【政界】SNSが不気味な影響力を持つ中 日本再生への覚悟が問われる第2次石破内閣

衆院選での自公大敗後に召集された特別国会で第2次石破内閣が発足したが、少数与党での出発となった。少数与党が年末の税制改正と新年度予算編成を担うのは、「55年体制」が確立してから70年間の間に「誰も経験していない」というのが日本政治史の泰斗・御厨貴の指摘だ。政策決定過程において野党に政権が平身低頭する姿が、当面の政治の風景となる。一方で、台頭するSNSが不気味な影響力を発揮しうることが兵庫県知事選であらわになり、政策・政局の見通しは不透明さを増すばかりだ。

意欲を示していた経済対策

 11月22日夕の首相官邸。首相の石破茂が記者団の前に姿を現した時、10月1日の就任以来の厳しい表情から、わずかに力が抜けた印象を感じさせた。政権としての「一定の成果」をようやく出せたという自負があったのだろう。

 石破は記者団の前で表情を引き締め、この日の臨時閣議で決定した総合経済対策の意義を弁じた後、こう語った。「今回、党派を超えて丁寧に協議した結果、国民民主党と合意をしました。できる限り早期に国民の皆様に施策を届けるために重要な合意だと考えております」

 物価高対策や成長戦略などを盛り込んだ経済対策の事業規模は39兆円。裏付けとなる2024年度補正予算案は一般会計で13兆9000億円を計上する大型対策となった。

 この対策は、石破が衆院選期間中から策定に意欲を示していたものだ。自公両党が過半数を握っていれば、石破が南米でのAPECとG20に向けて羽田を飛び立つ11月14日に決定されていたはずだった。それが22日まで延びたのは、ひとえに石破政権が少数与党政権に転落したせいだ。

 10月27日の衆院選の結果、自民党は191議席、公明党は24議席の計215議席の大敗を喫し、与党は過半数(233)を18議席割り込んだ。その後、自民系無所属6人を会派入りさせて基礎勢力を221としたが、なお過半数には届かない。

「権力の肝」とも言える予算編成や税制改正に野党の手を借りないと成立させられない状況が確定した。焦点があたったのが国民民主党だ。「手取りを増やす」のキャッチコピーで現役世代の支持を集め、改選前の7議席を今次衆院選で28議席と4倍に躍進してキャスティングボートを握った。

 18年の結党時から「対決より解決」を掲げてきた国民民主党。自公との連立を否定はしたが、「公約の実現を迫る」姿勢を強調した。代表の玉木雄一郎は、衆院選の開票作業が進行中の10月28日未明の記者会見で、こう断言した。

「新しい政策決定のルールが必要だ。今までのように、自民党と公明党の部会を通せば、国会でほとんど議論がなく賛成するだけみたいな法案の通し方が、これからできなくなる。我々の意見もしっかり聞かないと、法案一つ、予算一つ通らなくなる」

 経済対策の決定が遅れた理由は、この発言にある。国民民主が「年収103万円の壁」打破をはじめとした公約の実現を、自公に求める政策協議が長引いたためだ。

 3党の合意後、国民政調会長の浜口誠は、満面の笑みで記者団の取材に答えた。「経済対策の1ページ目に『手取りが増え、豊かさが実感できるよう』というワードを盛り込めた。私たちの政策がしっかり反映できている1つの象徴と受け止めています」

自公国合意「文言」に注目

 だがこの日、永田町関係者が注目したのは対策の中身よりも、3党政調会長が署名した合意書の文言だった。

「3党は経済対策を速やかに実行すべく、裏付けとなる補正予算について、年内の早期成立を期す」 「経済対策には税制改正や当初予算等に関わる事項も数多く盛り込まれ、継続的な取り組みが不可欠。こうした認識のもと、3党は今後とも政策本位の協議を続け、合意事項の実現に向け誠意をもって行動する」

 玄人が読み解くとこうなる。「国民民主は、まだ国会に提出されてもいない、閣議決定されてもいない補正に賛成せざるを得なくなった。さらに公約実現のために、来年度当初予算案を巡る協議に『誠意』をもって取り組まざるを得なくなった」

 立憲民主党の中堅議員も合意の文言を聞き、「こうやって(国民民主が与党に)取り込まれていくんだなあ」と冷笑した。

 確かにこの合意には、所得税がかかり始めるラインを103万円から、国民民主党が主張する「178万円」の間のどこまで引き上げるのかや、ガソリン減税をどのように実現するか、具体的に書き込まれていない。

 その協議は3党の「税調」間で行われる。税制調査会は自民、公明とも重鎮議員が差配する組織だ。1980年代に自民税調会長を務めた山中貞則が、意見の対立する政府税調について「軽視ではなく無視している」と言い放ったことでも知られる。

 現在の自民税調会長は宮澤洋一。伯父は元首相の宮澤喜一だ。伯父にならって大蔵省(現財務省)に入省し、首相となった伯父の政務秘書官を務めた後に政界入りした。大蔵省入省は74年。対する国民民主党税調会長の古川元久も大蔵省出身だが、入省は88年。宮澤の在籍が19年間なのに対し、古川は6年。いずれも宮澤がはるかに格上だ。

 自民党関係者はこう明かす。「政調の3党協議はわりと和気あいあいとした雰囲気だったけど、税調は違うと思う。古川さんも『税調の協議は気が重い』と漏らしていた」。自民幹部も「政調は譲りすぎと怒られたが、これからは宮澤さんが厳しくやってくれる。古川さんにとって一番やりにくい相手だろう」との見立てだ。

 とはいえ、国民民主にも自民の思惑は見えている。20日に合意の報告を受けた直後、玉木はX(旧ツイッター)にこう書き込んだ。「ついに『壁』が動きました。皆さんの1票が30年動かなかった壁を動かしました。でもまだ数センチ。勝負はこれから。後押しお願いします」。別の国民民主幹部は「自民税調は難敵だが、我々の言うことを聞かないと物事が進まない」と語る。世論とキャスティングボートを支えに譲歩を勝ち取る思惑だ。

 冒頭の首相官邸の場面に戻ろう。首相の石破は3党合意を受けての国会審議にどう臨むかを問われてこう答えた。「本当に丁寧に質疑にお答えしながら、多くのご理解を得て早期成立を目指したい」。野党の理解を得なければ予算も税制も成立させられない。平身低頭せざるを得ないのが少数与党政権の現実だ。

 その石破を巡る内外情勢は四面楚歌だ。報道各社の世論調査による就任時の内閣支持率は4割台で期待外れとされ、衆院選大敗後は3割台に落ち込む調査もある。米大統領選ではドナルド・トランプの勝利が確定。

 政敵であった安倍晋三と親しかったトランプの再登板を受け、自民党内では「安倍さんのような蜜月関係は築けない。日米関係はどうなるのか」との不安が絶えない。

 拍車をかけたのが南米での2つの首脳会議での石破の振る舞いだ。近寄ってくる他国首脳と座ったまま握手をする。休憩中に自ら挨拶に歩き回らず、スマホをいじる。ホスト国の歓迎式典で腕組みをする。各国首脳との集合写真の撮影には事故渋滞で間に合わない。石破周辺は「非礼には当たらない」と擁護に必死だが、SNSでは批判が渦巻いた。

立ち尽くす立民と維新

 こうした激動の中、存在感が薄いのが立憲民主党と日本維新の会だ。議席数で言えば立憲民主は148議席と1・5倍に増やし、維新も減らしたとは言え38議席を持つ。国民民主と合わせれば214議席となり、自公の215議席に匹敵する。

 まず、維新は機能不全の状態だ。衆院選後に代表の馬場伸幸の責任を問う声が噴出し、12月1日に後任を選ぶ代表選を行う。代表任期を「衆院選、参院選、統一地方選の90日後まで」とする独特の規定によるものだ。

 選挙に勝った代表の続投を容易にする底意があり、橋下徹や松井一郎といった「創業者」を想定している。この規定では、敗戦後の新執行部選出に時間がかかる。代表が決まらぬまま、各党協議の実務を担う執行部もレームダックとなってしまった。

 立憲民主代表の野田佳彦も9月23日の代表選出後の動きが鈍かった。その4日後に勝者が決まる自民党総裁選で誰が勝つのであれ、早期の衆院解散は必至だった。しかし衆院小選挙区での野党一本化を積極的に呼びかけず無為に過ごし、多くの選挙区で野党候補が競合したまま衆院選に突入した。選挙前の信頼醸成を怠った結果、野党が合従連衡して自公を下野させる流れを作れなかった。

 野党内の主導権を奪われた立憲民主は、国民民主の失速を待つ構えを取っている。 「(織田信長はいずれ)高転びに、あおのけに転ばれ候ずると見え申候」  戦国時代の毛利家の外交を担った僧・安国寺恵瓊の信長評だ。

 立憲民主が「高転び」を期待する題材は2つだ。1つは玉木の女性問題。特別国会召集日に不倫報道があったが、即時辞任は避けられた。ただ、3カ月の役職停止処分に。さらに相手の女性の告発記者会見や新事実があったら改めて進退が問われる。

 2つ目は「企業・団体献金の禁止」だ。消極的なのは自民と国民民主だけ。立憲幹部は「予算はよくても政治改革で自民についたら、せっかく103万の壁で稼いだものを全部失う」と指摘する。

 もう1つ、不気味な「高転び」の要因がSNSだ。11月18日の兵庫県知事選で、県議会が全会一致で不信任とした斎藤元彦が返り咲いたことは世間に大きな衝撃を与えた。このうねりが国民民主も直撃している。

最大の伏兵はSNS?

 国民民主の支持層は「減税原理主義派」に変質しつつある。玉木の女性問題でもSNSでは「減税してくれるなら不倫なんてどうでもいい」「財務省の陰謀だ」などの書き込みが飛び交った。

 それが加速したのが11月24日の名古屋市長選だ。国民民主の代表代行を辞して立候補した大塚耕平に対し、SNSで「増税派」「移民受け入れ派」といった誤ったレッテルが貼られ、誹謗中傷が殺到した。玉木らが「そうではない」と打ち消しても減らない。むしろ、「応援する相手を間違っている」と返信される始末だ。立憲民主の論客・米山隆一(元新潟県知事)はXにこう書き込んだ。 「自らが煽った減税ポピュリズムに、自らの候補が敗北するのは皮肉」

 年末の税制改正と新年度予算編成、年明けからの通常国会、年度末の予算成立を巡る攻防、そして来夏の参院選。その間に米国ではトランプ政権が発足し、米新政権の方針はガザ、ウクライナ、台湾情勢に大きな影響を与える。そこに巨大な影響力を持つことが急激にあらわになったSNSが絡む。

 多方面への注目が必要となった「政治の季節」は始まったばかり。石破が自らの覚悟を示せるかが問われる。(敬称略)

【政界】緊張感が高まる国際情勢の中 自公過半数割れで窮地の石破政権