2024年8月24日、未来館では令和6年度(第18回)みどりの学術賞を受賞された西村いくこさん、横張真さんをお招きし、トークイベント「みどりの研究者と話そう! ~植物の生き方・植物との生き方~」を開催しました。登壇者のお一人の西村さんは植物の細胞の中で起こっていることを中心に長らく研究を続け、数々の謎を解き明かしてきました。このブログでは西村さんのトーク「しなやかに生きる植物から学ぶ~観ることから不思議を感じる力を!~」の様子をお届けします。西村さんが発見してきた大胆な植物の生存戦略のお話を聞いてみましょう。
みどりの学術賞は国内において植物、森林、緑地、造園、自然保護等に係る研究、技術の開発その他「みどり」に関する学術上の顕著な功績のあった個人に授与する賞です。
みどりの学術賞 (内閣府) https://www.cao.go.jp/midorisho/
植物の細胞の中をのぞいてみると?
西村さんの研究の中心は植物の「細胞」。細胞は生物のからだを構成する基本単位です。わたしたち人間も植物も、多くの細胞が集まってできています。そして細胞の中には様々なはたらきをする細胞小器官があり、それぞれ役割があります。このイベントで最初に注目した細胞小器官は「小胞体」。小胞体は細胞内でタンパク質や脂質の合成に関わっています。
研究のモットーは「気になったらまずは観てみること!」と言う西村さん。小胞体の研究もまずは観ることからはじまりました。蛍光で標識した小胞体のイメージはこちら。
右の写真で網目状に張り巡らされているものが小胞体です。これを西村さんは「細胞を覆うザル」と表現します。左の細胞の模式図では一見、小胞体は細胞内の一部にしかないようにも見えますが、この網目が細胞の中身を覆うように分布しています。小胞体は細胞内で最大の面積を占める細胞小器官なのです。
さらに西村さんは「観てみるだけではサイエンスにはなりません。そこからどういうクエスチョンをもつか、何をおもしろいと思うかが重要なんです。なんでもいいんです!」と言います。
(みなさんはこの小胞体の写真を見てどんなクエスチョンをもちますか? 数秒間ぜひ考えてみてください。)
西村さんがおもしろいと感じたのは小胞体の流動。この小胞体、実は細胞内を驚くほど高速で動き回っています(動いている様子はぜひアーカイブ動画でご覧ください!)。その最大速度は人間の世界でいうと高速道路並みだそう。このしくみを詳しく調べた結果、細胞内の運動に関わるモータータンパク質の一種であるミオシンⅪが小胞体をつかみ、さらにアクチンという別のタンパク質のレールを敷きながらそのレールに沿って、小胞体はまるで列車のように細胞内を駆け巡っているということがわかりました。
さらにおもしろいのは、このモーターをつくる遺伝子を実験的に壊した植物では、レールまで壊れてしまうということ。つまりモーターは決められたレールの上を走っていたわけではなく、自分で行先を決めて、レールを敷きながら動いていたということです。「だから学生さんには、『レールが最初からあると思わず、自分で行きたい先を見定めて、そして自分でレールを敷きながら進みなさい。進めば進むほど、レールは太く、流れは速くなります。』なんて人生訓を話します。」と西村さん。小胞体の動きに習う人生訓に、会場からは笑みがこぼれました。
植物がまっすぐ伸びるために欠かせない〇〇〇〇
植物を窓辺に置いておくと、茎が光の方に向かって曲がっているのを見たという経験はありませんか? あるいは横に倒れた植物の茎が、起き上がって上方向へ成長していくことを理科の授業で習った方も多いのではないでしょうか。このような光や重力のような刺激に対する植物の応答を、それぞれ光屈性と重力屈性といいます。
イベントでは西村さんがいつも研究に使っている植物「シロイヌナズナ」を持ってきてくれました。
このシロイヌナズナを使ってちょっとした実験。トークイベントが始まる30分くらい前に苗を横倒しにしておきました。
トークが終わった70分後、見てみるとどうなっていたでしょうか?
写真の通り、重力に逆らって上方向に茎が屈曲していました。これが植物の重力への応答です。
一方で、刺激がない状態ではシロイヌナズナはまっすぐ上に伸びます。当たり前のように思えますが、実はまっすぐ伸びるために植物は意外な装置を持っています。
西村さんたちのチームでは、シロイヌナズナを繰り返し交配し、小胞体流動でも登場したモータータンパク質の一種であるミオシンⅪをつくれなくさせることで、不思議な形態を示すシロイヌナズナをつくりました。それがこちら。
ぐにゃぐにゃと茎が曲がっています。なぜこんな形になってしまったのでしょう?
実は植物には「曲がるな! 曲がりすぎるな!」と屈曲を抑える力がはたらいています。この力を失うと、植物は小さな環境刺激にも過剰に反応し、茎が過剰に曲がってしまいます。そう、植物がまっすぐのびるためには「ブレーキ」が欠かせなかったのです! そのブレーキ装置がミオシンⅪでした。
「動くことができない植物は、周囲の環境の変化に対して、茎を曲げることによって対応する必要があります。しかし、小さな環境の変化にまで振り回されてしまうと、植物にとって無駄なコストがかかってしまう。だからブレーキを獲得したのではないでしょうか。」
植物のブレーキ装置を発見した西村さんはこう語ります。
まっすぐのびるためにはブレーキが必要。トークイベントのタイトル「しなやかに生きる植物から学ぶ」の通り、静かでありながらもまるで意思をもつかのようにたくましい植物の生き様を感じました。
タダでは食べられない! 植物の爆弾
しなやかに生きる植物の知恵は、まだまだあります。動くことができない植物ですが、生きていくうえでは外敵から身を守らなくてはいけません。例えば虫による食害。虫に食べられないためにシロイヌナズナを含むアブラナ科の植物が使う防御方法は、わさびの匂いがする物質を爆弾のように放出する攻撃です。西村さんたちは、植物の根や子葉の表皮に配備された防御のしくみを解き明かしました。鍵となるのは細胞小器官の一つ、「ERボディ」。小胞体から形成される器官で、西村さんたちが名づけました。
ERボディはこの写真の中の白い楕円形のものです(もしかすると先ほどこの写真が登場したときにこの丸はなんだろう? というクエスチョンをもった方もいるのでは?)。
このERボディの中にはβ-グルコシダーゼという酵素が大量に蓄積されています。虫に噛まれることで、ERボディと、他の細胞小器官である液胞がはじけ、β-グルコシダーゼが液胞の中に蓄積されている物質(基質であるカラシ油配糖体)と反応し、ツーンとする匂いを発することで、虫を遠ざけるのです。ERボディのβ-グルコシダーゼはいわば爆弾を爆発させるための起爆剤なんですね。
また、植物の外敵は虫だけではありません。例えばウイルスや細菌。植物も動物と同じくウイルスや細菌に感染します。しかし植物は動物のような免疫機能を担う免疫細胞をもちません。ではどうやって病原体から身を守っているのでしょうか? アーカイブ動画からぜひご覧ください!
観ることから不思議を感じる力を
今回のイベントで西村さんと私が一番大切にしたいと思っていたことは、参加者のみなさんとの双方向のやりとりです。観て、聞いて、感じて、そこから不思議に思う気持ちをもってほしい、参加者のみなさんにそれぞれのクエスチョンを見つけてほしい、という西村さんの強い思いがあったからです。
「みなさんがそれぞれ何に不思議を感じてもかまいません。次々と色んなおもしろいことを考えてみてください。そして、考えるだけじゃなくていろんな人にそれを話してみてください。不思議に思ったことについて意見を交わして、どんどんその考えを自分の中で磨いていくというのが大切なんじゃないかなと思います。」
不思議に思うことが次々と湧き、自分の好きな研究に没頭してきたと語る西村さんから、参加者のみなさんには最後にこんなメッセージがありました。
みなさんはどんなことに不思議を感じるでしょうか? 例えば今日起こったことの中で何か自分の中で気になることはありましたか?あるいはみなさんが好きなこと、興味があること、何となく惹かれるものについて少しだけ立ち止まってじっと見つめてみてはどうでしょうか?もしかすると思いもよらぬ発見や熱中できる何かが見つかったり、自分の人生を助けるちょっとしたヒントに出会うことができるかもしれません。
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みどりの研究者と話そう! ~植物の生き方・植物との生き方~
令和6年(第18回)みどりの学術賞受賞記念トークイベント:https://www.miraikan.jst.go.jp/events/202408243542.html
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参考文献
1) Haruko Ueda, Etsuo Yokota, Natsumaro Kutsuna, Tomoo Shimada, Kentaro Tamura, Teruo Shimmen, Seiichiro Hasezawa, Valerian V. Dolja, Ikuko Hara-Nishimura (2010) Myosin-dependent endoplasmic reticulum motility and F-actin organization in plant cells, PNAS, 107(15),pp. 6894-6899.
2) Keishi Okamoto, Haruko Ueda, Tomoo Shimada, Kentaro Tamura, Takehide Kato, Masao Tasaka, Miyo Terao Morita, Ikuko Hara-Nishimura (2015) Regulation of organ straightening and plant posture by an actin–myosin XI cytoskeleton, Nat Plants, 1(4), pp. 1-6.
3) Kenji Yamada, Shino Goto-Yamada, Akiko Nakazaki3, Tadashi Kunieda, Keiko Kuwata, Atsushi J. Nagano, Mikio Nishimura, Ikuko Hara-Nishimura (2020) Endoplasmic reticulum-derived bodies enable a single-cell chemical defense in Brassicaceae plants, Commun Biol , 3 (1), 21.
執筆: 青木 皓子(日本科学未来館 科学コミュニケーター)
【担当業務】
アクティビティの企画全般に携わり、情報発信や対話活動を行う。これまで、実験教室の開発と運用、研究者とのトークイベントや研究エリア入居プロジェクトのイベントを担当。
【プロフィル】
幼少期は立ち止まっては石を拾ったり、花を摘んだり、空を眺めたりと家に帰るのに時間がかかる子どもでした。学生時代の旅の経験から、いろいろな国の方とお話することが好きです。昨日よりも今日、ちょっとだけいい日だったなと思える日々をつくりたい、そこに科学がどう関わるのかを考えたいと思っています。
【分野・キーワード】
生命科学、植物