電子機器の設計、製造に関わっていると、どこかで必ず"EMC"という言葉に触れる機会がある。「そもそも、EMCとはなんだろう?」といった疑問を持つ若い技術者も多くいることだろう。現在ではEMCの規格や規制が制定され、対象の電子機器に対しては、こうした規格・規制の定める基準をクリアすることが求められている。今後も、電子機器は増加し多様化していくことが予想され、EMCは、ますます重要な技術基準となっていくことが考えられる。本連載では、EMCの概念、国際および地域規格・規制の概要、EMCの測定方法の基礎などを6回の連載にまとめていく。電子機器の設計、製造に関わる若い技術者の方々がEMCへの理解を深めることへ、少しでも役に立てたら幸いである。
第1章 EMCとは?
まず、「EMCはどうして大事なのか?」と「EMCとはそもそも何か?」を説明しよう。ここでは、イメージが湧きやすいよう、よく挙げられる事例で説明したい。
EMCはどうして大事なのか? - EMC規制の始まりと"EMC問題"
まずは下記の現象を見ていただきたい。
- ラジオでAM放送を聞いている時、パソコンを付けたら、雑音が入ってきて放送が聞こえなくなった。
- テレビを見ている時、同じ部屋内で電子レンジを付けたら、テレビの映像に縞模様が現れて見づらくなった。
これらは典型的な家庭内での"受信障害"の事例で、電子機器が普及し始めた1960年代から1980年代によく発生していた。パソコンや電子レンジが作動する際に発生する電磁妨害波(ノイズ)が、空間や屋内配線を通じてラジオやテレビに干渉するため、雑音や縞模様が生まれていたのだ。このような受信障害が、EMC規制が始まるきっかけとなり、それらが顕在化するにつれて、世界各国で規制が開始されていった。
ところが、1980年以降も、受信障害に代表される"EMC問題"は収束せず、寧ろもっと大きな広がりを見せることになる。エレクトロニクス技術があらゆる分野へ普及し、目覚ましい発展を遂げていった結果として、私たちの周りに電子機器が急速に増え、お互いに干渉する可能性が高まったからだ。EMC問題は、家庭内での受信障害から、電子機器の誤作動へと波及していくこととなった。1990年代から2000年代にかけて、携帯電話による医療機器の誤作動、携帯CDプレーヤーの作動による航空機内装置の誤作動が発生し、注目された。もっと深刻なケースでは、エレベーターの異常動作、工場の産業用ロボットの誤作動による事故も発生している。EMCの問題が、人命にかかわる事故にまでつながってしまったのである。
事例1:携帯CDプレーヤーの作動による航空機内装置の誤作動
(1993年)2月の初め、ニューヨークJFK空港で最終着陸態勢に入っていたDC-10が突然左に鋭く機体を傾斜させ、墜落しかけた。NASAとFAAの専門家は、ファーストクラスの乗客が携帯CDプレーヤーの電源を入れた時、その航空機の制御が狂ったものと結論を下した。新しい航空機はより高度にコンピューター化されており、(電磁波)干渉の影響を受けやすい。飛行制御システムが自動操縦や計器着陸に使用するナビゲーションビーコンなどのVORネットワークに用いられる周波数への干渉に関心が寄せられている。
(Taken from Compliance Engineering Spring 1993, page 92, itself commenting on an article in Time, Feb 22, 1993, www.ce-mag.com.)
事例2:無線の使用による医療機器の誤作動
1992年、医療技術者が心臓発作を起こした患者を病院へ搬送する途中、患者を心臓モニター/除細動器に繋いだ。 技術者がアドバイスを求めるために無線機の電源を入れる度、機器がシャットダウンし、その結果、患者は死亡した。 分析では、救急車の屋根が金属からファイバーグラスに変更され、 また長距離無線アンテナが取り付けられていたために、 機器が極度に高い電波フィールドに曝されていたとわかった。 車体のシールドが低下したことと、強い放射信号の組み合わせが、機器には厳しすぎる干渉を与えたことが証明された。
(An article in the Wall Street Journal reported in Compliance Engineering Magazine's European edition September/October 1994.)
http://www.compliance-club.com/pdf/banana%20skins.pdfより抜粋
筆者訳、括弧()内筆者追記
EMCに対する規制は、現在もその対象の範囲を広げ、変化を続けている。たとえば、以前は考慮されていなかった、人体に対しての障害が議論されている。電磁波は、人体に対して吸収、発熱の効果があり、温度上昇を通じて障害を与えるとされるからだ。
以上のように、EMCは製品の動作を保証することはもちろん、事故防止の意味でも重視されるべきである。そのため、EMCに対する規制は、エレクトロニクス技術のさらなる発展、多様化が進むにつれて、今後も継続して議論されていくことになるだろう。
EMCとはそもそも何か?-電磁妨害波(ノイズ)
さて、EMCの正体を突き止めるため、先に述べた様々な事例が発生する原理を、ここで説明していきたい。先ほどのラジオとパソコンの例では、パソコンを動作させた際に電磁妨害波(ノイズ)が発生すると書いた。
ここでの電磁妨害波(ノイズ)とは、突き詰めればEMCに起因する問題を引き起こす電磁波を指す。電磁波とは、空間に存在する電場と磁場の変化から形成される波のことである。エネルギー伝播の現象の一種で、電界と磁界がお互いに電磁誘導しあい、交互に発生させあうことで空間が振動し、電磁場の変動が周囲の空間に波となって伝播していく。電磁波はいろいろな分野に利用されているが、興味があればぜひ下表を参考にされたい。
話題をラジオとパソコンの例に戻そう。
さまざまな利用例がある電磁波だが、問題のパソコンに関しては、実はわざと電磁波を発生させているわけではない。もちろん、上の表の様に、電子レンジのような電磁波を利用して動作する電子機器もあるが、パソコンなどの一般電子機器の場合、電磁波を利用しない本来の動作を行う場合にも、不要な電磁波を出してしまうことを念頭に入れておきたい。この場合、パソコンは本来の動作を行うだけで副次的に不要な電磁波(ノイズ)を発生させ、そのノイズが空間を通じて、または家の中の配線、電源線を通じてラジオに入り込んでいく。一方、ラジオは電波を受信するため、このパソコンから伝わってきたノイズに可聴周波成分が含まれていた時に、そのノイズを拾ってしまい、本来の音とは異なる雑音を発生させるのである。
それでは、ここまでの説明をEMCという用語にまで落とし込んでいきたい。
上の事象が発生しているとき、パソコンから出ているノイズのラジオへの妨害を、電磁波妨害を(EMI: Electromagnetic Interference)と呼び、電子機器からノイズが出て、ほかの機器に影響を与えていることを指す。また、この時パソコンからノイズが出ているため、エミッション(Emission)と呼ぶこともある。
一方、電子機器は他の電子機器に影響を与えるだけではなく、影響を受ける可能性も考えられる。つまり、上述の例では妨害源であったパソコンも、今度は他の電子機器から妨害を受ける可能性があるのだ。そのため、電子機器が外部からのノイズにどれくらい影響を受けやすいか、ということも重要になってくる。この影響の受けやすさは電子機器の電磁感受性(EMS: Electromagnetic Susceptibility)と呼ばれる。同じ概念は、電子機器がどれくらいノイズに耐性があるかといった考え方もできるため、ノイズ耐性(イミュニティ:Immunity)とも呼はれる。
以上のように、EMCに関する問題には、電子機器がノイズ源となって他の電子機器に影響を与える可能性と、周囲の電子機器が発生するノイズの影響をうける可能性の二面性がある。このことから、製品設計の際には、EMI、またはEMSのどちらか一方だけを対策するのでは不十分なのが想像できるだろう。ノイズをむやみに発生させなくすること(EMI)と、多少のノイズではトラブルが起こらないような耐性(EMS)を持たせることの双方のバランスを取り、健全なノイズ対策を行おうとする考え方が現在一般的となっている。このことを、EMIとEMSの両者を合わせて、EMC(Electromagnetic Compatibility 電磁環境両立性)と呼ぶのである。
参考文献:
主要国EMC規制と試験概要 (UL Apex Co.,Ltd)
EMC入門講座 電子機器電磁波妨害の測定評価と規制対応 (山田和謙、池上利寛、佐野秀文)
著者紹介:UL Japan
2003年に設立された、世界的な第三者安全科学機関であるULの日本法人。現在、ULのグローバル・ネットワークを活用し、北米のULマークのみならず、日本の電気用品安全法に基づく安全・EMC認証のSマークをはじめ、欧州、中国市場向けの製品に必要とされる認証マークの適合性評価サービスを提供している。詳細はUL Japanのウェブサイトへ。