名古屋大学(名大)と高輝度光科学研究センター(JASRI)の両者は12月11日、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が実施する「燃料電池等利用の飛躍的拡大に向けた共通課題解決型産学官連携研究開発事業」において、100℃以上の高温かつ低湿度環境でも良好な伝導率を示す、次世代燃料電池向けの電解質材料の新しい設計コンセプトを開発したことを共同で発表した。
同成果は、名大大学院 工学研究科の野呂篤史講師(名大 未来社会創造機構 マテリアルイノベーション研究所/名大 脱炭素社会創造センター兼務)らの研究チームによるもの。また、開発膜の測定・評価解析には、大型放射光施設SPring-8が利用された。詳細は、米国化学会が刊行する高分子材料に関する全般を扱う学術誌「ACSAppliedPolymerMaterials」に掲載された。
燃料電池は、水素と酸素による電気化学反応を用いた、反応生成物が水のみというクリーンな発電システムだ。高分子電解質膜を組み込んだ固体高分子形燃料電池は、すでに燃料電池車(FCV)や家庭用コージェネレーションシステム(エネファーム)などで市販化されており、今後は重機やトラックなどの大型車への導入も進められている。
電解質膜としては、「パーフルオロスルホン酸(PFSA)ポリマー」製の膜が広く知られ、70~90℃の高湿度環境で高い伝導率を示し、水にも溶解しない特性を持つ。しかし、PFSAポリマーはパーフルオロアルキル化合物でもあり、分解されにくく、環境に長期間残留して生物蓄積することで、さまざまな健康問題を引き起こす恐れがあるため、現在は米国や欧州、日本などでの規制が進められている。
そこでフッ素を含まない炭化水素ベースのポリマー膜の開発が進められており、たとえば、強酸性を示す官能基である「スルホン酸基」(-SO3H)を有する「スルホン化ポリスチレン」などがある。しかし、これらも100℃以上かつ低湿度下では水分がほとんど存在しないため、スルホン酸基およびポリマーが分解しやすく、伝導率も非常に低くなってしまう。
100℃以上の高温・低湿度下でも分解しにくく、良好な伝導率を示す電解質膜として、リン酸をドープしたスーパーエンジニアリングプラスチックの一種である「ポリベンズイミダゾール膜」があり、無加湿下、190℃で良好な伝導率が確認されている。しかしポリマーとリン酸とが化学結合されていないため、燃料電池反応で生じる水との接触によりリン酸が溶出してしまうことが課題だ。
そうした溶出を防止するには、リン酸のような電解質をポリマーに直接化学結合させる必要がある。100℃以上の高温・低湿度下でも高い化学的安定性を示すポリマーとしては、中程度の酸性を示す官能基の「ホスホン酸基」を持つ「ポリスチレンホスホン酸」などが候補として挙げられるが、スルホン酸基を持つポリマーと同様に低湿度下では陽子の移動が制約され、伝導率が低くなるという。またホスホン酸基の高い親水性のために、水が十分に存在する高湿度環境ではポリマーが完全に溶解してしまうため、膜としての使用には問題があった。
そこで研究チームは今回、水に対する不溶性に加え、100℃以上の高温かつ低湿度環境でも優れた化学安定性および良好な伝導率を実現するため、ホスホン酸基間での陽子移動を容易とする設計を採用したとする。
今回の研究では、ポリマー主鎖とホスホン酸基の間に疎水性のスペーサー(化学的な活性を有さない官能基)が設けられ、高温・強酸性の条件下で分解することがないよう、強酸と反応する「エーテル結合」や加水分解する「エステル結合」を排除する設計を採用して膜の開発が行われた。
開発された膜は、疎水性スペーサーを有さないホスホン酸ポリマーの膜(A膜)や市販の架橋スルホン化ポリスチレン膜(B膜)と比較して、温水に浸漬した際の不溶性が高く、120℃・20%RH(RHは相対湿度を表す単位)条件下での伝導率は1.1mS/cmを示し、A膜の0.027mS/cmやB膜の0.26mS/cmより、それぞれ40倍・4倍高い値を示したという。
疎水性スペーサーを組み込む今回の設計コンセプトにより、100℃超の温度、低湿度環境でもホスホン基の移動の自由度を大きくし、ホスホン酸基間での陽子移動がスムーズに生じて良好な伝導性が示されたことが考えられるとした。
NEDOの燃料電池・水素技術開発ロードマップにおいて、2035年ごろの燃料電池の運転条件は、現在よりもはるかに厳しい条件(120℃の高温および30%RHの低湿度)が定められている。今回発表された電解質膜の新たな設計コンセプトは、脱炭素に資する次世代燃料電池の開発に大きく寄与するものであり、引き続き研究を進めていくとしている。