京都大学(京大)、東北大学、高輝度光科学研究センター(JASRI)、分子科学研究所(分子研)の4者は11月21日、探査機「はやぶさ2」が回収した小惑星リュウグウのサンプルを詳細に分析した結果、「ナトリウム炭酸塩」、「岩塩(塩化ナトリウム)」、「ナトリウム硫酸塩」を含む微小な塩の結晶が発見されたと共同で発表した。

  • リュウグウの砂表面で見られたナトリウム炭酸塩脈の擬似カラー電子顕微鏡像

    リュウグウの砂表面で見られたナトリウム炭酸塩脈(青色)の擬似カラー電子顕微鏡像(出所:東北大プレスリリースPDF)

同成果は、京大 白眉センター/理学研究科の松本徹特定助教、京大大学院 理学研究科の野口高教授、同・三宅亮教授、同・伊神洋平助教、東北大大学院 理学研究科の松本恵助教、宇宙航空研究開発機構(JAXA) 地球外物質研究グループの矢田達主任研究開発員、JASRI 放射光利用研究基盤センターの上椙真之主幹研究員、同・安武正展研究員、同・上杉健太朗主席研究員、同・竹内晃久主幹研究員、分子研 技術推進部の湯澤勇人技術職員、高エネルギー加速器研究機構 放射光実験施設の大東琢治准教授、分子研 極端紫外光研究施設の荒木暢主任研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、「Nature Astronomy」に掲載された。

宇宙での姿を保ったサンプルの詳細観察を実施

小惑星から直接持ち帰られたサンプルには、地球の大気にさらされてしまった隕石では見られないような、未発見の物質が発見されることが期待されている。その1つが、地球大気下では変質してしまいやすいとされる、水に溶けやすい、もしくは吸湿しやすい物質だ。

そこで今回の研究ではまず、リュウグウのサンプルを大気にまったく触れない状態にした上で観察を実施。すると、表面に小さな白い鉱脈が発達していることが発見されたことから、続いて、それを形成する鉱物が詳細に観察された。その結果、ナトリウム炭酸塩、岩塩の結晶や、ナトリウム硫酸塩がその成分であることが判明したという。

  • リュウグウの砂の光学顕微鏡像

    リュウグウの砂の光学顕微鏡像。矢印はナトリウム炭酸塩脈が示されている(出所:東北大プレスリリースPDF)

  • ナトリウム炭酸塩脈の断面の詳細

    ナトリウム炭酸塩脈の断面の詳細な様子(透過型電子顕微鏡像が擬似着色されている)。粘土(三角印:茶色の部分)の表面にナトリウム炭酸塩(星印:青色の部分)が分布している。100nm程度の大きさの塩化ナトリウム(六角形印:マゼンタの部分)も含まれる(出所:東北大プレスリリースPDF)

現在のリュウグウは全長800mほどだが、太陽系が誕生して間もない約45億年前には、数十kmの大きさを持つ母天体の一部だったと推定されている。その内部は放射性元素の崩壊熱によって温められ、100℃以下のお湯で満たされていたとされ、それらの液体はこれまでの研究で、サンプルから溶媒抽出された成分がナトリウムや塩素などに富むことから、塩水だったと推定されていた。そして研究チームは、今回発見された塩結晶も母天体の塩水中で沈殿したものであることが考えられるとしている。

  • リュウグウの母天体での塩結晶の形成

    リュウグウの母天体での塩結晶の形成(出所:東北大プレスリリースPDF)

今般発見された鉱物は、いずれも水に非常に溶けやすい性質を持つ塩の結晶だ。水溶性であることから、液体が極めて少ない上に、塩分濃度が高くなければ結晶が析出できなかったことが予想されるという。そのため研究チームでは、サンプルを構成する多くの鉱物が母天体で沈殿した後、液体の水が失われる現象が存在し、その際に塩の結晶が沈殿したと考察する。

太陽系の水環境を解き明かす手がかりになる可能性も

液体がなくなる現象として考えられる可能性の1つは、塩水の蒸発だ。母天体の内部から表層の宇宙空間にまでつながる割れ目が生じると、天体内部の液体は減圧されて蒸発することが考えられる。地球上では大陸内部に取り残された湖が干上がった時に高濃度の塩水が生じ、ナトリウム炭酸塩や岩塩などが析出することが知られている。それらは「蒸発岩」と呼ばれており、リュウグウ母天体でもそれが生まれた可能性があるとする。

もう1つの可能性は、液体の凍結だ。母天体を温めていた放射性元素が乏しくなると天体は冷えてゆき、塩水は徐々に凍結するはずだ。塩水に溶けた陽イオンや陰イオンは氷には取り込まれにくいので、凍結が進むと残された塩水の濃度は高くなり、濃い塩水からは塩結晶が析出する。凍結した氷はやがて現在に至るまでに宇宙空間へと昇華してしまったことが考えられるという。

現在のリュウグウに大量の液体は見られず、サンプルも濡れていないため、母天体内の液体の水がどのように失われたのかは不明だった。しかし今回の研究により、リュウグウの母天体では蒸発、もしくは凍結によって液体の失われる現象が起こったことが初めて明らかにされた。

サンプルから発見されたナトリウム炭酸塩は、地球に落下した隕石からは見つかっていないため、研究チームにとって今回の発見はまったくの予想外だったという。一方で、準惑星セレスや木星の衛星エウロパ、土星の衛星エンケラドスなど、地下の内部海の存在が予想される天体では、塩類が検出されている。たとえば、セレスには内部海の物質が凍って吹き出す氷火山があり、ナトリウム炭酸塩は噴出物の主要な成分だ。エンケラドス表層の氷の裂け目から噴き出す間欠泉にも、ナトリウム炭酸塩や塩化ナトリウムが含まれている。種々の塩類は天体の水の成分や進化を反映するため、塩の結晶はリュウグウと太陽系の海洋天体との水環境の共通性や違いを比較できる新しい手がかりになることが期待されるとする。とりわけ、太陽系の水環境に注目することは、生命の材料である有機物の水中での化学反応を理解することにもつながるとしている。

  • エンケラドスから吹き出す間欠泉

    土星の衛星エンケラドスから吹き出す間欠泉。(c) NASA/JPL(出所:東北大プレスリリースPDF)