はじめに
連載2回目となる今回は、引き続きさまざまなADASとその歴史について説明します。最初の記事では、クルーズコントロール、ABS、トラクションコントロール、スタビリティコントロールについて説明しました。今回は、衝突回避システム、自動緊急ブレーキ(AEB)、バックアップカメラ、死角警告、高度なフロントライト、タイヤ空気圧監視について説明します。
衝突回避と自動緊急ブレーキ
自動緊急ブレーキ(AEB)とは、自動車が自動的にブレーキをかけ衝突を防止しないまでも、そのリスクを最小限に抑えるべき危険な状況で、車両が運転者からの危険状況や応答欠落を検出する機能のことです。これは駐車時、車線変更時、または歩行者などを含む前方衝突検知時などに発生する可能性があります。また、AEBは前方衝突検知と呼ばれることもあります。
以前の革新技術と同様に、AEBシステムにも数多くの歴史があります。その起源は、第二次世界大戦時にレーダーベース・システムに関与したナサニエル・コーマンという名前のRCAエンジニアにまでさかのぼります。
戦後、RCAは非軍事用途を探していました。コーマンは、交通流量の改善に的を絞った速度制御のためのレーダーベース・システムに取り組みました。当初は鉄道システムが大変注目されており、交通流量とジャンクションでの線路容量の削減に重点が置かれていました。後にコーマンは、道路を走行する車両もこのタイプのシステムを使用できると指摘しました。
「本発明はレーダーシステムを利用しており、レーダーシステムは制御される車両に搭載されています。レーダーシステムは、先行車両までの距離に応じた電圧を発生させます。この電圧は、車両速度に依存する電圧と比較されます。車両は比較結果に従って制御されます。」とコーマンは述べています(Kingston, 2018)。1948年に出願され、1955年に認可された特許にこのシステムが記載されています。
時代が進むにつれ、軍事や航空用途以外でレーダーは利用価値があることが分かってきました。霧の多いミシガン湖の近くに住んでいたジョージ・ラシッドは、最初の自動車両ベースのレーダー制御ブレーキシステムを発明しました。レーダーが霧を見通すことができ信頼性が高いことから、ラシッドはこの霧とそれに起因する事故やニアミスをヒントに、このブレーキシステムを作ることを思いついたのです。また、運転者が長時間の運転で疲労が蓄積し、注意が散漫になりがちな高速道路でのシステムの使用も想定しました。さらに、加齢により反応速度が低下した高齢運転者を支援する技術の可能性にも興味を持ちました。
ラシッドのシステムは衝突の危険を検知すると、車両のスロットルを切断してブレーキをかけます。このシステムは、テスト成功時に事故が減少することが証明されたにもかかわらず、商業的に採用されることはありませんでした。他の非搭載車との連鎖的な事故の責任追及や訴訟が懸念されたためです。おそらくもっと大きな懸念は、システムに使用していた真空管がかなりかさばることや長期的な信頼性に疑問があることで、システムの商品化は困難でした。
ラシッドの死後、彼の息子は投資家を見つけ、より商業的に魅力的なトランジスタベースのソリューションを売り込むことで、そのシステムを蘇らせました。1970年代半ばに、トランジスタと集積回路による商業化と小型化の流れがやってきました。小型で堅牢なソリューションとしての魅力にもかかわらず、彼の息子はお金を浪費し名声に溺れてしまったのです。結果的に、彼は投資家を欺き、投資家やビジネス界にこの技術への不信感を抱かせました。
幸いなことに、多くの自動車会社はシステムの開発中にラシッドの特許に気づき参考にしました。おそらく最も有名で最初に導入したのは、ハーリィ・アールとビル・ミッチェルが設計したゼネラル・モータース1959年製コンセプトカーでしょう。
サイクロンコンセプトカーは、レーダーベースの衝突検出システムを装備していました。当時のロケットや航空技術を反映したフロントナセルの際立った特徴はレーダーの搭載でした。このシステムのレーダーは、車両前方の物体までの距離を計算し、運転者に物体の存在を知らせる警報を発します。警報に対応するのは従来通り運転者の責任でしたが、このコンセプトカーは商業化に向けて大きな一歩を踏み出しました。
1960年代から1970年代にかけて、何社かの企業がさまざまなタイプの衝突回避システムを設計し続けました。エンジニアや規制当局は、運転者がこれらのシステムに過度に依存し、事故を減らすどころか、より多くの事故を引き起こす可能性があることを強く懸念していました。このような状況は徹底したテスト中に認識されていたのです。米国道路交通安全局(NHTSA)は、衝突回避システムが十分に安全なものとして採用されるには、少なくとも1980年代までかかることを示唆していました(Kingston, 2018)。
このシステムが市場に投入されたのは、1990年代に入ってからです。1992年、三菱はデボネアモデルで、別の物体が車に近づきすぎると運転者に警報を出す「ディスタンスワーニング」というレーザーを使用したシステムを発売しました。しばらくして、ディアマンテモデルに「プレビューディスタンスコントロール」と呼ぶクローズドループシステムが採用されました。このシステムはスロットルを閉じて運転者の衝突回避を支援し、必要な反応時間を長くしました。
1990年代、他の自動車会社は積極的に独自のシステムを開発しました。これらの前方検知衝突検出システムは、自動ブレーキやクルーズコントロール機能と組み合わせることができ、また組み合わせる必要があることがすぐに理解されたのです。
ホンダは2003年に、世界で初めてレーダーを使った「衝突緩和ブレーキシステム」と呼ぶ自動ブレーキシステムを販売しました。トヨタ、メルセデス、ボルボも短期間で同様の開発を行いました。
2012年の記事では、アダプティブクルーズコントロール(ACC)と自動緊急ブレーキ(AEB)が広く一般に紹介されました(Blackstone, 2012)。この記事は、ACCとAEBがどのように機能するかを説明するのに役立ちました。しかし注目する部分は、人を職場まで車で送って行く間、運転者は座って『ウォールストリートジャーナル』を読むという未来についての記述です。この9年間、目標に変わりはなく、多くの進展がありましたが、運転過程を徹底的に検証できるようになるまでには、まだやることがあります。
業界が完全自動運転を目指して競争する中、今日の車両にはより高度な前方検知のニーズがあります。初期のシステムは数十メートルしか「見る」ことができませんでした。それでも、今日のシステムは、高ダイナミックレンジカメラ間のセンサーフュージョン、長距離LiDARまたはレーダー、高速マシンビジョン処理のおかげで、最大300mまで見ることができます。
このセクションで説明したブレーキおよびクルーズコントロール機能に加えて、前方センシングシステムを使用する別の機能もあります。また、より単純なものでは、車線維持支援または車線逸脱警報システムと呼ぶ、現在の車線から逸脱した場合にのみ運転者に警告を発するシステムもあります。電子ステアリング(ドライブ・バイ・ワイヤ)の採用により、車線を維持するためにハンドルを自動調整することで、前方検知データを使用できるようになりました。これをレーンキーパーまたはレーンセンタリングと呼びます。テスラの「オートパイロット」などのレベル2+システムは自動運転が可能です。しかし、今では多くの人が気付いているとおり、この名前は誤解を招きやすいので物議を醸しています。このウィキペディアのページには、詳しい背景と他のリンクが紹介されています。
バックアップカメラ
知られている限り最初のバックアップカメラの例は、1956年のビュイック・センチュリオンのコンセプトカーに搭載されたものでした。リアTVカメラが搭載され、その映像はバックミラーの代わりにコックピットのTVスクリーンに映し出されます。
素晴らしいアイデアであるにもかかわらず、経済的な理由で本格的な普及には至りませんでした。事実、このシステムは完全に機能したことがなかったと思われます(不明、Wikipedia, 2021)。
その後、ボルボが1972年に実験用セーフティカーで使用したことが知られています。
トヨタは日本国内でのみ販売された商用車の1991年製ソアラ・リミテッドに、OEMとして初めてバックアップカメラを搭載しました。1997年まで生産されたこのシステムは、カラー画面とスポイラーに装着したCCDカメラを使用していました。
2000年には、日産インフィニティにバックアップカメラが搭載されました。このシステムではLCD画面(2001年に米国で販売されたオプション)上に色付きの線が表示され、画像内で対象物までの距離を推定できました。他のアフターマーケットソリューションも開発されました。
2015年、キャデラックは高解像度の広視野バックアップカメラを販売しました。これにより、運転者は車両の後方、さらには隣の車線を見ることができます。2017年までに、スバルとキャデラックの両社がバックアップカメラとリア自動緊急ブレーキを組み合わせました。
また一部の車両は、超音波レーダーや短距離レーダーも組み合わせて画像データを補強したり、誰かが不意に車に近づいた場合に接近警報を発したりします。
バックアップカメラの大量採用と法制化が進んだきっかけは、米国でのキャメロン・ガルブランセンの悲劇でした。悲しいことに、2002年に2歳のキャメロンは、大型SUVを運転する父親が私道でバック中に事故に会い致命傷を負いました (不明、Cameron Gulbransen, 2021)。キャメロンはこの問題の象徴になりました。その後10年間に社会運動が始まり、最終的には2018年5月1日以降に製造されたすべての車両にバックアップカメラを標準装備することを義務付ける米国の法律が制定されました。
死角警報
死角警報(BSW)システムの発明で有名なボルボは、2003年に死角情報システム(BLIS)を導入しました (不明、Lovering Volvo Cars Nashua, 2021)。BSWシステムにはさまざまな実装があり、レーダー、超音波、カメラ、またはそれらの組み合わせを使用できます。一部のBSWシステムには、サポートされる車両および全体的なADAS機能に応じて、緊急ブレーキやレーンキーパーなどと組み合わせて使用できるものもあります。多くのシステムは、サイドミラーの警告灯と同じくらい単純です。
また、もう1つの死角はフロントガラスとドアの間のピラーです。BSWはその問題を完全には解決していませんが、それでも事故の回避に役立ちます。2019年、14歳のアライナ・ガスラーさんは、この記事で説明しているような新しい解決策を考案しました。この解決策はさらに発展させる必要がありますが、彼女のアイデアはピラーが遮る視界問題を解決することができます。
彼女の解決策はカメラとプロジェクターを使って、ピラーに足りない情報を重ねることでした。このYouTube動画でそのプロジェクトの詳細を紹介しています。
彼女の創意工夫にもかかわらず、量産車両にこのタイプのピラーシステムが実装されることはなかったのですが、将来的には状況が変わる可能性があります。それまでの間、今日道路を走行している大部分のシステムは、サイドミラーに組み込まれた上記のレーダーやカメラを使用することになります。
高度フロントライティングシステム
高度フロントライティングシステム(AFLSまたはAFS)は、速度、道路、気象条件の変化に応じて、ヘッドランプの強度と方向を調節できます。Hella社のこのYouTube動画を観ると、何が可能かが分かります。
1911年頃に登場した初期の電動ヘッドランプにはハイビーム機能がなく、また点灯・消灯のために運転者の乗降が必要でした。1915年頃、キャデラックが初めてダッシュボードに機械式スイッチを設置しました。これらの初期のシステムには適応性がなく、オン/オフのみで方向とピッチは固定されていました(不明, The Retrofit Source, 2021)。
1920年代半ばには、特定の条件下で一定の光量を必要とする規制に対応するために、ハイビームとロービームの両方が可能な2フィラメントのヘッドランプも発明されました。自動車メーカーは、これらの新しいランプを制御するために、ハイビームとロービームを切り替えるフットペダルコントロールを提供しました。自動車メーカー各社が、1950年代から1990年代にかけて、対向車を検出するセンサーを使用しハイビームとロービームを切り替える自動機能を実装しました。
1930年代に初めて考案された照明システムとして、ウィリーズ、タッカー、およびその他のメーカーは、車両中央部にステアリングホイールに機械的にリンクされた「サイクロプス」ヘッドライトを備え、左右に固定ヘッドライトを配置したアダプティブヘッドライトシステムを実装しました。追加されたヘッドライトはハンドル操作に応じて進行方向を照らします(Laukkonen, 2019)。
1990年代までのヘッドライトの技術革新は、主に照明技術そのものにありました。ハロゲンライトが採用され、その後HID(High-Intensity Discharge)、そして1990年代には最終的にLED(Light Emitting Diode)に移行しました。LEDは、従来技術よりもはるかに効率がよく長寿命です。今後、車内の光源はLEDが主流になると考えられます。
プレミアムカーは、2000年代に電子制御式アダプティブフロントライティングシステムの実装を開始しました。最初のシステムでは、マイクロステッピングモーターを使用してビームを操作し、LEDコントローラーで個々のLEDを選択的にシャットダウンしました。これらのシステムは現在、完全電子化バージョンに移行しつつあります。
もう1つの関連システムは、最新の雨光センサーモジュールのシステムです。雨光センサーは、濡れたフロントガラスを検出してワイパー(雨センサー)を制御し、ロービームとハイビームを含むヘッドライト(光センサー)を制御します。一部の企業はこの機能をカメラに実装しようとしていますが、これまでのところ雨光センサーモジュールを使用する方が効率的なようです。
タイヤ空気圧監視
米国NHTSAは、早くも1970年代に、タイヤ空気圧監視システム(略してTPMS)を検討していました。タイヤの空気圧を適切に管理することは重要です(このことは以前から理解されていた)が、当時は適切な自動化システムが存在しませんでした。また、1970年代のインディアナ州立大学の研究によると、タイヤの空気圧が低いとブレーキやハンドル操作の機能が低下し、それが事故原因の1.5%を占めることが分かっています。グッドイヤーも独自調査で同様の結果を得ています (G, 2016)。
1970年代後半の燃料危機で、タイヤの空気圧監視の問題が再浮上しましたが、この時は安全性ではなく燃費の問題でした。タイヤの空気圧が適切な場合、当時道路走行車両の平均走行距離が3〜4%増加したはずです。1980年代前半、TPMSの技術は向上したものの、精度や信頼性はそれほど高くありませんでした。また、コストも1台あたり200ドルと高額で、不況のため採用が進まなかったのです(計算によると、1970年の200ドルは現在の1,423ドルに相当)。
TPMSを搭載した最初の車両は、1987年のポルシェ959でした。このスーパーカーは、高性能車ならではの先進的な機能を数多く備えていました。TPMSを初めて搭載したほか、アンチロックブレーキ、油圧ダンパー(アンチロールバーの代わり)、自動サスペンション調整、電子車高・ダンピングコントロールなど、先進の機能を備えていました(Huffman, 2012)。
また、ポルシェ959は、タイヤ空気圧の監視を必要とするランフラットタイヤを初めて採用した車でした。ランフラットタイヤはパンクしても十分走行に耐えられるため、運転者はパンクに気づかないことがあります。もちろん、ランフラットタイヤの空気圧が低下したら、高速走行が可能な高性能車の運転者にとっては、さらに危険な状態となります。
シボレー・コルベットは1999年からタイヤ空気圧監視が標準装備となり、ランフラットタイヤを使用していたため、TPMSも必要でした。このデビューの後、より標準的な車両への採用が始まりました。
しかし、おそらく普及の原動力となったのは、2000年に米国政府が制定したTREAD(Tire Recall Enhancement, Accountability, and Documentation)法でした。この法律は、フォード・エクスプローラーとファイアストンタイヤが関係する大きな論争から生まれました。明らかにフォード・エクスプローラーには安定性に問題があることが分かっていたため、車両を再設計する代わりに、空気圧の低いファイアストンタイヤを使用して修正したようです。残念ながら、このタイヤにも設計上の問題があり、タイヤ破裂による横転事故で数千人が負傷し、数百人が死亡しました。
TREAD法では、各ホイールのTPMSが運転者に故障を通知し、始動時にシステムのセルフチェックを行い、オーナーズマニュアルに文書化することを義務付けています。2007年9月1日以降、1万ポンド以下の全車両にこのシステムが必須となりました(不明、Schrader TPMS Solutions, 2021)。
14年近くが経過し、TPMSを搭載していない車両は珍しくなってきています。また、現在ではほとんどの国でTPMSの装着が義務付けられており、世界中で安全装備の標準となっています。
まとめ
今回は、衝突回避と自動緊急ブレーキ、バックアップカメラ、死角警報、高度なフロントライティング、タイヤ空気圧監視の歴史について説明しました。
次回はは、運転者と同乗者の監視、サラウンドビュー、およびV2xを説明するほか、ソフトウェア定義車両および車両の完全なデジタル化について説明します。最後に、拡張現実、仮想現実、メタバース、およびこれらのトレンドが将来の自動車に及ぼす影響についても紹介します。
参考資料
Blackstone, S. (2012, August 28). Business Insider. Retrieved from Adaptive Cruise Control Will Change Driving In America
G, M. (2016, April 29). CARiD. Retrieved from What is The History of Tire Pressure Monitoring Systems?
Huffman, J. P. (2012, October 24). Road and Track. Retrieved from Porsche 959: Yesterday's Tomorrow
Kingston, L. (2018, June 11). Piston Heads. Retrieved from PH Origins: Autonomous emergency braking
Laukkonen, J. (2019, November 27). Lifewire. Retrieved from Adaptive Headlights See Around Corners
Unknown. (2021, October 21). Cameron Gulbransen. Retrieved from Kids and Cars
Unknown. (2021, October 21). Lovering Volvo Cars Nashua. Retrieved from Blind Spot Information System
Unknown. (2021). Schrader TPMS Solutions. Retrieved from Everything you Need to Know About the TREAD Act
Unknown. (2021). The Retrofit Source. Retrieved from The History of Automotive Headlights
Unknown. (2021, October 21). Wikipedia. Retrieved from Backup Camera
著者プロフィール
Dan Clementonsemi
Senior Principal Solutions Marketing Engineer, onsemi