三菱電機と宇宙航空研究開発機構(JAXA)は12月10日、三菱電機の鎌倉製作所にて、新型宇宙ステーション補給機「HTV-X」のサービスモジュールを報道公開した。HTV-Xは、「こうのとり」(HTV)の後継機として開発が進められている無人補給機。打ち上げはH3ロケットの24W形態を使い、初フライトは2025年度に行われる予定だ。

  • 公開された新型宇宙ステーション補給機「HTV-X」のサービスモジュール

新型機「HTV-X」ではなにが変わった?

国際宇宙ステーション(ISS)への物資の輸送を担うため、日本が開発したのが「こうのとり」(HTV)である。初号機の打ち上げは2009年に実施。以降、計9回のミッション全てに成功し、役割を果たした。そのHTVは、2020年の9号機で終了。後継機となるHTV-Xは、ISSへの補給ミッションを引き継ぎつつ、新たな役割も担う計画だ。

HTV-Xの大きさは、全長が約8m、直径が約4.4m。打ち上げ時重量は、約16トンだ。従来のHTVと規模感は近いものの、その構成は大きく変わっており、輸送能力や運用性が強化されている。

  • HTV-Xの概要
    (C)JAXA

HTVは、上から、与圧部、非与圧部、電気モジュール、推進モジュールという4モジュール構成だったのに対し、HTV-Xは、与圧部以外の機能をサービスモジュール(SM)に集約。その下に与圧モジュール(PM)を繋げる2モジュール構成となった。開発は、サービスモジュールを三菱電機、与圧モジュールを三菱重工が担当した。

  • 構成の比較。右がHTV、左がHTV-Xだ
    (C)三菱電機

HTVの外観の大きな特徴は、大きな開口部がある非与圧部だったが、HTV-Xでは、サービスモジュールの天板に曝露カーゴの搭載部を用意。機体の最上部に配置したことで、フェアリング内の空間を搭載スペースとして最大限利用できるようになり、従来より大型の機器を運べるようになった。

HTVは、重量のある与圧部が一番上になる配置だったため、大きな開口部のある非与圧部でその荷重を支えるという難しい設計が必要だったのだが、HTV-Xではそれを最下部に変更。これにより、サービスモジュールは構造の軽量化が可能となった。従来に比べると、より合理的な配置だと言えるだろう。

ただ、上に曝露カーゴ、下に与圧モジュールという配置は合理的ではあるものの、そうなると、従来最下部にあったメインエンジンの置き場所がなくなってしまう。しかしHTV-Xは、RCSスラスタが従来のメインエンジンの役割も担うことでこれを解決し、メインエンジンを不要とした。

与圧モジュールは、HTVの与圧部の設計を活用。同様に、間口の広いハッチが用意されており、実験ラックなど大型の船内物資の輸送が可能という、HTVの特徴を引き継ぐ。なおHTV-Xでは、与圧モジュールに電源供給機能を追加。冷凍庫などを搭載し、温度管理が必要な実験サンプルを輸送することも可能となった。

さらに、HTV-Xで大きく変わったのは、新たに2翼の太陽電池パドルを搭載したことだ。従来の太陽電池はボディマウント方式だったのだが、これにより、発電能力は2kW→3kWと、1.5倍に強化された。なお太陽電池パドルは30度の傾きが付けられており、これにより、1年のどの時期でも効率的な発電が可能だ。

HTV-XのミッションCG (C)JAXA

HTV-Xはまた、軌道上の技術実証プラットフォームとしても活用できるように考えられている。HTV-XはISSからの離脱後、最長1.5年の飛行が可能。初号機ではこの期間中に、超小型衛星の放出、SLR反射器「Mt.FUJI」による軌道・姿勢推定、展開型軽量平面アンテナの実証などを行う予定だ。

  • 技術実証プラットフォームとしての活用が可能
    (C)JAXA

超小型衛星の放出は、ISSからも行われているが、飛行高度が約400kmと低いため、どうしても再突入までの寿命が短くなってしまう。HTV-Xだと高度を上げ、最高500kmからの放出が可能で、超小型衛星の活動期間を長くすることができる。

その次の2号機では、最上部に日本製のドッキング機構を搭載。ISSへの補給ミッションが完了したあと、ISSから一旦離脱し、天頂側に回り込んでから、自動ドッキングの技術実証を行う(今回はあくまでもドッキング技術の実証であるため、まだ物資の補給には使わない、というか使えない)。

  • 先日の国際航空宇宙展では、IHIエアロスペースが開発を担当した自動ドッキング機構が展示されていた

HTVは、ISSへの結合に、日本が独自に開発したキャプチャ方式を採用。これは、ISSの下方10mの位置に相対停止してから、ISSのロボットアームで掴んでもらうという確実なやり方で、HTV-Xもこの方式を引き継ぐ。

  • HTV-Xのこの部分をロボットアームで掴む

しかしHTV-Xは今後、月周回有人拠点(ゲートウェイ)での活用も検討されており、日本としては自動ドッキング技術の獲得は不可欠。次の2号機での技術実証は、それを視野に入れたものだ。

自動ドッキング技術実証のミッションCG (C)JAXA

JAXAの伊藤徳政プロジェクトマネージャは、HTV-Xの優位性について、「ISSへの輸送能力の高さ」と「最長1.5年の技術実証機会」をあげ、「これは(商業補給サービスを担う米国企業の)ドラゴンやシグナスなどにはない特徴」と指摘。「この2つを個人的には"二刀流"と言っている」と、メジャーリーグで活躍中の大谷翔平選手にあやかった発言をしている。

  • JAXAの伊藤徳政・HTV-Xプロジェクトマネージャ

サービスモジュールをチェック!

今回、報道陣に公開されたのは、HTV-Xのサービスモジュールの本体部分。サービスモジュール上側の曝露カーゴ搭載部や、下側の与圧モジュールと接続するアダプタ(PMA)は外した状態で、高さは3mだ。HTV-Xの全高は約8mであるので、完成時の高さはこの2倍以上になるとイメージして欲しい。

  • 完成時には、この上に曝露カーゴ、下に与圧モジュールが付く

前述のように、HTV-Xはサービスモジュールと与圧モジュールの2モジュール構成。サービスモジュールに、衛星のバス機能を全て集約した。HTV-XをISSへの宅配便とすると、サービスモジュールをトラック本体、与圧モジュールを荷台部分と考えると分かりやすい。将来的には、サービスモジュールを単独で使うようなことも可能だという。

  • サービスモジュールについて説明した三菱電機の鵜川晋一・HTV-Xプロジェクト統括

従来のHTVは、“缶ビール”とも言われた円筒形の外観が特徴的だったが、HTV-Xのサービスモジュールは、八角柱の構造を採用している。これにより、スラスタや太陽電池パドルなどの機器を搭載しやすくなった。

ちなみに、サービスモジュールは外側の八角柱と内部を貫く円筒(セントラルシリンダ)の2重構造になっており、打ち上げ時の荷重を効率的に支えることができる。セントラルシリンダの内径は、宇宙飛行士が中を通れるサイズに設計。現時点で具体的な計画があるわけではないものの、将来の発展性を持たせている。

  • 右の写真では、ぶら下がっているセントラルシリンダが見える
    (C)三菱電機

従来のHTVは、大推力を発生するメインエンジン(500N)×4基を最後尾に配置して、軌道制御に利用。機体全体の周囲にRCSスラスタ(120N)×28基を配置して、姿勢制御を行っていた。日本にとって、ISSへの補給船は初めて開発するものだったため、このあたりは非常に教科書通り、スタンダードに作られた印象だ。

  • 推進系の比較。推進剤の搭載量も増やした
    (C)三菱電機

一方、HTVでの運用経験を得て、新たに考えられたHTV-Xは、より攻めた設計となった印象を受ける。前述のように、HTV-Xではメインエンジンを廃止。サービスモジュール下部に集約したRCSスラスタ(120N)×24基だけで、軌道制御と姿勢制御の両方を担う。なお、この推進系の部分については、HTVと同じくIHIエアロスペースが担当した。

  • 写真中央を境に、上下でMLI(多層断熱材)の色が違う。これは、上の電気系搭載部は三菱電機、下の推進系搭載部はIHIエアロスペースが担当しており、使用したMLIが違うからだ

HTV-XのRCSスラスタは、6基ずつを4面に配置。従来のメインエンジンのように、機軸方向を向いたスラスタはないのだが、下方を向いた各面のスラスタを同時に噴射することで、前方への推力を発生させることができる。スラスタが斜めを向いているため、推進剤は少し無駄に消費するが、能力的には問題ないとのこと。

  • RCSスラスタは3系統の冗長構成。全て上下の斜め方向を向いている

しかしその一方で、メリットは大きい。従来のHTVでは、推進系の配管を機体の前方から後方まで取り付ける必要があり、それは種子島宇宙センターに各モジュールが搬入されたあとの結合時に行っていた。HTVの6号機では、この工程で不具合が発生し、組み立て後に再分解したことがあったが、そういった問題も起こりにくい。

  • 上向きのスラスタと、下向きのスラスタでは、角度が違うことが分かる

また宇宙船の"頭脳"となる計算機は、従来は「航法誘導制御」「データ処理」「システム管理」で別々になっていたが、HTV-Xでは機能を「フライトコンピュータ」(FC)に統合した。このフライトコンピュータは同じものを3台搭載し、3台による多数決処理を実施。2フェールセーフの要求を満たす冗長構成にもなっている。

  • 計算機は「フライトコンピュータ」(FC)に統合
    (C)三菱電機

なお、今回公開した初号機用のサービスモジュールは鎌倉製作所での試験を完了し、次は射場へ輸送する段階。2号機と3号機については、製造・試験を実施中だという。初号機用の与圧モジュールはすでに、2022年8月に種子島宇宙センターへの輸送が完了しており、いよいよ、種子島でHTV-Xが完成した姿を現すことになる。

  • 与圧モジュール(写真左)はすでに種子島に到着済み
    (C)JAXA