インタビューの後編です。
2024年のノーベル賞は、物理学賞と化学賞でAIに関連した分野が受賞し、AI科学に注目が集まりました。このブログでは、AIサイエンティストの実現をめざすAI研究者の牛久祥孝先生に行ったインタビューの内容をお伝えしています。前編を読んでいない方は、まずはそちらをご一読ください。
前編はこちらから
それでは、インタビューの後編になります。
インタビュー、再開。
中尾
2050年のAIを使った研究活動について、お考えになっていることを教えていただけますでしょうか?
牛久先生
2050年には、AIロボット自身が、独立して研究をどんどんやれるようになっていると思います。そして、人間がAIとインタラクションしながら研究を進めていく未来を描いています。
そのためには、人間の研究者にどうやって新たな発見をしたのかを理解させられるAIが必要だと思っています。AIが新しい超伝導物質を見つけたとか、寿命が50年延びる新たな薬を見つけたという結論を出してきたときに、内容は理解できないがAIが恩恵をくれたということは避けなければいけないと思っています。AIロボットが科学的な発見内容を人間に教えることができる必要があります。
一方で人間は、AIロボットから教えてもらうだけではなく、めざしている研究の方向性、あるいは、人間という生命体だからこそ思う研究のモチベーションなどは、AIロボットに渡していく必要があります。例えば「人間自身が滅んでしまう研究はしないでほしい」とか、「地球に住めなくなってしまうことは起きないようにして欲しい」とか、あるいは「人間は公平性を大事にしている」ということも入るかもしれません。そのようなことを教えながら教わっていく循環がAIと人間の間に残り続けていると思っています。
中尾
現在では、説明可能なAI※という技術があると思います。それらと今おっしゃったAIは似ているのでしょうか。何が違うのでしょうか。
※説明可能なAI:AIの思考プロセスや推論の途中過程など、人間にとって理解できないAIのブラックボックスを理解できる形で説明できるAIの実現をめざす技術の一つ。
牛久先生
私たちは、今の説明可能なAIよりも明らかにバージョンアップした「理解できるAI」、すなわち「アンダースタンダブルAI」が必要になると思っています。
今の説明可能なAIって、推論の根拠をきっとこの説明だったら理解してもらえるんじゃないかという研究者の仮説に基づいて一つの説明手段を採用しています。例えば、画像識別AIでは、画像の注目箇所で説明したり、同じラベルがついた類似画像を判断材料に使ったと説明したり、あくまでそのAIを考えている研究者の仮説のもとに、一つの説明の手段が取られているんですね。
人間の研究者を考えてみると、研究の目的や成果を説明するとき、いろいろな手段で説明をしているはずです。言葉で尽くされた説明かもしれないし、絵や図表を使った視覚的な説明かもしれない。納得させることを目的にしたとき、どういう手段で説明をするかは、多くの選択肢があると思います。なので、AIの説明で人間に納得をしてもらいたいとするとき、個別の研究者やユーザーに対して、どういう手段で説明をすると理解が深まるのかという個人適応や、今どういう文脈の説明をしないといけないかなどを理解し、画像やテキスト、あるいは例え話など、どの説明手段を用いた方がよいかをAIが判断できることが必要になると思っています。
中尾
AI自身も人を理解することが最終目標ということですが、技術的にとても難しそうだなと思いました。今のAIは、おそらくそういうかたちにはなっていないのではないかと思うんですけど、それをクリアしていくために考えていることなどはありますか?
牛久先生
そうですね。人間のすごく優れているところは、高度な抽象化能力だと思っています。その抽象化する部分って、場合によっては思い込みかもしれないわけですね。人間の抽象化って、国語辞書の単語のグループ分けや、植物とか動物の分類のように体系だっていないこともあるし、グローバルな唯一のモデルがあるかというと、そうではないと思っています。ある程度コンセンサスが取れることもありますが、特に最先端の分野であればあるほど、その研究者だけはこう思っているということが、あるはずなんですね。なので、AIには、高度に抽象化できる能力に加え、その抽象化をユーザーと見解をともにできるかどうかが大事だと思っています。
中尾
個人がどう思い込んでいるか、もしかしたら、AIの知識のデータベースからすると矛盾や間違いのようにみえるかもしれないことも受容できるAIということなんでしょうか。
牛久先生
そうなんです。今のAIの延長線上だと、やっぱりそこの抽象化って苦手です。AIの研究でそれぞれの自然科学の研究者と対峙していくときに、より高度な抽象化をAIにさせるための研究のヒントをもらえると思っているんですね。そのフィードバックをもらいながら、こういう話とこういう話ってくっつくのかもという抽象化能力を高め、AIがそれらの能力を理解できるようになることを考えています。
中尾
ありがとうございます。未来にAIがノーベル賞を受賞することはあると思いますか?
牛久先生
あると思います。ただ、具体的にはいくつかの観点があります。ノーベル賞をAI自身が受賞するのか、それともAIと一緒に研究をした研究者が受賞するのかという点については、どっちの未来もあり得ると思っています。賞を受賞するというのは、「研究の責任を取る」ことのポジティブな方の話です。だけど、研究の責任には、事故や損害を起こした時のネガティブなものもあります。AI自身が人格をもつのか、それともAIを使った人が、栄誉も責任も同時に負うのかについては、多くの方と議論しながら考えていく必要があると考えています。
中尾
自然科学の研究者コミュニティでは、AIを研究に使うことは受容されている印象ですか? 抵抗がある印象ですか?
牛久先生
いろんな人がいますね。AIで論文を書くことや、AIでレビューをすることを全面的に禁止するという場合もあれば、それをとくに明言していないこともあります。AIを著者として認める論文は、NatureやScienceなどメジャーな学術雑誌ではないですね。まずそのステップを乗り越えないといけないのかもしれません。
中尾
そのファーストステップが非常に難しいのかもしれませんね。やっぱり人としてのプライドみたいなものがあるので……。
牛久先生
おっしゃる通りです。これは私たち人類がどういう未来を望むのかということで、AIロボットや自然科学の研究者だけではなく、人文系の研究者や、市民の皆さんと議論していかなければいけないところだと思います。AIロボットのような人間ではないものをどれぐらい人間のように扱うべきかということ、そのものにつながる話題だと思っています。
今の画像生成AIについても、いろんな意見が出ています。積極的に使っていく人もいれば、人間が苦労して描いた絵を勝手に学習するなんてけしからんという人もいれば、そもそも“簡単に”イラストを書くという行為自体が許せんという人もいるわけです。いろんなことを言っている人がいる中で、これをどうやって合意形成するのかについては、単純な科学の話だけではなくて、社会全体で議論していかないといけないと思っています。研究の中でも、ELSI※に関するさまざまな専門分野の先生方と一緒に議論する活動をしています。
※ELSI:新しい科学技術を研究開発、社会実装する際に生じうる技術的課題以外のあらゆる課題のこと。倫理的・法的・社会的課題(Ethical, Legal and Social Issues)の頭文字をとり、エルシーと読む。
中尾
ありがとうございます。最後にノーベル賞の話に戻すと、AIがノーベル賞を取りそうな有力な分野はあるんでしょうか?
牛久先生
データの蓄積が多い分野ほど取りやすいと思っています。物理学賞が可能性は高いかなという気がしています。あとは、経済学賞と化学賞ですね。難しいのは、文学賞ですね。ノーベル文学賞はちょっと何もわからないですね。人文学の人と議論して、どのAI個体に文学賞をあげたいですかという話になるのかもしれません。ノーベル賞がカバーしない学術分野、フィールズ賞やチューリング賞というところはAIが取る未来、あるいはAIをフルに活用した人間が取る未来は、割と近いかなと思います。2050年を待たずともあり得るかなと思っています。
インタビューはここまで。
AI研究の最前線を知ることを目的にしたインタビューでしたが、お話をするうちに人間や社会についてなど、さまざまなことを考えさせられるインタビューになりました。インタビューを通じて、繰り返し「理解」という言葉が出てきましたが、研究のような複雑な出来事を理解すること、生身の人間を理解すること、そして、新しい知能であるAIを理解すること、これらは同じ「理解」なのでしょうか。
AI研究は、こういった言語化されていない人間の機能や性質のようなものを、機械に教えこませるためにシンプル化・定式化することを試行錯誤してきたように思います。AI研究が進展していくことで、人間を深く知ることができるようになっていくことに期待すると同時に、牛久先生もおっしゃっていましたが、人間のモデルは1つではなく多様であること、AIとどんな関係性を築いていきたいかという考えもさまざまであることを、忘れないようにしたいと思いました。
AIに関する研究がノーベル物理学賞を受賞した理由の一つに、AIという技術が社会に広く浸透していることがあると思います。ノーベル賞でAIが話題になり、AI科学に関する記事が散見される、この機会に、今や身近になったAIが登場した背景や歴史、今後どんな発展の可能性があるのか調べてみても良いかもしれません。
執筆: 中尾 晃太郎(日本科学未来館 科学コミュニケーター)
【担当業務】
アクティビティの企画全般に携わり、対話型ワークショップの運用や確率・因果推論をテーマにしたトークやワークショップの企画、Mirai can NOW第5弾「コトバにできないプロのワザ~生成AIに再現できる?」の企画設計を担当。現在は、来年度オープンの量子コンピュータに関する常設展示の企画・リサーチに携わる。
【プロフィル】
学生時代は音楽が大好きでしたが、大学で魅力的な研究と素敵な恩師との出会いがあり、科学の世界に夢中になりました。電機メーカーでの研究開発を経験する中で、科学技術と社会とのつながりに興味をもつようになり、未来館へ。科学技術の見え方は人によって違うように思います。私にとって新しい視点や考え方に出会うことに楽しさを感じています。
【分野・キーワード】
物理学