皆さんが普段使っているスマートフォンやカメラなど、身の回りにあるものの多くは誰かがCADというツールを使って設計したものです。本連載では、ものづくりに興味があるCAD初心者に向けて「CADとは何か」というところから、CADを扱うときに頻出する専門用語など、CADの基本知識を解説していきます。「そもそも用語がよくわからないので取っつきにくい」という方にわかりやすく説明していこうと思っています。
そもそも3D CADって?
第1回目は、そもそも3D CADとはどういうもので、どのような歴史をたどり、現在流通しているようなCADが存在しているのかについてお話してみようと思います。
まずCADとは、"Computer Aided Design" の頭文字で、「コンピューターによる設計支援をするソフトウェア」を指しています。なんか難しそうな感じがしますが、ようは「パソコンを使ってデザインしましょ」というソフトです。コンピューターが普及する以前、設計図は紙に描くのが当たり前でした。そもそもコンピューターが存在していない時代は、他の選択肢は無かったのでごく当然の話です。
その後、コンピューターの普及と共にCADが普及し、今はさまざまな種類のCADソフトウェアが流通しています。
現在流通しているCADは、汎用CAD のほか、用途ごとに分類されているものが大半です。汎用CADは、設計するものの業種を問わず、あらゆるものの設計に対応しているCADを指します。しかし、汎用CADも、特定の業種向けのCADも最終目的は1つ。「なにかしらの完成物を、用途にかなう物理的な物体として存在させるために“設計"ということを行う。CADはそれを支援するための道具」であるということです。
その「用途にかなう物理的な物体」とは、腕時計や携帯電話といった精密機械から、建築物、そして道路や橋、河川などの集合体である街まで、ありとあらゆるものがあります。
参考までに、現在流通しているCADは、以下の用途のものが主流です。
・機械設計用: 精密機械から重機や車両など、あらゆるプロダクトの設計
・建築設計用: 建築物の、意匠、構造、設備の各設計
・土木設計用: 道路、橋梁、河川周辺などを含めた都市設計
ただし今回は、ものづくりのためのCAD、つまり機械設計用のCADを中心にお話しを進めます。
CADの歴史
CADの歴史は1960年代に、コンピューター上で線や円を描いたりできるテクノロジーが開発されたところから始まっています。Wikipediaによると、1960年代の「Sketchpad」というコンピューター プログラムが現在のCADの原型だとされています。
当時のCADはあくまで紙に図面を描く作業の代用品であって、現在は2D CADと呼ぶ、あくまで電子作図ソフトでした。ちなみに、「図面」とは、「何かの機能や構造、配置を描いた図」であるとWikipediaに書かれています。よく「設計図」という言葉を聞くと思いますが、それです。
2D CADとは2次元、つまりXとYのみで成立するCADを指します。そして3D CADは3次元、つまりX、Yに加えて奥行きに当たるZ方向で成立するCADのことを指します。
1970年代に3D CADのベーステクノロジーであるソリッド モデリング(中身が詰まった立体の表現をする手法)が開発されました。さらに1980年代にはワイヤフレームモデリング(中身の情報は無く、立体の外形を境界線で表現する手法)が開発されています。サーフェスモデリング(厚みが0の面で立体の表面を表現する手法)が開発されたのもこの頃です。意外に歴史はそんなに長くないんですね。
そして、1980年代まではCADを扱えるようなコンピューターはメインフレーム(汎用コンピュータ)が中心で、コンピューターそのものもソフトウェアもとても高価だったので、普及が進んだのは一部の大企業のみでした。それも設計用ではなく、自動車や飛行機などのコンセプト開発、メカニカル解析のためのモデリング用途など、かなり専門的な分野でのみ使われていました。
一方、1980年代には、16ビットの小型コンピューターが流通しはじめたことをきっかけに、パソコンが徐々に一般に普及していきました。コンピューターでグラフィカルな処理をするには最低限16ビットの処理能力が必要だったということですね。この16ビットPCが普及した頃に、現在でも多くの設計現場で使用されているオートデスク社のAutoCADがリリースされ、その後一般にもCADが普及するきっかけとなりました。
このような背景から、数多く普及し、現在も設計の現場で使用され続けているのは2D CADです。紙の上で設計をしていたのが、2D CADによってコンピューターに置き替えられたわけです。これが普及するようになったのは、主に以下のようなメリットのおかげでした。
1. 設計変更時の図面の修正が簡単
描き直しにかかる時間を大きく短縮できるようになりました。手描きでは消しゴムと字消し板というものを駆使して修正したい個所のみ消すこと自体に時間がかかり、さらに再度作図するのにもまた時間がかかります。
2. 正確な図面が描ける
正確な数値で形状を描くことができ、CADの中で数値計算もできるので、手計算の必要なく正確な数値で記入できるようになりました。
その他にも細かいメリットはありますが、とにかく手描きより楽になる、という点が普及の理由でした。
その後、1990年代前半に32ビット コンピューターが登場、そしてMicrosoftが業務用としてWindows NTをリリースした頃からコンピューターの普及が一気に加速しました。現在皆さんが目にしているWindows OSの原型です。非常にグラフィカルなユーザー インタフェースになりました。ちなみにスタートボタンがユーザー インタフェースに付いたのも、このOSからです。そして同時期に個人使用のためのレベルでもWindows 95が登場してPCが一気に加速します。大企業だけではなく、中小企業にも個人にも、PCが行きわたり始めました。
この32ビット コンピューターの登場および普及とともに、3D CADも普及していきます。先に記載した通り、テクノロジーとしては1970年代には3Dもありましたが、普及という意味ではこの頃からになります。
いろんなCADベンダーがものづくりをしている企業に対して「3Dで設計する」という概念を啓蒙し始めました。3Dできちんと設計すれば2D図面は不要という考え方を推し進めたのです。
このような歴史から、設計の一部プロセスの中では今も2D CADは使用されていますが、現在は3D CADで設計するという考え方が主流となっています。
3D CADが普及した理由は主に以下のようなメリットによります。
1. 立体で設計形状を確認できるので、設計者以外の人が見ても完成状態を認識しやすい
⇒ 図面は図面を読むテクニックが必要。⇒デザインレビューなどがはかどることが期待できます。
こちらを見てみてください。左の図は、右側の立体のどちらかを2D図面にしたものです。どちらを図面にしたものか、すぐにわかりますか?3方向から見た図を頭の中で立体にする必要があるので、慣れていないととても難しいと思います。
2. 部品どうしがぶつかっていないかの確認、重心や重量の計算が簡単
⇒ ほとんどの3D CADは、部品どうしがぶつかっていないかどうかの確認機能があります。(よく「干渉チェック」と呼ばれます)これによって、設計のミスを事前に知ることができます。また、作る物によっては重心の位置が大事だったり、重さを知りたいといった時にも、3D CADであれば簡単に計算結果を示してくれる機能があります。
3. 複雑な形状を表現しやすい
⇒ 車のボディをはじめとした、微妙な曲面を持つ形状でも簡単に表現できます。
4. 試作を減らすことができる
⇒ 実際に加工できるのか、強度は保てるのか、といった検証も可能なので、試作品を作って実際に壊してみるとか、加工性を確認してみるなどの作業を減らすことができます。
5.情報伝達をより早くできる
⇒ 例えば加工を業者に頼んで行う場合、設計データを渡す必要がありますが、図面を渡すと加工業者の方で設計データを解釈して加工用データを作ってもらう必要があります。しかし3Dデータを渡せば、そのままデータを利用することができます。その結果、たぶんコストが安く済むでしょうし、仕上がるまでの時間も短く済むでしょう。
さらにここ数年は3Dデータさえあれば加工できてしまう3Dプリンタの普及により、2Dの図面は一切要らないよ、という人達が増えてきました。これで一気に3D CADはメジャーな立ち位置を確保し、現在に至っています。
そもそも2D図面も3Dデータも、最終的な成果物を物理的な物体として成り立たせるための指示書です。スマホやカメラの部品を「どんな大きさで、どんな形で、どんな材料で作るのか」を作ってくれる誰か(3Dプリンタも含めて)に伝えるための手段です。より効率的に、より正確に伝える手段としていま現在最適なのが、3D CADだということなのです。
CADがどのように進化してきたか、おわかりいただけましたか?特に3D CADが機能的にもコスト的にも身近になったのはごく最近のことなのです。
次回は、現在世の中にあるCADの種類やその用途について、お話していこうと思います。
著者紹介
草野多恵
CADテクニカルアドバイザー。某製造業企業の設計部に約6年間所属。その後、3D CAD業界に転身し、ベンダーの立場からCADの普及活動を行う。現在は独立し、ユーザーの目線に立ち、効果的なCAD導入を支援している。