長野県は、各種業界団体等と連携し、汎用的なデジタル機器などの情報を提供するとともに、各種支援策をまとめたWeb上のプラットフォームを構築し、県内事業者等のデジタル化やDX(デジタルトランスフォーメーション)を支援することによって、県内事業者の省力化や労働生産性の向上を図る「長野県デジタル化一貫支援体制整備事業」を展開している。
長野県が進める「信州ITバレー構想」とは
2019年9月、長野県は「信州ITバレー構想」を策定した。同構想は、「Society5.0」時代にふさわしいIT産業の集積地を目指し、2025年を目途に、IT人材の育成・確保やIT産業の振興に資する施策を中心に、産学官で共有し取り組むべき方向性をまとめたものとなっている。長野県はものづくり産業が非常に強い一方で、IT人材、IT企業が不足しているという。
「県際収支でみると、製造業はプラスですが、情報系やIT企業系の業界はマイナスとなっており、県内に需要があるにもかかわらず、県外から仕入れている状況です」と、長野県 産業労働部 産業立地・IT振興課 課長補佐兼ITバレー推進係長の神頭克実氏は説明する。
そこで、ITバレー構想を推進することにより、製造業に続く第二の柱として、長野県内のIT企業の高付加価値化、人材の不足への対応を図るため、県外からIT人材、IT企業を呼び込む取り組みが行われている。
ITバレー構想においては、製造業に限らず、農業やサービス業など“すべての産業のDX”を目指しており、昨年度からスタートした、概ね2035年の長野県の将来像を展望し、これを実現するための長野県総合5か年計画「しあわせ信州創造プラン3.0」においても、新時代創造プロジェクトとして位置付けられている。
DXが進まない背景の一つとして考えられる「人手不足」
長野県におけるデジタル化、DXの状況について、「ITバレー構想を立ち上げた際のAIやIoTの導入率は9.4%に過ぎませんでした」と話す神頭氏。ITバレー構想を進めていく中、昨年10月にはAIやIoTの導入率は31%まで高まってきているが、ITバレー構想で掲げる目標である50%には至っていない。
「AI、IoTというと少しハードルが高く、ごく限られた企業でしか活用されていないイメージ」であることから、DXについての調査も追加したところ、DXに取り組んでいるという企業は39.1%という結果に。
「いろいろな企業の方に聞くと、やはり人手が足りないという話が多い。それに対しては、デジタルツールの導入や業務内容の変革によって省力化を目指しつつ、受託型から開発型へのシフトを積極的に後押ししています」と、神頭氏は現在の活動について説明する。
さらなるDXの推進、そして“すべての産業のDX”に向けて、今年度よりスタートするプロジェクトが「長野県デジタル化一貫支援体制整備事業」。同事業を開始する背景には「人手不足」があり、「これからどんどん人口が減っていく中で、長野県経済の維持、さらには向上させるためには、何らかの手段が必要」という神頭氏。そして、その手段こそがデジタルであり、DXだという。
3つの活動を実施予定
「長野県デジタル化一貫支援体制整備事業」では、大きく分けて「デジタルツール情報の発信」「幅広い相談への対応」「県内の支援情報の一元化」といった特徴を持っている。
「デジタルツール情報の発信」については、利用者の多いデジタルツールのカタログ(チラシ)化および企業の導入支援、県内企業のデジタル化事例のインタビューと発信を実施。
「幅広い相談への対応」では、相談窓口として、企業のデジタル化・DXに詳しい“専門人材”を配置し、課題把握から支援機関への取次までを一貫支援。
そして「県内の支援情報の一元化」においては、県内支援機関(商工会・産業支援機構など)が実施するデジタル支援情報を、企業目線に立ってわかりやすく整理が行われる。
同事業で制作されるカタログは、汎用的なデジタルツールをわかりやすく掲載するもの。ソフトウェア、ハードウェアをあわせて、今年度は100点程度のデジタルツールが掲載される予定になっている。
デジタルツール情報を発信するポータルサイトをオープン
一方、デジタルツール情報の発信および一元化を行うポータルサイト「長野県デジタル化一貫支援サイト」は12月20日のオープンを予定。それに併せて、専門人材の配置も行われる。「カタログを見て、そこからデジタルツールを選んで導入していただければよいのですが、何を選んだら良いかわからないという企業も少なくありません。また、汎用的なものではなく、技術的、レベル的にも高度なデジタルツールを必要とするケースもあります。そうした場合に備えて、専門人材を配置し、相談窓口を設けて対応していく予定です」と、神頭氏は語る。
さらに、神頭氏は「このポータルサイトでは、長野県の取り組みだけではなく、国のデジタルに関する情報や、商工会議所や商工会、諏訪圏ものづくり推進機構のような県内の支援機関におけるデジタル支援策も掲載していきます」と、今後の展開を明かした。ポータルサイトを見れば、デジタルに関するすべての情報が集約されていることを目指すという。
ポータルサイトには、カタログのほかにも、セミナー情報から人材育成、デジタルに関する立ち位置を知るための診断ツール、補助金の情報などを網羅していく予定。「これまでつぎはぎだらけの情報だったところを、普及啓発のセミナーからデジタルツールの導入、専門人材による助言などもあわせて、一気通貫で支援策を用意していきたい」という神頭氏。事業名に「一貫」という言葉が使用されているのは、こういった想いが込められているからだという。
長野県産業振興機構(NICE)も協力
長野県では、ITバレー構想を実現するために、産学官金の55機関からなる協議会を構成。その事務局を務める長野県産業振興機構(NICE)は、「長野県デジタル化一貫支援体制整備事業」についても協力体制を築いている。
「長野県はものづくりが得意な県ではありますが、今回の事業によって、ものづくり、つまり製造業だけでなく、もっと困っている人たちを裾野広く拾い上げることができます」と話すのは、長野県産業振興機構 新産業創出支援本部 ITバレー推進部 部長の小林一真氏だ。
小林氏は、小売業、飲食業、宿泊業などを例に挙げながら、「長野県はものづくりと同時に観光大国でもあるので、オーバーツーリズム対策にもつながるような、店舗の省力化やクラウドサービスのような汎用的ソリューションの利用などによる支援にもつなげられる」ことにも期待を寄せる。
長野県産業振興機構には、「産業DXコーディネーター」と呼ばれる長野県域をカバーするDXコンサルタントが2名在籍しているが、「この広い県下を2人のコーディネーターでカバーするのはなかなか難しい」と小林氏。IT支援、IT企業支援に対しても専門人材が1名在籍しているものの、「今回の事業を、既存の体制だけでやり切るのは困難」という判断から、各地域の商工会、商工会議所、中央会に属する経営指導員に着目し、「経営指導員は県下で何百人もいらっしゃるので、そういった方の力を借りていく」ことを計画しているそうだ。
「セミナーから診断、技術習得、企業内人材の育成、導入支援までを一気通貫で支援するメニューを用意したい」という神頭氏だが、同時に「ポータルサイトの構築だけでは、なかなか企業のデジタル化は進まないのではないか」との危惧も抱いている。
そこで、「血の通った、生の支援体制を県としてしっかりと整える」ためにも、各地域の経営指導員の活動に期待。「経営指導員の方は、日々、窓口相談や巡回指導を行っていらっしゃるので、相談内容に応じて、適切なデジタルツールを紹介する際に、カタログの活用をお願いしています」と小林氏。
また、「設備投資となると、金融機関が窓口になることが多い」ことから、金融機関への協力も要請。さらに、中央会などの組合組織の力も借りながら、「血の通った体制を構築し、デジタル化を推進していきたい」との意向を明かした。
なお、経営指導員と連携するにあたり、「デジタルに特化した経営指導員は非常に少なく、100人に1人か2人くらい」と小林氏は指摘。その意味では、経営指導員のデジタル教育も同時並行していくべき課題になっている。12月20日のスタートに向けて、商工会議所、商工会、中央会などから経営指導員向けの勉強会をあらためて開催することが求められており、神頭氏は「そういった面では期待も大きいのではないか」との見解を示す。
ポータルサイト構築はNTT東日本とNTT DXパートナーが担当
「長野県デジタル化一貫支援体制整備事業」のポータルサイト構築は、パートナーシップを結ぶ、NTT東日本およびNTT DXパートナーが担当する。同事業を展開するにあたり、「長野県下において、地域の商工団体、支援団体、経済団体、金融機関などとリレーションを持ち、地域の活動にも参加していて、なおかつITコンサル、DXコンサルのスキルがある企業」の協力が必須だったと小林氏は話す。
プロポーザルの結果、地域DXコンサルとしての実績、長野県での実績などを踏まえて、「一番真摯に地域に寄り添った支援をしてくださっているNTT東日本さんに協力していただくことになりました」と、小林氏はNTT東日本が協力することになった経緯を明かす。
NTT東日本 長野支店では、長野県内の自治体や企業に対して、ICTソリューションやDXソリューションを提案・構築し、DXを進めてきたという。NTT東日本 長野支店 ビジネスイノベーション部 地域基盤ビジネスグループ グループ長の橋詰将慎氏は、DXの取り組みを進める中で、「DXのニーズがどんどん広がっていく中で、どのようなお客様であっても、幅広く支援できるような体制の構築が必要だと痛感しました」と話す。
「何から始めてよいのかわからない、課題解決のためにどんな商材があるか知りたい、商材の導入にあたって誰かに相談したいなど、さまざまな悩みや相談がある中、それを一貫して支援するというのが今回の事業。まさにわれわれが課題として捉えていることと合致しているので、仕組みづくりにおいて大きく貢献できるのでは」との想いから、同事業への参画を決意したという。
ポータルサイトではデジタル化についてわかりやすく伝える
役割分担としては、ポータルサイトの構築のための情報収集や現場対応をNTT東日本、ポータルサイトの設計、要件定義など構築自体はNTT DXパートナーが担当。「NTT東日本は、商工会様をはじめ、各企業様ともリレーションがあるので、現場に行って話を聞いて課題を汲み取り、それを専門員に連携するといった役割を主に担当している」と橋詰氏は話す。
一方、「デジタル化は難しいという空気を打破していくのがNTT東日本グループとしてのテーマ」というNTT DXパートナー まちづくり事業部 ビジネスプロデューサーの山崎賢氏は、ポータルサイトの構築にあたり、「いかにわかりやすく、シンプルにまとめて、伝えていくかに重点を置いている」と、その設計ポリシーを説明する。
さらに、「カタログも重要ですが、すでにデジタルツールを使っていらっしゃる方の声も重要」という山崎氏。そこで、カタログとひもづけた導入事例をポータルサイトに掲載することによって、「同じような課題を持った人の解決だけでなく、同じ悩みを持っている人がいることを知ることが、心の障壁の打破にもつながるのではないか」と期待を寄せる。
「飲食業や宿泊業など、できるだけ幅広い業種を取り上げて、どんなツールを導入したか、どんなソリューションを入れたか、どんな効果があったかをわかりやすくまとめていきたいです。その意味では、今回のポータルサイトは、カタログと導入事例がコンテンツの柱になります」と橋詰氏は補足する。さらに、ポータルサイトの開設にあわせてセミナーを開催していくことによって、情報の周知を図り、ポータルサイトの利用者を増やしていく計画になっているという。
その一方で、「デジタルツールの導入だけでは省力化で止まってしまう」との懸念から、「より自分たちの付加価値、製品の付加価値を高めることにも取り組んでいきたい」との意欲を見せる神頭氏。そのため、来年度からは、ポータルサイトの周知に加えて、国のDX認定制度などの内容も盛り込みつつ、「デジタル化から一歩進めて、DXもあわせたセミナーも来年度からは実施していきたい」との意向を明かした。
“長野モデル”を確立して他県も学べるように
「長野県デジタル化一貫支援体制整備事業」は、長野県の総合5か年計画において、2027年までにDXに取り組んでいる企業の割合を65%まで高めるというKPIが設定されている。
「現在の39.1%から65%まで引き上げるために、まずはデジタル化から始めて、DXにつなげていきたい」と神頭氏は話す。そして、企業が抱えている、情報不足、資金不足、人材不足といった課題をしっかりと分析し、デジタル化、DXに関する情報はもちろん、国が行っている補助金などについてもしっかりとポータルサイトの中で示していくことによって、情報不足、資金不足に対する解決策を提案していくという。
さらに「人材についても、企業内人材の育成、DX人材の育成といった事業を立ち上げ、それについても発信していく」ことを目指すという。そして、その上で、「これからの3年で65%という数字を達成できるよう、着実に取り組んでいきたい」と、神頭氏は意欲を示した。
また、ポータルサイト自体も、「あらゆる人が見やすくなるように、バージョンアップを重ねていく必要がある」という橋詰氏。そのためには、「われわれが他の県で取り組んでいる実績、実例も踏まえながら、どのようなバージョンアップが効果的かを考えていきたい」とし、さらに「長野県は広いので、エリアをどのように広げていくかも課題。それを2年目以降の取り組みとしたい」と、同氏は続けた。
一方、デジタル化、DXに関する課題は、「長野県だけでなく、他の都道府県でも同じ」と指摘する山崎氏。それゆえに、一足先に取り組みを始めた長野県に魅力を感じるとし、「この一貫支援事業を、いわゆる“長野モデル”として確立し、他の都道府県の方が長野県に学びに来るといった形に整えることができれば」との展望を明かした。
「最終的な目標はDX65%以上ですが、県が支援を続けるのではなく、各地域の支援機関の皆さま自身で実現できるようになるのが重要です」と話す小林氏。そのためにも、専門家の力を借りながら、ノウハウを蓄積し、「この3年間に集中して取り組みたい」という。