インフレ、社会不安を引き起こす要因に?
「何を仕掛けてくるかわからない」─。ドナルド・トランプ氏が次期米大統領に就任することが決まったことを受け、各国の政治指導者、そして経済リーダー達も一斉に身構える。冷戦終結(1989年)から35年、世界は今、対立・分断の真っ只中にある。
GDP(国内総生産)で世界一の経済大国とはいえ、今の米国には余裕がない。対立・分断は民主主義の本家とされた米国でもはっきりと表れ、敵と味方をはっきりさせるトランプ氏の下で、さらにそれが進むことが懸念される。
「MAGA(Make America Great Again=米国を今一度偉大な国に!)」のスローガンの下、関税引き上げを公然と口にするトランプ氏。関税を最低10ないし20%、最高では100%も厭わないとする〝身勝手〟な行動は世界経済を萎縮させ、激しい物価上昇を伴うインフレを起こす。
ラストベルト(錆びた工業地帯)の激戦7州で勝利を収めたトランプ氏は失業問題や賃金問題などで格差を生んだ米国社会の不満を吸収して当選した。その不満を持つ米国の大衆にトランプ氏の政策はプラスとなるのか、あるいはそうでないのか。「結局はインフレ要因となり、社会不安を巻き起こす結果にもなりかねない」との指摘もある。トランプ氏二期目も正念場だ。
これは外交・安全保障でも言えること。ウクライナ支援に否定的で、場合によってはNATO(北大西洋条約機構)脱退をほのめかし、自由主義・民主主義陣営の結束を乱しかねない。
一方で、「1日でウクライナ戦争を停戦させる」というトランプ氏に期待する声もあるのも事実。今のところ功罪相半ばしている状況だが、世界中に不安心理が広がる中、トランプ氏の一挙手一投足で世界経済が混乱する可能性が大いにある。
日本はどう対応するか?
こういう混沌の中で経済人の使命と役割は非常に重い。
政治は「失われた30年」からの脱皮を図るべく、経済再生の具体的政策にとりかかる必要がある。人口減で人手不足となり、DX(デジタルトランスフォーメーション)やAI(人工知能)の活用を含めて、どう再生を図るか。
これは言うは易く行うは難しである。賃金引き上げ1つとっても、大企業は2年連続の賃上げを図ってきたが、全企業(約370万社)の99%を占める中小企業の大半は賃上げできないままでいる。
賃上げも、生産性の向上なくして行えない。闇雲に引き上げればインフレを招くだけだ。経営面に苦境にある企業は賃上げできないという現状である。
日頃、全国の中小企業経営者と対話する日本商工会議所会頭・小林健氏は、「日本の中小企業には技術やノウハウで潜在力を持つ所が多い」と叱咤激励する。
要は、生産性をどう上げていくかという課題である。
「経済人のためにというスタンスではなく、日本のためにということで日本再生策を考えていくとき」と語るのは、日本生産性本部会長・茂木友三郎氏(キッコーマン取締役会議長)。
茂木氏は日本再生を図る『令和臨調』共同代表の1人。産業界、学界、言論界、学生など若者も巻き込んで政治改革、財政・社会保障問題、そして国土構想・地方分権の3つのテーマで本質的な問題を議論。
政治の責任は重いが、ただ「政治が悪い」と言っているだけでは前に進まない。
そういう状況下、経済人の役割とは何か? 「生産性を上げることは、付加価値を高めるということ」として茂木氏が語る。
「戦後の三種の神器(テレビ、冷蔵庫、洗濯機)や3C(カー、クーラー、カラーテレビ)は高度成長を支えたもの。要するに需要の創造なんですね」として、需要を創り出す気概が必要と茂木氏は訴える。
日本には本来、潜在成長力があるのだが、それを十二分に引き出せていない。自分単独での成長が難しいとなれば、自分の持ち味を生かす手立てとして他社との連携や商品開発ということも選択肢として考えられる。
〝失われた30年〟の中で成長した企業はいくらもある。例えば、『ユニクロ』のファーストリテイリング。デフレ時代に東レと組んで、〝薄くて温かい〟ヒートテックという素材を生み出した。老若男女を問わず、ヒートテック商品は売れに売れ、ユニクロを世界のカジュアルウェアブランドに育てる要因となった。
要は「需要を創り出す」という経営者の決断であり、志である。それは同じ小売業でも〝つくる〟(製造)機能を取り入れ、IT機能を取り入れ、新しいビジネスモデルとして成長したニトリホールディングスにも言える。『ユニクロ』の柳井正氏にしろ、『ニトリ』の似鳥昭雄氏にしろ、消費者のため、あるいは社会のためにという発想の豊かな経営者である。
中国とどう向き合うか?
米中対立の狭間で、日本の役割は重くなっている。日米同盟を基軸にしながらも、中国とは隣国であり、3000年の交流の歴史がある。その中国はロシア、北朝鮮などの専制主義国家と連携しながら、BRICs(ブラジル・ロシア・インド・南アフリカ)という共同体を運営。
インドやブラジル、さらにはトルコなども米中両国との適度な関係維持を図ろうとする。こうした動きの中で「日本はもっとリーダーシップを発揮して欲しい」という声も上がる。
元々、神道や仏教から来る共生の思想を持つ日本も、それこそしたたかに、かつ柔軟に外交・セキュリティ政策、同時に経済再生を図る必要がある。
いずれにせよ、自分の国は自分で守り、しっかり生き抜く『自助』の精神が必要である。