宇宙航空研究開発機構(JAXA)は11月29日、X線分光撮像衛星「XRISM」が、大質量星の一種である「ウォルフ・ライエ星」とブラックホール候補天体(中性子星の可能性もある)からなる特異な連星系である「はくちょう座X-3」を観測した結果、ウォルフ・ライエ星から吹き出すガス(星風)や、ブラックホール候補天体に落ち込むガスの詳細な動きを捉えることに成功したと発表した。
同成果は、大阪大学大学院 理学研究科の小高裕和准教授、同・袴田知宏氏、東京大学(東大)/JAXA 宇宙科学研究所(ISAS)の三浦大貴大学院生、ISAS 宇宙物理学研究系の山口弘悦准教授(東大大学院 理学系研究科 物理学専攻/青山学院大学 理工学部兼任)らが参加する国際共同研究チーム「XRISM Collaboration」によるもの。詳細は、米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal Letters」に掲載される予定。
我々が良く知る太陽は単独の恒星だが、宇宙に存在する恒星の多くが“連星”であることが知られている。これは、2つもしくは3つ以上の恒星が重力で束縛し合い、共通重心を回る惑星系を指し、地球に最も近い隣の惑星系として知られるα(アルファ)ケンタウリ星系も三重連星だ。αケンタウリAと同Bは約80年の周期で回っており、さらにその2つの星の周囲を地球に最も近い恒星である同C(固有名プロキシマ・ケンタウリ)がおよそ55万年という非常に長い周期で回っている。連星はお互いの重力の影響を受けるだけでなく、物質を輸送し合いながら進化する点が特徴であるため、連星の形成や進化のメカニズムを知ることは、宇宙の歴史を知る上でも極めて重要とされている。
「はくちょう座」の方向、約3万2000光年の距離にあるはくちょう座X-3もそうした連星の1つだが、ウォルフ・ライエ星とブラックホール候補天体のコンビという、極めてエキゾチックな連星だ。ウォルフ・ライエ星は、恒星のスペクトル型と光度(絶対等級)の分布図として知られる「ヘルツシュプルング-ラッセル図」において、最も左上の領域に位置する大質量星の一種で、1年間に地球数個分の質量に相当するガスを放出し続けている。相方のブラックホール候補天体は、太陽の数倍ほどの質量を持つ小型の天体である。この連星は可視光では観測できず、赤外線やX線でしか観測できないことが特徴の1つとなっている。どちらの星も元々は大質量星として誕生し、ブラックホール候補天体の超新星爆発を経て、今の姿になったと考えられるという(ウォルフ・ライエ星も将来的に超新星爆発を引き起こすとされる)。
両星は非常に近接してお互いの共通重心を回っており、公転周期はわずか4.8時間ほどしかない。つまり、ウォルフ・ライエ星から放出される大量のガスの中を、ブラックホール候補天体が激しく飛び回っているような状況で、当然ながらガスの一部はブラックホール候補天体の強い重力に吸い寄せられて降着円盤を形成する。そして、降着円盤を構成する塵やガスなどは光速に近いようなとてつもない速度で回っているとされ、その結果激しく摩擦し合って高温になり、それが強烈なX線源となる。1秒あたりに放射されるX線のエネルギーは、太陽が放射するエネルギーの数日から10日分にも相当するといい、またこの強烈なX線に激しく照らされることで、周囲のガスは電離している状態だ(これを「光電離プラズマ」と呼ぶ)。
XRISMは初期性能検証期の2024年3月下旬に、普段よりもX線で増光していたはくちょう座X-3を観測し、光電離プラズマの詳細なスペクトルデータの取得に成功。軟X線分光装置「Resolve」(リゾルブ)の圧倒的な分光性能によって、さまざまなイオンによる輝線や吸収線が分離されたとした。
そして今回そのスペクトルが詳細に分析され、ウォルフ・ライエ星から吹き出すガス(恒星風)や、ブラックホール候補天体に落ち込むガスの、詳細な動きを捉えることに成功したという。たとえば、7keV付近に検出された鉄イオン(Fe25+)の輝線がトレースする最も電離が進んだプラズマは、秒速数百kmという猛烈な速度で、公転運動するブラックホール候補天体に引きずられるように動いていることが突き止められた。X線源であるブラックホール候補天体の最近傍で、特に激しい光電離が起こっている様子も確認できたとする。
はくちょう座X-3は、やがてウォルフ・ライエ星側も超新星爆発を経てブラックホールとなり、最終的には重力波源として知られるブラックホール同士の連星になることが予想されている。研究チームは今後、XRISMのデータをより詳しく調べることで、このエキゾチックな連星が、どのような過程で形成され、今後どのような進化を辿るのかが解明されることが期待されるとしている。