岡山大学は1月7日、現在では宇宙誕生後約38万年の時点までしか観測的に遡れないのに対し、観測不能なビッグバンのさらに前の「インフレーション」の検証を行う将来の衛星の超高精度な観測手段において、測定誤差を最小化する手法を発見したと発表した。

同成果は、岡山大大学院 自然科学研究科の髙瀬祐介大学院生(日本学術振興会 特別研究員)、岡山大学術研究院 環境生命自然科学学域(理)の石野宏和教授、東京大学 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構のGuillaume Patanchon客員研究員らを中心とする、イタリアやフランスの研究者も参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、宇宙論と素粒子天体物理学に関する全般を扱う学術誌「Journal of Cosmology and Astroparticle Physics」に掲載された。

一般的には、宇宙は「ビッグバンから始まった」と捉えられているが、厳密には異なると考えられている。宇宙では、誕生直後に、例えるならアメーバが一瞬にして銀河サイズにまで拡大するようなとてつもない膨張であるインフレーションが発生。それがあるタイミングで終了し、その時のエネルギーが光に転化したことで、極めて高温のビッグバンが生じたと考えられているのである(要はビッグバンよりも前がある)。これが、佐藤勝彦博士とアラン・グース博士が、およそ45年前にほぼ同時に独立して提唱したインフレーション理論である。

この仮説によると、インフレーションの間に量子揺らぎによりエネルギー密度(温度)の差が生じ、それが種となってできた重力不安定性により、現在の宇宙の銀河や星ができたという。また、空間の量子揺らぎにより「原始重力波」が発生したと考えられており、同重力波は、「宇宙マイクロ波背景放射」(CMB)に特徴的な偏光を生む。つまり、CMBの偏光を観測して原始重力波を見つけることができれば、インフレーションの決定的な証拠となるのである。

CMBは“ビッグバンの残光”といわれ、宇宙で初めて直進できるようになった最古の光だ。ビッグバンによって宇宙中が超高温でプラズマ状態(より高温の時期にはクォークすらバラバラな状態だったという)だったため、光が主に電子と散乱してしまって直進できず、光学的に見通すことができない状態だった(つまり我々はどのような電磁波を用いても、ビッグバンより前の時代は光学的に観測できない)。

それがインフレーション終了後も宇宙が拡大を続けたことで徐々に冷えていき、およそ38万年が経って十分に冷えると、水素やヘリウムなどのビッグバンで誕生した原子核が電子を捉え、物質が誕生(中性化)したことで、光が直進できるようになる「宇宙の晴れ上がり」イベントが発生した。この時の最初に直進し出した光は、現在ではマイクロ波にまで波長が引き延ばされており、宇宙の全方位において観測されることから、“宇宙マイクロ波背景放射”と呼ばれているのである。

CMBの偏光度合いの精密観測によるインフレーションの検証は、現在の宇宙物理学において、最も重要な研究課題の1つに挙げられている。現在の電磁波を用いた観測手段ではCMBまでが限度のため、その前のビッグバンやインフレーションの時代を観測することは不可能だ。しかし、CMBの偏光度合いの精密観測であれば、光学観測でありながらインフレーションの検証が可能となる。しかしそれには、従来よりも1桁以上も優れた精度を有する測定が求められ、容易なことではない。超高感度な検出器群を開発するのはもちろんのことだが、観測装置の性能の不定性に由来する「系統誤差」も大きく抑制する必要があるからだ。そこで研究チームは今回、系統誤差が最大限抑制される観測手法の最適解を求めたという。

その最適解を見つけるためには、広大な多次元パラメータ空間を探索する必要があったとする。そこで今回の研究では、まず衛星のスキャン観測を高速にシミュレートするJulia言語で書かれた高速シミュレータ「Falcons」を独自に開発(高瀬大学院生が自身のGitHubで公開中)。同ソフトウェアとスーパーコンピュータを駆使することで、その最適解を見つけることに成功した。

具体的に発見されたのは、人工衛星の姿勢を制御する4つのパラメータ空間において、偏光観測の誤差を最小化するための、あらゆる天域においてほぼ一様な偏光方向観測を達成する全天観測手法だ。また、系統誤差抑制を確認するため、偏光の回転対称性(スピン量)が2であることが着目され、特定の系統誤差の影響を素早く計算できる手法も開発された。そして、発見された最適解が確かに系統誤差を抑制することも確認できたという。

今回の研究成果は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が2032年度の打ち上げを目指して開発中の「LiteBIRD」など、インフレーションの検証を試みる将来のCMB偏光観測衛星実験の観測装置や姿勢制御に重要な設計指針を与えるとしている。

  • JAXAが開発中のLiteBIRD

    JAXAが開発中のLiteBIRD。同衛星が自転しながら、望遠鏡で宇宙をスキャン観測する様子が示された概念図。実際には自転軸自体の回転、歳差運動と太陽周りの公転の3種類の回転を組み合わせた複雑な運動となる(出所:岡山大Webサイト)