前回は「IoTで車両のトラッキングをする」というお題に対して、GPSを使って、移動するモノをトラッキングする方法を紹介しました。GPSは衛星からの信号を利用するので、屋外で移動し続けるモノ、例えば車やトラックなどの自動車や、荷物などの追跡、お子さんの移動の見守りのようなケースにも活用可能です。
「荷物のトラッキング」と聞いて、車の鍵や財布、眼鏡などの身近で普段持ち歩くモノも、トラッキングができれば紛失を防げるのではないかというアイデアを思い浮かべた方もいると思います。第6回となる今回は、「IoTで物品の持ち出しを管理する」仕組みについて考えてみましょう。
紛失防止の仕組み
物品の持ち出しを管理すると聞いて、Appleの紛失防止トラッカー「AirTag」を思いついた方もおられるかもしれません。Appleが2021年4月に販売開始したAirTagは、持ち物に取り付けておくと、Apple製品が持つ「探す」アプリを通じて、それが今どこにあるかを知らせてくれるという製品です。直径3cm程度の小さなデバイスなので、キーホルダーのように鍵に付けたり、財布やかばんのポケットに入れたりしておくことができます。
このデバイスはBluetoothなどを搭載し、周りにあるiPhoneやiPadなどのApple製品に入っている独自の通信チップと通信して、スマートフォンやタブレットが受信しているGPSデータに基づいて位置情報を把握します。近くに持ち主のiPhone/iPadがない場合も、他の人のiPhone/iPadを通じて、匿名で位置情報をクラウドに送信し、持ち主の「探す」アプリに通知してくれます。
このシステムは、世の中にiPhoneやiPadを持っている人が多数いることを前提にしたシステムなので、同じように世界中どこに持ち運んでも所在がわかるようなシステムを構築するのは困難です。
しかし、場所を限定すれば、同様の仕組みを作ることができます。
リアルタイムで物品の持ち出しを管理する方法
それでは、今日のお題です。あなたは倉庫の備品担当で、荷物を運ぶための台車の管理をしています。しかし、時折持ち出されたまま、備品置き場に戻されないケースがあるため、台車が今どこにあるのかをリアルタイムで把握し、どこかに置き去りにされていれば回収したいと考えています。
台車が備品置き場にあるかどうかを把握し、その場にない場合、どの辺りで使われているかをリアルタイムに知るには、どのような方法があるでしょうか?
前回は、屋外で位置データを把握するためには、GPSを使うという話をしました。しかし、GPSは衛星を使うため、屋根がある場所、つまり屋内では大きな誤差が出るという特徴があり、今回のように屋内で使うケースには合わなさそうです(GPSの信号の種類によっては、屋内で利用できる場合もあります)。
倉庫のような屋内で、動き回るモノの場所を把握する方法はいくつかあります。
Beacon(ビーコン)
屋内における位置測位方法の中で最もメジャーな方法が、Beaconの利用です。Beaconは信号を半径数十メートル範囲に発信する発信機です。発信の方法には、BLE(Bluetooth Low Energy)などの電波を用いる方法と、赤外線などの光を利用する形式があります。昨今のビジネスIoTでは、その入手性や使いやすさから、BLEビーコンが主流となっています。
RFID
RFIDとは「Radio Frequency Identification」の略で、ID情報を持つ専用のRFタグを、近距離無線を用いて非接触で読み書きするシステムです。私たちの日常にも使われている技術で、例えばSuicaやICOCAのような交通系ICカード、オフィスや車のカード型のキー、最近では自動読み取りレジのシステムで値札にRFタグが埋め込まれていたりします。
バーコードとは違い、受信機の反応する距離範囲にあれば、全てのRFタグを一気に読み取ることができます。たとえ箱の中に入っていても読み取り可能です。
カメラ
屋内の映像を撮影し、物体(今回のケースでは台車)を画像から検出します。
IoTで物品の持ち出しを管理する仕組み
今回はコストの観点から、手軽なBLEビーコンを使った台車管理のシステムを作ってみましょう。
BLEビーコンは信号を発する「送信機」と、信号を受ける「受信機」で構成されます。一般的には送信機を移動する物体に取り付け、固定した受信機で読み取ってクラウドに中継します。ここでも、この構成で作っていきます。
まず、台車に取り付けるBLEビーコンの送信機を用意し、台車に取り付けます。BLEビーコンは、伝播出力や信号の発信回数などが設定できるものと、できないものがあります。給電方式もさまざまですが、多くの場合、電池でも駆動します。とはいえ、頻繁に信号を送る場合は電池の消耗も早くなるので、用途に合わせた設定が必要です。
次に、ビーコンの受信機を準備します。また電波は障害物があると減衰しますので、コンクリートの壁や扉がある場所、人が多い場所、他の電波との干渉などを考慮して、現場に設置していく必要があります。
ビーコンによる位置の把握は電波の強弱を利用しています。送信機と受信機の距離と電波の強弱は連動するため、この電波の強さに応じて「おおよそ何メートル」を割り当てているわけです。1点測位、つまり受信機が1台であれば、受信機を中心とした距離がわかります。そして受信機が複数になれば距離に加えて「おおよその方角」、すなわち具体的な位置情報が把握できるようになります。
「備品置き場の中にあるかどうか」ということだけを計測したい場合は、備品置き場の広さにもよりますが、置き場内に受信機を設置すれば十分でしょう。ビーコンの電波強度をRSSI(Received Signal Strength Indicator)と呼びますが、RSSIの値と距離との関係を調査し、レシーバーから10メートル離れたら「持ち出し中」にするといった仕組みで、持ち出し中かどうかを判別するシステムを作ることができます。
さらに「今、備品置き場にない台車がどこにあるのか」を把握したい場合、倉庫内に複数の受信機を設置することで、どの受信機の近くにあるのかでおおよその場所を把握することができます。
前述したように、2点測位や3点測位が可能な配置にすれば、より具体的な移動方向や移動した後の位置を把握することができます。
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今回は、備品倉庫内の台車の持ち出し状況を把握する方法について考えてみました。次回は、「AIカメラで会議室の人数を可視化」する仕組みとアイデアについて考えます。
さらに詳しく!
今回の仕組みは、以下の3点を用意することで実現できます。
- ビーコン対応の受信機(ゲートウェイ)
- BLEビーコン
- 位置情報を表示したり、通知したりするためのアプリケーション
具体的な開発手順を詳しく知りたい方は、ソラコムが無料で公開しているSORACOM IoT DIY レシピ「IoTで作る、紛失防止タグ」を参考にしてください。
上記のレシピでは、セルラー通信搭載のビーコン対応受信機と、ビーコン送信機能付きセンサーを利用して、物品の持ち出し管理システムを作る手順を紹介しています。レシピをご覧いただいて、まず自分で手を動かして作ってみることもできますし、理解が難しい部分があれば自社のシステム部門やエンジニアに相談することも選択肢になります。