京都大学(京大)と鹿島建設(鹿島)の両者は12月19日、2022年に両者が発表した共同研究「月や火星に住むための人工重力施設を京都大学と鹿島が共同研究」におけるこれまでの概念検証から進展し、将来的な実現に向けて月面での人工重力居住施設の構造成立性、施工成立性、居住性、人体への影響評価、閉鎖生態系(ミニコアバイオーム)を確立するための共同研究を開始したことを発表した。

  • 月面人工重力居住施設「ルナグラスNEO」

    遠心力を利用して1G環境を作り出す月面人工重力居住施設「ルナグラスNEO」(提供:鹿島建設)

同成果は、京大大学院 総合生存学館の山敷庸亮専攻長(同館 ソーシャルイノベーションセンター(SIC) 有人宇宙学研究センター センター長兼任)および関連部局(工学研究科、理学研究科、防災研究所)、鹿島 イノベーション推進室の大野琢也担当部長(宇宙)らの共同研究チームによるもの。

月や火星のような低重力環境は、人体にとって有害である可能性が懸念されているが、微小重力環境とは異なり、どのような影響が出るのかはまだよくわかっていない。そうした中、天体上で垂直軸を中心に回転させることで遠心力を発生させ、その天体の重力と合算することで1G環境を構築し、その中で人々が暮らすという人工重力居住施設「ルナグラス」(月面用)や「マーズグラス」(火星用)を2022年に提案したのが、共同研究チームだった。

  • ルナグラスNEOの内観

    ルナグラスNEOの内観(提供:鹿島建設)

ルナグラスやマーズグラス内での真下は、遠心力との合算となるため、その天体上での真下から真横までの90度の範囲内のどこかになる。低重力であればあるほど遠心力の割合が増えるので、施設の滞在者はその天体の地平線に対して真横に近くなっていく点が特徴的だ。

またこのコンセプトは、地球上においても1G以上の荷重力環境を作り出せることから、骨粗鬆症の抑制など、健康増進につながる可能性もあるとする。そこで研究チームは今回、世界に先駆けて日本での人工重力施設実現を目指すため、2022年に発表したコンセプトのさらに本格的な共同研究を始めたとする。

京大 SIC有人宇宙学研究センターが、宇宙居住において最低限必要なコアコンセプトとして掲げているのが、以下の3つだ。

  1. 社会制度(コアソサエティ)
  2. 基幹技術(コアテクノロジー)
  3. 基幹生態系(コアバイオーム)

この中で人工重力施設は、最も重要な基幹技術として位置付けられている。なお遠心力を利用した人工重力施設のコンセプトは、宇宙空間用としてはシリンダー型やトーラス型などが古くから知られているが、天体上用としては、共同研究チームのコンセプトは他に類を見ず、鹿島が特許技術として申請中とした。

そして今回の共同研究では、以下の3つの目的と成果が期待されるとする。

  1. 人工重力居住施設の成立性の確認
  2. 閉鎖生態系(ミニコアバイオーム)の成立性の確認
  3. 地球上における過重力施設の実現性の確認

このうち人工重力居住施設の成立性については、ルナグラス・マーズグラスの実現性を研究し、構造成立性、建設方法を検討するという。これにより宇宙居住の可能性を広げ、月面や火星といった天体上においても地球と同程度の重力を実現することで人類の分断を防ぎ、恒久的で平和な宇宙進出が期待できるようになるとしている。

ミニコアバイオームの成立性については、宇宙独自の課題と閉鎖環境の中で成立する資源循環などの研究を通じて、地球上の環境問題解決につながる知見を得ることを目的とするとのこと。外部からの資源供給に期待できない、閉鎖環境での生態系の維持に必要な最低条件を追求することにより、今後の宇宙居住や地球環境保全に活かす技術となることが期待されるとした。

そして地球上での荷重力施設の実現性については、概念実証を兼ねて計画する同施設について、回転体独自の課題に挑戦するという。おわん型の活動空間は、未来の月面のような居住空間体験となるとしており、地球上における人工重力施設の実現性が確認されれば、骨粗鬆症抑制やトレーニングなど、健康増進施設としての実用化が可能となるとする。

  • 過重力施設「ジオグラス GeoGlass」

    地球上における過重力施設「ジオグラス GeoGlass」(出所:京大Webサイト)

  • 「ジオグラス GeoGlass」の拡大図

    地球上における過重力施設「ジオグラス GeoGlass」の拡大図(出所:京大Webサイト)

なお、人工重力居住施設の実現には多くの課題があるのはいうまでもない。しかし共同研究チームは、理想形を掲げ目標を設定することで、課題解決に向けたさまざまな分野の交流のきっかけになると考えているという。また、施設内の生態系確立を研究することにより地球環境の重要さを再認識し、地球外宇宙をも包含した持続可能な社会の構築に寄与できると考えているとした。そして今後は、人工重力居住施設の実現に向けて、以下の5点の具体的な条件を確定させ、成立性を検証するとしている。

  1. 建設方法については、現地材料利用、低重力等現地環境利用、遠隔操作現地無人施工を検討する
  2. 月面環境に閉鎖居住空間を構築するための構造的課題として、天体の重力と遠心力、さらに気圧に対する成立性を検証し、建設方法を検討する
  3. 回転を伴う施設であり居住性の確認が必要なことから、医学的見地からの適正遠心力環境(半径、回転数、合力)を検証し、人体に対する影響評価を行う
  4. 太陽活動などによる宇宙放射線の遮蔽検討が行われ、施設材料種別の選定と厚みを検証する
  5. 回転体独自の課題として内部での熱の移動や流体挙動を解明し、回転安定性のためのアクティブ制御などを検討する

また研究チームはこの共同研究を通じて、2022年に人工重力施設と共に提案された惑星間の人工重力移動手段「ヘキサトラック」を含めた月・火星人工重力ネットワークの実現可能性についても検討するとしている。

  • 人工重力ネットワークの概念

    人工重力ネットワークの概念(出所:京大Webサイト)