宇宙航空研究開発機構(JAXA)は12月26日、小型月着陸実証機「SLIM」に関する記者説明会を開催。プロジェクト終了を前に、得られた成果などを総括した。SLIMは月面への着陸直前に、メインエンジンの片側でノズルが脱落するというトラブルが起きていたが、これまでの調査で原因を特定し、その報告も行われた。
「エクストラサクセス」のSLIM、なぜ3回も越夜に成功できた?
SLIMは1月20日に月面着陸に成功。これで日本は、世界で5番目の成功国となった。着陸後、太陽電池の発電ができないという深刻な問題が起き、一時はどうなるかと思われたものの、その後3回の越夜に成功するなど、終わってみれば大成功。プロジェクトの成功基準の評価では、「エクストラサクセス」を達成した。
SLIMプロジェクトが狙ったのは、精度100mのピンポイント着陸と、軽量な探査機の実現である。着陸の結果については、過去記事があるのでここでは繰り返さないが、今回の着陸精度は「10m程度ないしそれより良好」と評価。世界に先駆け、ピンポイント着陸を成功させたことで、「大きなアドバンテージが得られた」とした。
想定外の成果だったのは、越夜の成功だ。月面は、14日間の長い昼と14日間の長い夜を繰り返す世界。温度変化が激しく、通常は越夜するためにヒーターを使って内部が冷えすぎないようにするのだが、軽量化を追求したSLIMにはそんな装備はない。そのため越夜は難しいと考えられていたものの、結果的にはこれに3回も成功した。
なぜ、SLIMは極寒の夜を生き延びることができたのか。SLIMの坂井真一郎プロジェクトマネージャは、「理由を解明することは難しい」としつつも、個人的な感想として「電子部品の半田付けなど、メーカー(三菱電機)がかなり丁寧に探査機を仕上げてくれた。もしかしたら、そこが功を奏したのかもしれない」とコメントした。
今回は想定外の越夜成功だったが、ここで得られたデータは今後、越夜を狙うときに大きな知見となる。たとえば、最初の越夜に成功したあと、探査機内部の温度が越夜前より高くなっていた。これらを解析することで、越夜で動作しなくなった原因が分かる可能性があり、プロジェクト終了後も、JAXA内の研究活動として継続するという。
3回の越夜に成功したSLIMだが、4回目の夜の後、通信が復活することはなかった。そのため、プロジェクトチームは8月23日に停波運用を実施、7カ月にわたる月面での活動を終了した。坂井プロマネは、「本当によく頑張ってくれた。感謝している」と、役割を果たしたSLIMに労いの言葉をかけた。
ちなみに、SLIMの成果について、前述の記事で「63点」と辛口の評価をしていたJAXA宇宙科学研究所の國中均所長は、今回、採点をアップデート。3回の越夜成功で3点、推進系の知見獲得で1点、スタートラッカでのローバー撮影で1点、越夜後の温度データ取得で1点を追加し、「合計69点」と報道陣を笑わせた。
-X側ノズル脱落の原因は「着火遅れで過大衝撃がかかったため」
結果的には大成功となったSLIMのプロジェクトであるが、最大の危機は着陸直前に高度50mで発生した、メインエンジン(OME)のトラブルだった。これにより、SLIMは降下しながら東に流され、探査機自身の判断で2段階着陸を中止。探査機は接地時に転がり、想定外の逆立ち状態での着陸となってしまった。
ある意味、SLIMは運が良かった。もし太陽電池が下側にひっくり返った姿勢で止まっていたら、電力が復活することはなかった。復活できたのは、たまたま太陽電池が西側を向いていたからだ。また、もしマルチバンド分光カメラ(MBC)が下向きになってしまっていたら、理学的な成果も危うかった。それほど、これは深刻なトラブルだった。
前述の過去記事の時点で、メインエンジンの片側(-X側)でノズルが壊れて落下したことまでは分かっていたが、今回、その原因が明らかになった。
SLIMの推進系は、燃料にヒドラジン、酸化剤にMON3を使用。燃料/酸化剤タンクの内部はダイアフラムという膜によって液体と気体が仕切られ、液体の燃料/酸化剤を、高圧のヘリウムガスで押し出し、エンジン側に供給している。ヒドラジンとMON3は混ぜるだけで着火する性質があり、推進系ではよく使われている。
SLIMの推進系の大きな特徴は、「ブローダウン方式」を採用したことだ。エンジンを使っていくと、燃料/酸化剤が少なくなり、その分、押しガスの体積が増えて、圧力は低下する。一般的な「調圧方式」だと、気蓄機や調圧装置を搭載して供給圧を一定に保つのだが、ブローダウン方式だとそれがない分、軽くできる。
この高度50mの時点は着陸の最終局面であり、供給圧はかなり低下した状態だった。さらに噴射のタイミングで、多数の補助スラスタの噴射が重なり、圧力も低下。本来であれば、燃料と酸化剤は混ぜるだけで着火するはずだったが、濃度が低すぎて、-X側エンジンはこのタイミングでは着火しなかった模様だ。
その1秒ほど後に、補助スラスタの噴射が一斉に停止、供給圧が回復した。-X側エンジンはこのタイミングで着火したものの、問題だったのはこの間、燃えないまま燃料/酸化剤が供給され続け、燃焼室内に溜まっていたこと。そのため、着火によって想定外の大きな衝撃が発生し、ノズルを破壊したと考えられる。
なお、SLIMはメインエンジンにセラミックスラスタを採用していたが、この問題はセラミック製だったこととは無関係で、従来の金属製でも、同様の結果になった可能性が高いとのこと。
しかし、供給圧が下がるのは事前に分かっていたことであり、なぜこの問題が発生する可能性を見逃してしまったのか。坂井プロマネによれば、これに近い状態を模擬した統合燃焼試験は行っていたものの、そのときは正常だったという。ただし、この試験は真空ではなく大気圧下で行われており、その条件の違いが影響した可能性はありそうだ。
ただ、SLIMは軽量化を追求した尖った設計のためブローダウン方式を採用したものの、通常は調圧方式を使うことがほとんど。坂井プロマネは「もし事前に分かっていたら、配管の作り方の工夫など、手の打ちようはあった」と悔しがっていたが、火星衛星探査のMMXも調圧方式であり、ほかのプロジェクトへの影響はかなり限定的だろう。