2024年10月26日(土)~27日(日)に、お台場のテレコムセンターと未来館にて、科学と社会のより良い関係を考えるイベント「サイエンスアゴラ2024」が開催されました。そのうち26日に行われたセッション「みんなの声で未来をつくる! 2050年の医療のすがた」では、私がファシリテーターとしてセッション内容の企画や当日の進行を行いました。このブログでは、私の感想も交えながらセッションの様子やそこで出てきた意見をお伝えします!

セッションの様子。子どもから大人まで幅広い年代の参加者が集まりました。立ち見の方もちらほら。

出張! 科学コミュニケータートーク

このセッションでは、未来館の展示フロアで毎日行っている科学コミュニケータートーク「ミライさんの健康診断 ~2050年の医療をのぞいてみよう!」を題材にしました。このトークでは、現在進められている研究の先にある「こうなっているかもしれない未来の健康診断」を紹介しながら、それに対してどんな期待や不安を抱くかについて考えていきます。ふだんは15分のトークプログラムですが、今回のセッションでは研究者の話やグループワークを取り入れながら、90分の豪華拡大版に仕上げました。

未来の医療に向けた研究は現在進行中

セッションには3人の研究者にお越しいただき、いま進めている研究のことをお話しいただきました。3人とも、病気になる前に病気の予測や予防ができる社会の実現に向けて研究を進めています。

最初に話題提供したのは、感染症や生命医療分野のアウトリーチを中心に行っている千葉大学の髙橋明子さん。感染症では、ウイルスなどの病原体が体内に侵入した時点で、私たちの体の細胞どうしが“連絡”を取り始めます。その“連絡網”の形を知り、ウェアラブルデバイスなどで“連絡網”の情報を手に入れられるようになれば、咳や発熱といった症状が出るより前に感染症を見つけ、対処することができるようになるかもしれないとのことです。

髙橋明子さんの話題提供の様子。もしかしたら未来の健康診断では、症状が出る前に病気を教えてくれるようになっているかもしれません。

次にお話しいただいたのは、数理モデルの研究を行っている名古屋大学の吉村雷輝さんです。吉村さんはAIを使って、健康な状態から病気の状態に移り変わるとき特有の体の状態(“ゆらぎ”と言います)を見つける研究を行っています。“ゆらぎ”の状態は、その後の対応次第で病気の状態にも健康な状態にも変化します。これを見つけることができるようになると、病気の状態になるのを防ぎ、健康な状態に引き戻すことができるようになるかもしれません。

吉村雷輝さんの話題提供の様子。今年のノーベル賞で話題になったAIですが、現在でも病気の予測や予防に使われています。今後さらに活用されるようになるかもしれません。

お二人のお話を聞いていて、ひとえに「医療の研究」といってもさまざまな方向から研究が進められていることを感じました。複雑な仕組みからなる私たちの体を理解することは欠かせませんが、体の情報をどのように手に入れて、それをどのように解析するかも合わせて研究を進めていくことで、病気になる前に病気の予測や予防をすることができるようになるのかもしれませんね。

みんなでつくる未来の医療

研究が進められている一方で、そのような研究が目指す社会像については、さまざまな人から期待だけでなく不安の声もあがっています。ふだんの科学コミュニケータートークでは、来館者のみなさんに「体の状態を常に測られる」「病気などの予兆を知らされる」「生活習慣をアドバイスされる」の3つのポイントについて率直にどう思うか聞いていますが、そこではこんな声が……。

このようなさまざまな声が出てくるのは、私たちが一人ひとり体質も考え方も、そこから生じる「望ましい医療のすがた」も違うから。だからこそ、多くの人と一緒に未来の医療を考えていくことが欠かせません。

 

セッションでも、この3つのポイントについてワークシートを使いながら意見を交わしました。

 

「健康志向の人でも、常に測られるとうっとうしく感じるかも。月に数回くらいがいいと思う。」

「病気の予兆を知らせてくれるのは便利だけど、病気が進行していたら悲しくなる。治る場合のみ教えてほしい。」

「健康は大事だけど、人生はそれだけではない!! アドバイスするなら、やさしく面白くしてほしい。」

……

 

一人ひとりの違いにもとづくさまざまな意見やアイデアが飛び交ったこのグループワーク。当初予定していた30分では終わらないくらい、どのグループも活発な議論が行われていました!

小さな子どもも研究者も、対等な立場で未来の医療を考えていきました。
グループワークでは、「これいいな!」と思った意見やアイデアにハートのシールを貼るワークも。ほかの人の意見やアイデアに耳を傾けるためのしかけです。

グループワークの後には、3人目の研究者である国立成育医療研究センターの神里彩子さんから、未来の医療をつくっていくときの課題についてお話いただきました。「医療を進めていくときにはルールづくりが必要」という話からはじまった神里さんの話題提供では、未来の医療はみんなが使えたほうがいいのか、どんなときでも体の情報を知らせていいのか、体の情報を知ることで格差や差別が生まれないか……など、医療を社会に取り込むときに考えなければならない、さまざまな論点が出てきました。

神里彩子さんの話題提供の様子。神里さんが扱っている分野は「倫理的・法的・社会的課題(ELSI)」といい、科学技術を社会に取り込む際に生じうるさまざまな問題のことを指します。

先述したブログで私は、「科学技術が進んでさまざまなことができるようになったからといって、それをすぐ社会に取り込めばいいかというと、必ずしもそうではありません。」と書きました。今回神里さんから具体的なお話を聞いて、「未来の医療のルールづくりには時間がかかるからこそ、いまから社会への取り込みかたを議論していく必要があるな」と、より実感をもって考えるようになりました。

未来の医療を気楽に考えられる場づくりを

セッションのまとめでは、研究者のみなさんに「より良い未来の医療をつくるために必要なこと」を聞きました。

 

髙橋さん:多くの人が負担なく病気を治したいと考える一方で、どう新しい技術を使って「健康」になりたいかは人それぞれ。ユーザーである私たちがその技術をどう使い、どうなりたいのか、言葉にすることが大事だと思う。

吉村さん:病気の予兆を検知できればいいじゃんと思っていたが、それを市民がどう感じるかといった話を直接聞けたのは、研究を進めていくうえでとても勉強になった。今後もこういった市民の声を意識しながら研究を進めていきたい。

神里さん:科学技術は進んでいるが、その利用者は私たち。いくら研究者が研究してくれても、私たちのニーズにあっていなければ研究は無駄になってしまう。そうならないためにも、私たちが何を求めているかを研究者に聞いてもらう機会はすごく大切だと思う。

 

私は3人の研究者のお話を聞きながら、より多くの人が未来の医療に関する議論に参加し、そこで出た意見をもとに研究そのものをブラッシュアップしていくことが、より良い未来の医療をつくるために必要ではないかと思いました。そのとき欠かせないのは、議論に参加するハードルを下げること。医療に関する自分の率直な意見を言うことは、医療の専門家ではない多くの人にとって気が引けてしまうかもしれません。しかし、そういった意見は医療の研究を進めていくうえでとても大切ですし、3人の研究者のお話にもあるように研究者自身も知りたいと思っています。今回のセッションをはじめとして、「自分の意見を言ってもいいんだ!」と多くの人が思えるような場を、科学コミュニケーターとして今後も手がけていきたいと考えています。

 

未来館では(休館日を除いた)毎日、このセッションの元ネタである科学コミュニケータートーク「ミライさんの健康診断 ~2050年の医療をのぞいてみよう!」を行っています。また、オピニオン・バンク「“未来の医療”を、あなたはどう思う?」での意見収集も始めました。ぜひ一度未来館に足を運んでみて、未来の医療についてみなさんの意見を聞かせてください!

おまけ:セッションの様子は、素敵なグラフィックレコーディングにまとめていただきました!

関連リンク

  • サイエンスアゴラ2024「みんなの声で未来をつくる!2050年の医療のすがた」 https://scienceagora.jst.go.jp/2024/session/26-5e10.html
  • 日本科学未来館 オピニオン・バンク https://www.miraikan.jst.go.jp/research/opinionbank/index.html


Author
執筆: 加藤 昂英(日本科学未来館 科学コミュニケーター)
【担当業務】
アクティビティの企画全般に携わり、研究エリアとの共同イベントやノーベル賞関連イベントの設計や実践を担当。誰もが未来館に居場所を見つけられるための取り組みを、人文・社会科学やデザインの知見も取り入れながら模索中。

【プロフィル】
高校でベンゼンという物質に一目惚れし、大学、大学院ではベンゼンが連なった物質の研究を行っていました。その傍らで科学コミュニケーションの実践活動も行い、「いま、ここにいる人にとっての、科学とのより良いかかわり方」という課題意識を追究するなかで未来館へ。化学、言語学、デザイン、日本酒、旅行、アイドル……などなど、学問も趣味も興味が広がってしまうタイプです。

【分野・キーワード】
物理有機化学、ナノカーボン、化学