東京都八王子市にある東京薬科大学のある研究室に、渡邉一哉先生という研究者がいます。彼は毎日、土や泥の中にいる、電気を生み出す「発電菌」という微生物の研究をしています。その中でも、渡邉先生がとくに探している発電菌がいます。それは発電量が非常に高い「スーパー発電菌」です。
今もスーパー発電菌はすでに数種類知られていますが、もっとすごいスーパー発電菌が日本のどこかにいるのではないか、と渡邉先生は思っています。その発電菌を見つけて、本格的に発電させたら、持続可能なエネルギー源の一つとして使えることを期待しています。そのため、大学の学生と研究者と一緒にいろいろなところから採取した土や泥を電極と適量な水と一緒に容器に入れて、「泥電池」をつくっています。たくさん発電する泥電池があれば、その泥にスーパー発電菌が潜んでいるのではないかと考えて、発電菌の単離と発電量の調査をします。
このような研究を渡邉先生たちは何年間か続けましたが、なかなか日本中の泥を調査しきれませんでした。そこで、未来館の研究エリアに入居し、未来館の科学コミュニケーターと一緒に2021年に「スーパー発電菌をみんなで探そうプロジェクト」を始めました。このプロジェクトでは、日本中の中高生が自分たちが住んでいる場所の土や泥を採取して、渡邉先生たちと同じ方法で泥電池をつくって、その発電量を調べます。
そこから4年後……。今年はもう「スーパー発電菌をみんなで探そうプロジェクト」は4回目の実施となりました。とはいえ、中高生たちにとっては、研究者と同じ方法で発電菌を研究することは簡単ではなかったようです。例えば、スーパー発電菌はどこで見つかりそうか、どうやって分かるのでしょう? そして発電菌はそもそも何を食べるのでしょう? いい泥電池にするためにどれくらい水を入れればいいのか、電極は沈めるべきなのでしょうか? そして、肝心なところ、研究から得たデータはどうやって分析して、発電量はそこからどうやって計算すればいいのでしょうか?
これらは全て、「仮説を立てる」「実験のやりかたを考える」「データを集め分析する」と強く関係しているので、科学研究そのものを実施するために大事なポイントです。
こうした研究に関する参加者の疑問に答えようと、今年は参加者をサポートする学生メンターに加えて、事前説明会と中間報告会を設けました。プロジェクトが始まる6月に、とくに初参加の生徒へ向けてレクチャーを行いました。渡邉先生は発電菌の生態系や暮らし方などについて熱心に説明しました。私も、去年初めて泥電池をつくった経験を話しました。発電菌がどこにいるかあまり考えず、近場(未来館の裏庭)の土を適当に採取して、電極を常に沈んだ状態にしたら酸素が届かず、ほとんど発電できない泥電池をつくってしまいました(笑)
9月に行った中間報告会では、それまでの研究の結果を発表しあいました。そこではすでに説明会の成果が見えてきました。去年は泥電池の最大出力の分析で苦労した参加者がかなり多かったのですが、今年はうまくできているケースが多く、お互いのやり方をみたり、メンターの助言を受けたりすることでさらに実験や分析のやり方を磨ける機会となりました。
そして、いよいよ11月に最終報告会がありました。そこで見えてきたのは、非常に興味深いサンプルや高い最大出力を出す泥電池でした。また、「泥に米ぬかを入れては?」「深海の泥で泥電池をつくれば?」「アジサイの色は土のpHによって変わるので、その花の色を指示薬代わりにpHの違う土を比較すれば?」「泥電池を一定の温度を保つ装置に入れ、いくつかの設定温度を比べれば?」といったユニークな研究テーマをもとに、研究を進めていた参加者もいました。
報告会で参加者から研究の話を聞いた渡邉先生は、今年は信頼のおけるデータが取れた参加者が多くよかったと言います。そして、発電能力の高かった泥や普段なかなか採取できない深海の泥などをさらに調べるために、参加者たちに泥を送ってもらえないかお願いしています。実は、今年の参加者は事前説明会も受けて、より一層泥の採取場所を考えてくれたようで、良い泥電池がありすぎて詳しい調査が追い付かないぐらいだそうです。
もちろん、まだわからないことやあまり発電しない泥などもありました。例えば、米ぬかの入った畑の土は非常によく発電して、最大出力は 68 mW/m2 でしたが、米ぬかなしの同じ土の最大出力は 7 mW/m2 にとどまりました。(普段なら、 20 mW/m2 までいけばスーパー発電菌がいるのではないかと思うところだそうです。)そこで、米ぬかの影響だと思いきや、同じチームが採取した田んぼの土は逆に米ぬかなしで最大出力が 44 mW/m2 だったものの、米ぬかありだと最大出力は 7 mW/m2 でした。
また、通常、発電菌の餌となる有機物があまりないきれいな水は発電能力があまり期待できませんが、きれいな小川から採取した生きた貝がいる泥がうまく発電できたという結果が出た参加者がいました。最終報告会の議論の中で、もしかしたら貝が有機物を集めてうんちとして泥に入れてくれているのではないかという、渡邊先生も初めて聞く、新しい仮説が出ました。
このように、「スーパー発電菌をみんなで探そうプロジェクト」のおかげで、渡邉先生はよりたくさんの泥について知ることができるだけではなく、参加者も発電菌の研究ができるようになりました。最終報告会に出てきた仮説などについて追加実験をしたいという参加者も何人かいました。やっぱり、プロジェクトの名前の通り、みんなで探して、一緒に進めることで泥電池やスーパー発電菌の研究がより一層進んだと思います。私はすでに渡邉先生とプロジェクトの参加者とともに、来年の泥電池や実験、そしてスーパー発電菌が見つかる時をワクワクしながら期待しています!
執筆: セーラ ホクス(日本科学未来館 科学コミュニケーター)
【担当業務】
アクティビティの企画全般に携わり、研究者とのイベントなどを企画。サステナブルなミュージアムの実現を目指し、未来館のサステナビリティ対策や情報発信に取り組む。国際交流や国際的な事業も担当する。
【プロフィル】
大学の専攻は生物学と科学コミュニケーション。卒業後は環境教育センターの教育担当として勤務。ゴミや物質循環について教えながらも、「もっとサステナブルな生き方をしないと!」と強く思い、科学と社会をつなげて、より持続可能な世界をつくる方法を探るため、未来館に着任。
【分野・キーワード】
持続可能性(サステナビリティ)、物質循環(サーキュラーエコノミー)、ライフサイクルシンキング