水洗トイレの洗浄時に発生する飛沫・エアロゾルの空間分布を測定し、どこにウイルスが飛散しやすいかを、産業技術総合研究所(産総研)などのチームが明らかにした。コロナ禍で注目されるようになった便器からのウイルスの飛散や漏洩を可視化。飛散や漏洩を軽減するには便器のふたは閉めて流した方が良いという。洗浄効率だけでなく衛生管理にも配慮した便器への改良にもつながることが期待される。
コロナ禍以降、施設のトイレに「便器のふたを閉めて流してください」という注意書きが張られるようになった。産総研の福田隆史総括研究主幹(物理化学)によると、研究所内のトイレで複数箇所、ショッピングモールなど不特定多数が出入りする公共施設のトイレでも注意書きをみた。「科学的根拠に基づいているのだろうか」と、産総研でこれまで開発してきた空間を漂うウイルス量の定量化技術や検出技術を用いて、トイレ水洗時の飛沫の飛散を可視化することにした。
トイレ水洗時に水流によって巻き上がる飛沫や粒径0.3~10マイクロメートル(1マイクロは1000分の1ミリ)のエアロゾルを確認するため、約2.5メートル四方の密閉ブースの中に、産総研内にある平均的な大きさのトイレ個室(幅90センチ、奥行き120センチ、高さ180センチ)を用意した。
水洗するものとして、ヒトへ感染することのない「牛パラインフルエンザウイルス3型」を培養した上澄みの液20ミリリットルを便器に入れた。大まかなイメージとしては「おなかを壊した人がだす、腸の中で増殖したウイルスが含まれる下痢の便」。水洗時に便座手前側と奥側で巻き上がった飛沫やエアロゾルを撮影すると、便座手前側で大きな粒径の飛沫が多く発生し、便座中央から奥側で粒径10マイクロメートル以下のエアロゾルが多く発生していることが分かった。
まず、ふたを開けた状態で水洗したときに発生するエアロゾルの粒子数と空間分布について、エアロゾル粒径ごと、場所ごとに微粒子計測器で調べた。測定結果を図で可視化すると、便器手前の外側は5~15センチほど、上は約40センチの範囲でエアロゾルの高濃度領域があった。便器内の水流が作る空気の流れの影響からか、エアロゾルの分布は空間的に均等でなく、前後に多かった。
ふたの開閉の影響を調べるため、粒径1マイクロメートルのエアロゾル空間分布を測定すると、ふたを閉めた場合は上方へのエアロゾル発生・拡散は減る一方、便器手前の方向へ約15センチ染み出ていた。水流で便器内の空気が、ふた・便座と便器の隙間から外へ押し出された結果と考えられるという。
次に場所によってどの程度のウイルス飛散が生じるのかを、(1)便座のふたの裏側、(2)便座上面、(3)便座裏面、(4)便座手前の外側、(5)便座手前横の外側、(6)便座横奥の外側、(7)壁、の7カ所で調べた。各所を綿棒で拭い、PCR法を用いて飛散したウイルスを定量化した。
ふたを閉めた状態だと、便器内に排出されたウイルスは、便器のふたの裏と便座上面、裏面の合計で2分の1強、便器の外に2分の1弱が放出されていた。ウイルス付着密度で比較すると、便座裏面や両サイドの壁に約3分の1ずつウイルスを含む飛沫やエアロゾルが付いていた。水洗前に入れたウイルス量に対しては少なく感染リスクが高くはないが、水洗や掃除をする時に便器から15センチほど離れたり、ふたや便座だけでなく壁も定期的に掃除したりすることが推奨されるという。
一連の実験結果から福田統括研究主幹は「ふたを閉めた方が開けたまま流すよりも飛沫やエアロゾルがでる絶対量が非常に少なくなる。ふたを閉めたからといって完全に外に漏れ出るエアロゾルが減るわけではないが、大きく捉えるとふたを閉めて流した方が好ましいだろう」としている。
今回の実験で用いた水洗トイレは、市販されている節水タイプ(1回の水洗で流れる水量は6リットル)のサイホン式の洋式トイレをつかった。今後さらに普及が見込まれる節水タイプで、流量も平均的なものを選んだ。「効率的な洗浄ができる水の流れ方など、各社で独自の工夫が便器に施されているため、細かいところは異なるだろうが、全体の傾向は当てはまるだろう」と福田総括研究主幹は話す。
今後は提案・実用化されている様々な水洗方式についても飛沫・エアロゾルなどの空間分布などを調べて方式による違いなどを検討することで、洗浄効率や節水性能だけではなく、衛生管理・感染防止面でも優れた便器の開発に向けた知見を集めていきたいという。
研究は、金沢大学などと行い、成果は11月3日~7日にマレーシアで開催されたエアロゾルの国際学会でポスター発表した。
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