宇宙航空研究開発機構(JAXA)は12月5日、イプシロンSロケット第2段モーターの再地上燃焼試験で発生した爆発事故について、記者説明会を開催。原因の調査状況について報告した。試験を行った11月26日からはまだ日も浅く、新しく分かったことはあまりないものの、試験の撮影画像などが公開され、爆発直前の様子が見えてきた。

  • JAXAの井元隆行・イプシロンロケットプロジェクトマネージャ(左)と、岡田匡史理事/宇宙輸送技術部門長(右)

爆発原因調査で、新たに分かったこと

イプシロンSは、現在開発中の小型固体ロケットである。従来の強化型イプシロンの後継機として開発が進められていたものの、2023年7月に実施した第2段モーターの燃焼試験で爆発事故が発生。原因を特定し、対策を施して行った再試験でも爆発し、2回連続の失敗となった。このあたりの経緯については、前回の記事を参照して欲しい。

  • JAXA東京事務所で行われた今回の記者会見では、既に公開された爆発時の様子に加えて、試験の撮影画像(後述)なども公開された

再試験の結果についてはすでに、燃焼圧力が予測値よりも高かったことが分かっていたが、今回JAXAからは、グラフの形でより詳細な動きが公開された。これを見ると、最初からやや高めではあるものの、20秒あたりから予測値との乖離が大きくなっていったことが分かる。気になるのは、前回と動きが似ていることだが、これについては後述したい。

  • 燃焼圧力のグラフ。青が前回(能代)の結果、オレンジが今回(種子島)の結果。黒は予測値
    (C)JAXA

また今回、燃焼試験をノズル側から撮影していた画像も公開された。ここで注目したいのは、爆発の0.3~0.4秒ほど前から、燃焼ガスとみられる気体のリークが見られることだ。同時刻に、燃焼圧力が少し低下したことがデータから分かっており、燃焼ガスがリークしたとすれば、それと符合する。

  • 爆発時の画像。発光のあと、ガスのリークが見られる
    (C)JAXA

井元隆行プロジェクトマネージャによると、前回は「正常から異常への変化が瞬時に起こった」ということで、こういったリークは起きていなかったそうだ。ただ注意したいのは、このリークによって爆発した、とはまだ断定できないこと。リークは「原因」ではなく「結果」である可能性もあり、このあたりは今後の解析を待つ必要がある。

そして最も注目したいのは、現場からイグナイタとイグブースタを回収できたということだ。まだ詳しく調べた段階ではないとのことだが、イグブースタについては、溶融していないことが分かった。イグナイタについては、前回からシール方法が変更されていたが、実際の燃焼結果がどうだったかは、まだ分からない。

  • イグナイタとイグブースタの回収に成功し、溶融していないことを確認
    (C)JAXA

イグブースタは、前回の燃焼試験で一部が溶融。その溶融物が後方に流れ、断熱材(インシュレーション)が損傷、そこで異常燃焼が発生したことで爆発に至ったというのが前回、原因と推定されたシナリオだった。今回、溶けていなかったことで、溶融対策の効果はある程度確認できた反面、ではなぜまた爆発したのかという謎が残る。

そして爆発の謎は深まる

前回の記事で、筆者は大きな謎として、以下の2点をあげていたのだが、今回の記者説明会でも、そこは分からないまま。現場で回収した破片や、当日得られたデータなどを詳細に分析し、今後、FTA(故障の木解析)によって原因の特定を進めることになる。

  • (1)なぜ燃焼圧力が予測より高くなっていったのか
  • (2)なぜ最大使用圧力以下なのに爆発したのか

現時点で原因はまったく不明なものの、イグブースタの溶融がなかったことで、方向性として考えられるのは、「前回の原因推定が間違っていた」、「今回の変更箇所で別の問題が新たに発生した」、「製造ミスなど原因推定とは無関係な今回特有の問題が発生した」あたりになるだろう。

筆者が気になっているのは、燃焼圧力の上昇が、今回と前回でかなり似ている点だ。前回の原因推定では、イグブースタの溶融物によって引き起こされた燃焼異常によって、圧力が予想値より高くなったことになっていたのだが、今回、その溶融はなかった。それからすると、圧力上昇の原因は別にあったと考えるのが自然だ。

前回からの変更点で新たに問題が発生し、その結果として同じような圧力上昇になった可能性もある。しかし別の現象によるものとしては動きが似すぎているし、今回の変更はイグナイタまわりだけであり、JAXAも特に慎重に検討したはずのその部分で新たな問題が起きるというのは、やや考えにくいところだ。

イプシロンSの第2段「E-21」は、強化型イプシロンの「M-35」をベースとしつつ、いくつか変更点がある。E-21では、推進剤を15トンから18トンに増やした一方で、燃焼時間は130秒から120秒へと短縮。単位時間あたりでより大量の燃焼を行い、推力も燃焼圧力も高くなっている。

  • E-21のM-35からの変更箇所
    (C)JAXA

固体ロケットは、液体ロケットのようにバルブで推力を制御できないため、推進剤の形(グレイン形状)を工夫している。具体的には、中央の空洞の形を星形にするなどの方法があり、この形を工夫することで、パッシブな手法ながら、推力や燃焼圧力の動きを調整している。

グレイン形状は、固体ロケットのノウハウに大きく関わる機微な情報のため、公開されていないのだが、E-21では新たに設計された部分のひとつだ。当然、「このグレイン形状だと推力や燃焼圧力はこうなる」という解析は設計時に行われているが、もし解析結果が現実とズレていれば、今回のように予測値と乖離することはあり得る。

  • 前出の燃焼圧力のグラフ。10秒くらいまで上昇してから一旦下降し、そこからまた上昇するのは、グレイン形状(推進剤の形)の設計によるものだ
    (C)JAXA

井元プロマネが前回の説明時、可能性のひとつとして述べた「そもそも予測は正しかったのか」というのは、これを想定したものだろう。実際、イグブースタの溶融にしても、設計時の解析では溶けないはずだったのだが、前回の爆発後に新たな入熱条件を加えて解析し直したところ、溶融する結果に変わったことがある。

また、M-35の開発時においても、推力と燃焼圧力が事前の予測値よりも、全体的に高い傾向だったことがあった。このときは、燃焼圧力によるグレインの変形などによる影響を補正して再び解析したところ、実際の結果と一致した。正確に予測するのは、それほど難しい。E-21でも、解析が実際の現象を捉え切れていなかった可能性はある。

しかしそれでも、最大使用圧力以下でなぜ爆発したのかという謎は残る。ただ、事前に行った耐圧試験は高圧の水を使ったものであり、実際の燃焼時の温度や振動や燃焼ガスの動きなどの条件は一致しているわけではない。なにか局所的な現象が起きていた可能性もあるかもしれない。

現時点ではまだかなり限られた情報しかなく、何が起きたのか、ほとんど分かっていない。この段階であれこれ推測することに意味はなく、それでもついいろいろ推測してしまったのだが、結局のところは、今後の解析結果を待つしかない。

2024年度中の打ち上げは事実上不可能に

再試験で爆発が起きた11月26日、JAXAは原因調査チームを発足。そのチーム長には、H3ロケットの開発を率いた岡田匡史・JAXA理事/宇宙輸送技術部門長が就いた。

  • 2回目の爆発を受け、JAXAは原因調査チームを発足
    (C)JAXA

イプシロンSは2024年度内の実証機打ち上げを計画していたが、岡田氏は「今年度は現実的に不可能と考えている」とコメント。まだ組織としての正式決定ではないものの、3月末までの4カ月弱で原因を特定し、壊れた設備を復旧させ、対策を施して再々燃焼試験を成功させ、フライト品を製造し、打ち上げるのは難しいとの見通しを示した。

今回、試験を実施した種子島宇宙センターのテストスタンドの写真も公開されたが、第2段モーターを支えていたクレイドル(門型治具)が大きく破損。今回は屋外だったため、そのほかの損傷は大きくない模様だが、このクレイドルの復旧にどのくらいの期間を要するのか、まだ見通しすら立っていないという。

  • 試験後のテストスタンドの様子。クレイドルが焼損している
    (C)JAXA

原因の特定や対策に要する期間も、原因次第のところが大きく、現時点では、まだなんとも言えない。2025年度中に打ち上げられるかどうかも、まだ言える段階ではないだろうが、岡田氏は「イプシロンは大事な基幹ロケット。急いで原因を究明して、しっかりした対策を打って、できるだけ大きな影響を与えないよう仕上げたい」と述べた。