コレステロール値を下げる薬のスタチンと組織の再生や修復に用いるナノサイズの構造体を一緒に使うと、視神経を再生・保護する能力が増すことを、米ピッツバーグ大学のグループがマウスの実験で明らかにした。ヒトをはじめとした哺乳類では自然には起きないとされていた視神経の回復につながることを示す成果。将来的には外傷や緑内障などによる失明を防ぐ治療に期待できるという。
目で捉えた光の情報は、網膜の神経節細胞から伸びた軸索が集まった視神経を通じて脳に送られる。目に外傷をうけたり緑内障を患ったりすると、神経節細胞の死滅や視神経の損傷が進み、失明に至る。神経細胞は自然に再生しないとされるが、ピッツバーグ大学医学部の桑島孝明助教(神経生物学)らは、2016年に5万個の薬を調べ、スタチンが神経節細胞の軸索再生を起こすことを発見し、マウスで実証した。
しかし、スタチンには軸索を伸ばす再生能はあるものの、脳に届く長さまでには至らなかった。また、傷ついた細胞が死滅するのを防ぐ保護能は乏しかった。保護能と再生能の両方を向上する方策を探していたところ、組織再生や修復で働くナノ構造体「マトリックス結合ナノベシクル(MBV)」が神経節細胞の細胞死を防ぐことを、ピッツバーグ大の同僚が発見した。
この6月に亡くなった遠藤章博士らが発見したスタチンには9種類の仲間がある。桑島助教はこのうち、臨床で治療薬として出回っている中では最も神経節細胞の再生能が高いフルバスタチンとMBVを組み合わせて用いれば、再生能も保護能も得られるのではないかと考えた。
フルバスタチンとMBVの併用の効果を調べるため、鉗子で5秒間圧迫して視神経を損傷したマウスを使い、網膜内に2剤を注射して視神経の再生や生存を確認した。視神経の再生について軸索の伸びを測ると、スタチン単独だと約0.8ミリ、MBV単独だと約0.4ミリだが、併用すると約1.2ミリまで伸びた。
視神経の生存を調べると、スタチンもしくはMBV単独では神経節細胞を保護するのは網膜の一部の領域となるが、併用だと全ての領域で細胞を保護していた。
再生能と保護能で、なぜ単独より併用のほうが相乗的な効果があるのか、遺伝子発現から確認した。発現が2倍以上変化した遺伝子の数は、スタチン単独217、MBV単独404に対し、併用は192と少ないが、それぞれの変化量上位10遺伝子をみると、併用した場合は10個全てが免疫反応に関わる遺伝子だった(スタチン単独は0遺伝子、MBV単独は2遺伝子)。
併用した場合には免疫反応に関わる好中球や単球が網膜内で増えることが確認でき、「フルバスタチンやMBV単独では活性化されない免疫系の働きによって、より高い再生能と保護能が生じると考えられる」と桑島助教は話す。
マウスではフルバスタチンとMBVの併用で保護能と再生能が高まると分かったが、ヒトでの安全性を確認するためには、ヒトに近いサルなどの動物実験が今後必要になる。2剤はヒトでの臨床で使われる薬や材料であることから、安全性への期待は高く、桑島助教らは数年以内にサルでの実験を目指している。
研究成果は、「npjリジェネレイティブ メディシン」電子版に10月26日付けで掲載された。
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