生まれつき心臓の心室が1つしかない「小児単心室症」の手術で、心臓の組織を培養して得た幹細胞を移植すると外科手術後の経過が良くなることを、岡山大学などのグループが8年にわたる追跡調査で明らかにした。再生医療で懸念される細胞のがん化はないという。複数回行う単心室症の手術と併用することで、重症度が高く心臓移植を選択せざるを得なくなった小児心不全患者の待機期間中の延命も期待できる。
心臓には右心室と左心室があり、全身に酸素と栄養を届けて戻ってきた静脈血を右心室から肺に送り、肺から戻ってきた酸素たっぷりの動脈血を左心室から全身に送り出すという役割分担をしている。小児単心室症は、生まれつき心臓から血液を送り出す心室が1つしかない疾患で、1万人に1人の頻度で起きる。
単心室のために、血液の酸素飽和度が低かったり、全身に血液を送り出すポンプ機能が弱かったりする。生後直後から心臓手術をするなどして治療するが、心不全死や心臓移植を回避できるのは手術後6年間で60%程度にとどまる。
米国留学中の2003年に心臓に幹細胞があることを論文発表した岡山大学病院新医療研究開発センター再生医療部の王英正教授(循環器内科学)は、心筋梗塞患者への幹細胞移植治療の研究を経て、09年から単心室症の子どもへの移植治療に取り組んでいる。
単心室症では、血流を変える心臓の外科手術を複数回行う。岡山大学病院など8施設で2011年~15年に手術を行った93人のうち、40人では心臓から取り出しておいた組織から幹細胞を培養し、外科手術後に冠動脈に注入する移植手術を行った。その後、手術前の状況は40人と比べて顕著な差がない、移植手術を受けなかった53人とともに、手術後の生存とともに術後の心不全の発生、肺炎などの合併症の有無など経過を追った。
手術後に起きた心不全を数えたところ、手術単独では心不全を回避できたのは約6割にとどまったが、移植を併用すると約8割が回避できた。手術後に気管支や腸などで起きる合併症についても、手術単独では約5割にのぼったが、移植併用では約3割だった。
各患者について追跡期間中の生存率は、移植併用で約87%、手術単独で約81%だった。生存時間データの評価指標として「境界内平均生存時間(RMST)」を利用し、移植と生存率の統計的な関係を確認すると、手術後4年間は移植を併用すると生存率が高くなる効果があることが分かった。
移植を併用すると、心不全スコアの改善や体重増加、正しい方向に血液が流れない弁逆流が起きる頻度が減ったことも確認できた。
単心室症の小児は手術後に退院しても、激しい運動などは制限されるうえ、心不全や合併症を起こす心配は免れない。手術を繰り返しても心臓のポンプ機能が治りきらず、最終的には心臓移植による治療を選択せざるを得ないこともある。しかし、心臓移植を希望しても、待機期間は長い。
王教授は「幹細胞移植を約4年ごとに行うことで、延命効果が期待できるらしいことが分かった。自分の組織を培養で細胞を増やして保存しておき、1泊2日の入院ですむ治療法。再生医療で心配されるがん化も起きておらず、臨床応用にむけて治験に弾みがつく結果だ」と話している。
現在、幹細胞移植の治験は、慶応大学発ベンチャーのメトセラ(川崎市)が担っており、日本医療研究開発機構(AMED)は、2022年度の医療研究開発革新基盤創成事業において、メトセラの「心臓内幹細胞を用いた小児先天性心疾患患者に対する治療法の開発」を採択している。
研究成果は11月11日、米心臓病学会誌「ジャーナル オブ ジ アメリカン ハート アソシエーション」の電子版に掲載された。
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