名古屋工業大学(名工大)は12月16日、高真空中での月面模擬砂の化学構造およびマイクロ波応答性変化などから推定した諸現象を基に、月面模擬砂のみを用いた高強度建材を製造するための「マイクロ波真空加熱」技術を開発し、これまでの課題だった熱暴走を抑制することで世界最高レベルの圧縮強度を達成したことを発表した。
同成果は、名工大 生命・応用化学類/先進セラミックス研究センターの白井孝准教授と同・加藤邦彦特任助教の研究グループによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
現在、2040年ごろには月面に最大で1000人規模の有人活動拠点の建設が計画されている。月面でそのような施設を建設するには、コストの面から、月の表面を全面的に覆っている微粒子である「レゴリス」など、月面にある資源のみを活用した建材製造技術が求められている。
これまでに提案されている建材製造技術は、化学反応で固化させる手法や圧縮して押し固める手法、加熱して焼き固める・溶かす手法がある。中でも加熱を用いる手法は、材料をレゴリスとし最高レベルの機械的強度が得られる点が評価されている。ただし高真空下では、熱対流や熱伝導を利用する従来の電気炉加熱は非効率的とされていることから、研究チームは今回、マイクロ波加熱技術に着目したという。
レゴリスを材料とした場合に、月面でのマイクロ波加熱技術の課題となるのは、熱暴走だ。同手法を用いると、レゴリスを構成するケイ酸塩化合物の加熱溶融および冷却固化により緻密なガラス構造が形成されるが、熱暴走を起こして温度制御が困難になると、化合物自身の熱分解が顕著になる。さらに熱分解によるガス発生に伴い、冷え固まる過程で多孔質構造が形成されてしまう。この現象は特に真空中で観測され、成形時の形状を維持できないだけでなく、機械的強度を著しく低下させる致命的要因となるため、こうした温度制御の難しさから、マイクロ波加熱での建材製造は限界があるとされてきた。
そこで今回の研究では、レゴリスを摸擬した月面模擬砂を用いて、高真空中におけるマイクロ波加熱挙動や微細構造・化学構造を詳細に調査することで、加熱中に引き起こされる諸現象を紐解き、課題の克服を目指したとする。
大気条件では加熱処理後も非常に脆いが、高真空条件では同じ処理温度であっても緻密質な構造体が得られたとする。しかし加熱処理温度がわずか50℃高いだけでも、状態が劇的に変化することが判明。熱暴走により、試験体内部には無数の気孔(数百マイクロメートルオーダー)が確認されたとした。なお加熱中の真空度をモニタリングした結果、1000℃以上で急激な真空度の低下が確認された。これは、ケイ酸塩化合物の熱分解によるガス生成が顕著になることに起因するものであ、生成ガスにはケイ素やナトリウムなどに加え、微量ながら鉄も含まれていたという。
次に、マイクロ波吸収特性についての詳細な調査が行われた。すると、真空加熱で作製された焼成溶融物は、大気加熱条件に比べ2倍近く高い吸収性を示したとする。また、この吸収特性には強い温度依存性があり、高温になるほど増加する傾向だったとしている。
さらに、マイクロ波の電場成分・磁場成分いずれに対しても高い応答性を示し、わずか90秒で800℃以上に到達したとのこと(マイクロ波電場印加時)。構造解析の結果、真空加熱時の黒色化はマイクロ波吸収性が高い「マグネタイト」(Fe3O4)の形成に由来することがわかった。真空加熱中での酸化鉄の化学構造変化が、マイクロ波吸収性向上に大きく寄与すると同時に、選択的マイクロ波応答による局所加熱・熱暴走を引き起こす要因となり得ることが示唆されたとし、これは生成ガス中に鉄元素が含まれていたこととも一致するとした。
その後研究チームは今回得られた情報を基に、マイクロ波加熱製造技術の限界を克服するための加熱制御法「多段階加熱制御」を考案。それにより、3次元ガラスネットワークの形成促進と熱暴走・形状変化抑制の両立が達成されたとした。その結果、強力な静水圧冷間プレスなどの特殊な前処理なしで、世界トップクラスの機械的性能である圧縮強度(~65MPa)を持つ建材の真空加熱製造に成功したのである。
研究チームは現在、居住施設防護層や月離着陸機の離発着場・運搬路の舗装材の大量製造技術を研究開発中だ。また、レゴリスの鉱物組成は採掘場所によって大きく異なることから、今回の技術の実用可能性を検証するため、さまざまな鉱物組成を持つ月面模擬砂のマイクロ波加熱挙動や力学特性に及ぼす影響調査を網羅的に実施しているとする。さらに今後は、微小重力下での加熱溶融・ガス生成挙動が建材の微細構造や力学特性に及ぼす影響についても詳しく調査していく予定としている。