沖縄県西表島の浅い海に生息していた生物から発見された天然化合物「イリオモテオリド-1a」の分子構造の決定とその化学合成に、中央大学と高知大学の共同研究グループが成功した。イリオモテオリド-1aはがん細胞の増殖を抑える効果があり、創薬できれば新しい抗がん剤となり得る物質だ。今後は動物実験を行い、詳しい抗がん作用の解明に挑むという。

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    結晶化した「イリオモテオリド-1a」約50ミリグラム(中央大学 不破春彦教授提供)

イリオモテオリド-1aは西表島の浅い波打ち際に生息する「渦鞭毛藻(うずべんもうそう)」から見つかった天然物質で、約40年前に高知大学農林海洋科学部の津田正史教授(海洋天然物化学)の恩師が、東京都内の研究所で先行研究を始めた。その後、津田教授が研究を引き継ぎ、約20年前に抗がん作用があるとして構造式を論文化していた。

だが、スペクトルデータが他の実験結果と「一致しない」ことから、実際の構造は異なるのではないかと、米国や香港などの研究者が「正確な構造式」を求めてしのぎを削ってきた。渦鞭毛藻が海洋環境の変化などによって西表島近海で採れなくなっていることも構造決定を難しくしていた。

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    「渦鞭毛藻」は西表島の浅瀬で見つかった単細胞生物(高知大学 津田正史教授提供)

そこで、津田教授は様々な化合物の構造式を解析している中央大学理工学部の不破春彦教授(天然物化学)に相談した。不破教授は、イリオモテオリド-1aが理論上、2の12乗である4096通りの構造を取り得ることから、一度に全ての構造を決定づけるのは難しいと判断した。立体構造を「自由度が低く固定された領域」と「自由に動いている領域」の2つに分けて、比較的容易な前者から検討を始めた。

従来の核磁気共鳴スペクトルを用いるNMR構造解析に加え、合成化学の手法と、本来天然物化学ではあまり用いられてこなかった理論化学分野特有の「計算化学」を採り入れて、スーパーコンピューターでデータ処理を行った。すると、ある構造式が津田教授の手元の実験データとほぼ一致したため、分子構造決定に至った。また、市販の化合物から18の工程を経るとイリオモテオリド-1aを実験室内で化学合成できることも分かった。培養したヒトのがん細胞に対し、ナノモル濃度(ナノは10億分の1)で増殖を阻害することも確認できた。

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    今回、立体構造を解明することができたイリオモテオリド-1aの構造式と立体構造(不破春彦教授提供)

天然のイリオモテオリド-1a数ミリグラムを得るには200リットル分の渦鞭毛藻が必要だったが、今回の成果により、人工的に化学合成ができるようになった。今後は高知大で動物実験を、中央大で培養細胞への毒性のメカニズム解析を行い、創薬研究への展開を目指すという。

津田教授は「海洋生物由来のものは構造決定が難しいものが多く、さらに大量に得にくいという課題があったが、成果を基に、動物実験で良い成果が出せると話が進むのではないか」と話した。不破教授は「外敵がいなくなるなどして、目的の化合物を作らなくなる生物もいるので、限られた試料で構造決定しなければいけないのが天然物化学の難しいところ。今回の構造決定の手法に汎用性を持たせて、このほかにも難しい化合物の構造を決定していくことが可能になるか検証したい」と今後の展望を語った。

研究は、日本学術振興会の科学研究費助成事業と、自然科学研究機構岡崎共通研究施設 計算科学研究センターの助成を受けて行われた。成果は10月17日に米化学会の「ジャーナル オブ ジ アメリカン ケミカル ソサイエティー」電子版に掲載され、中央大学と高知大学が同月23日に共同発表した。

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