製造業におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)について説明する本連載。前回は、製造業におけるDXの効果が上がらない問題点を3つ挙げて紹介しました。今回は、これら3つの問題点の解決方法について説明します。

  • 製造業におけるDXにおける効果が上がらない問題点

これらの問題を解消できれば、データを「リアルタイムで用いること」「部門を超えて全社最適で活用すること」「要求に対して柔軟に基盤を提供すること」が可能となります。それを実現するための有効な手立ての一つに、パブリッククラウドの活用が挙げられます。

必要なコンピューティングリソースを調達するために、パブリッククラウドを活用することは、DXの効果を上げる上で役立ちます。パブリッククラウドはコストを度外視すればデータの保管も無制限に行えますので、社内で追加のサーバやストレージを購入する必要がなくなり、保守運用にまつわるコストも最小限で済みます。そのため、多くの企業がパブリッククラウドの活用を進めていることは皆様もご存じででしょう。

しかし、ここで注意しなければいけないのは、「データの発生源からどのような経路を経て、パブリッククラウドにデータを送るべきか」です。例えば、工場において、生産設備の稼働データ、環境データ、製品の製造時のデータ、検査データ、その他ありとあらゆるデータを大量に収集して、これらを直接パブリッククラウドに転送し、処理することははたして現実的でしょうか。

中には、ミリ秒単位のインターバルで取得するデータも含まれます。そのため、大量のデータをそのまま社内を経由してパブリッククラウドへ送信する場合、社内のネットワーク帯域を圧迫するだけでなく、データの欠損や遅延が起こり、結果として使えないデータがパブリッククラウドに届くことになります。

「エッジコンピューティング」の活用

ありとあらゆるデータを大量かつ継続的に取り続け、先に挙げた問題を解消し、パブリッククラウドを活用した分析を行うまでの橋渡しをする仕組みが「エッジコンピューティング」です。そして、エッジコンピューティングとは、「データ生成のソースまたはその近くでのデータ処理を容易にするソリューション」になります。

具体的な用途としては、発生したデータのタイミング合わせや時刻同期、収集したセンサーの生データをすぐに活用可能な形に成形や変換することがあります。PLCや設備のコントローラからデータを取り出す際、ライン設計当時の仕様や機器のメーカーによって取得できるデータのフォーマットが異なるため、瞬時にデータを変換するとともに、高速に上位へ転送することが必要となります。また、不要なデータを削除することで、上位のシステムへデータを転送する際のコストを節約できます。

  • 製造業におけるエッジコンピューティング活用例

また最近では、データ整形のユースケースとして、映像データにおけるエッジ処理用途にも用いられています。ライン上を流れてくる製品の映像データをそのまま転送するのではなく、必要なコマだけに絞って上位に転送することで、通信を大幅に節約することができます。さらに、蓄積されるデータが最小限になることで、データの検索時間の短縮や保存領域の節約効果も期待できます。

  • 検査データのユースケース

収集したデータを全社最適で活用するための仕組み

続いて 「収集したデータを、部門を超えた全社最適で活用するための仕組み」について、説明します。部門を超えたデータ活用においては、部門間でのシステム連携が必要となります。各部門の個別カスタマイズでブラックボックス化したITシステムに対して、次の2点に留意して進めていくことで、全社最適を踏まえたITシステムにしていく必要があります。

システムの共通化と標準化

ブラックボックスと化したシステムの多くは、2025年までに定年を迎える多くのIT技術者で支えられています。いわゆる「2025年の崖」という克服しなければならない課題が目の前に迫っており、この課題は、創業年数の長い企業ほど影響が大きいと言われています。しかし、ここを解決しなければ、「攻めのIT投資」に舵を切れずに、「守りのIT投資」を延々と続けることとなり、DXの成功が訪れることはないと断言できるでしょう。

APIの活用

APIはプログラム同士をつなぐインタフェースです。通常、システムのユーザーはAPIを意識せずに利用していますが、その裏では多くのAPIが使われています。部門を超えたデータ連携においては、APIを積極的に活用することで、部門を超えたデータ利活用を進めることができます。

前編では、社内の部門間だけではなく、サプライチェーンに代表されるように、社外との連携も必要であることを述べました。よって、自社サービスのAPIを積極的に公開し、同様にAPIを公開している企業と連携することで、DXの真の価値を生み出すことにつながります。

迅速な基盤提供

では、最後に、「迅速な基盤提供」はどのようにしたらいいでしょうか。特に、自社内にエッジコンピューティングの仕組みをあらゆるところに迅速に展開していくには、どのようにしたらいいのでしょうか。

データを処理するために安価なコンピュータとして、数千円で購入可能なマイコンなどもありますが、これを社内に何カ所も配置することは、お勧めできません。この手法はセキュリティー上の欠陥を生み出すことにつながります。実際に小型のマイコンを踏み台にしてネットワークに侵入され、情報が抜き取られるといった事例も報告されています。

かといって、ありとあらゆるところにセキュリティ対策ソフトをインストールしたノートパソコンや産業用PCを多数配備するのも運用者の負担の増加につながるため、最善ではありません。

当社では、ネットワークと仮想化技術を用いた「エッジクラウド」を用いて、可能な限り“集約”した形態で、エッジコンピューティングを実装することを推奨しています。仮想化されたインフラは、以下にあげる課題に対して、セキュアかつ迅速なコンピューティングリソースの提供を可能にします。

  • 現場の求める要件の追従が困難
  • 柔軟性のあるコンピュータリソースのリクエストへの対処
  • サーバの設置場所、電源の確保
  • 多種多様なサーバー、ストレージの運用工数の増加
  • データのバックアップの問題
  • エッジコンピューティングはネットワークと仮想化で保護する

この図の「エッジクラウド」は自社内に設置するプライベートクラウド環境を表しています。パブリッククラウドと同じような感覚で必要になるコンピューティングリソースを必要な時に必要なだけ用いることができるため、生産計画に基づいた工程や設備の変更にも柔軟に対応しながら、データの収集、加工を処理するための基盤を、データ発生源の近くに迅速に提供することが可能となります。なお、セキュリティーの強化や対策における詳細については、本連載の最終回で紹介します。

今回は、「製造業におけるデータ利活用」をテーマに、これからのビジネスを支えるために必要不可欠となるIT基盤とは何か、そのシステムに求められるポイントは何かについて紹介しました。

次回は、日本の高度なモノづくりを支える人材にフォーカスします。後世につなぐ匠の技の継承、海外渡航規制や感染対策など、非常に困難な時代における製造現場の働き方の変革として注目の「スマートグラス」の活用をご紹介します。お楽しみに。

著者プロフィール


ネットワンシステムズ株式会社 セールスエンジニアリング本部 市場戦略部 マネージャー 坂口 功


高校生の時からUNIXに触れる。大学を卒業後、外資系UNIXのコンピューターメーカーに10年間在籍したのち、2012年にネットワンシステムズへ中途入社。サーバープラットフォームの保守業務や製品開発を経て、現在は特定市場のフィールドマーケティング業務に従事。展示会やウェビナーでの講演や、各種メディアを通じて、戦略商材やサービスに関する情報発信を行っている