる(後縁フラップ)
- 主翼下面の外板を、前方ヒンジで前向きに展開させる(前縁フラップ)
- 主翼上面外板の一部が外れて、それを前下方に展開(前縁スラット)
- 主翼後縁部の下面に収容したフラップを降ろす。(後縁フラップ)
- 主翼後縁部の下面に収容したフラップを降ろすだけでなく、後方にせり出させる。大面積のものは前述のように、複数枚に分ける(後縁フラップ)
変わったところではフラッペロンがある。フラップとエルロン(補助翼)をくっつけた造語だ。フラップとエルロンを別々に設ける代わりに、同じ動翼を左右同時に下げればフラップとして機能するし、左右をそれぞれ逆方向に動かせばエルロンとして機能するというもの。
フラッペロンは戦闘機に導入事例が多く、ロッキード・マーティンのF-16やF-35A/B、三菱F-2などが該当する。ただし、F-35でもC型だけは主翼が大型化されており、補助翼を別に持っている。
さらに余談を書くと、F-16の前縁フラップは下に降ろすだけでなく、ほんのわずかだが上に向けることもある。フラップの角度をどう設定するかは、そのときどきの飛行状態に応じて飛行制御コンピュータが自動的に判断しているので、パイロットがいちいちフラップ上げ下げの指示を出しているわけではない。