北海道大学(北大)は11月20日、液体ヘリウムを絶対零度近くまで冷却してできる「超流動ヘリウム」が天井のような平らな壁面の下にぶら下がった「懸垂液滴」(風呂の天井に生じる水滴と同様のもの)を、超低温環境を観察可能な仕組みを用いて詳しく調べたところ、これまでに知られていない2種類の運動様式を発見したと発表した。
同成果は、北大大学院 工学研究院の野村竜司教授、北大大学院 工学院の小野寺啓太氏(研究当時)らの研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。
水素に次いで軽い元素であり、室温では気体であるヘリウムは、全元素中で最も沸点(気体になる温度)が低く、約-269℃という極低温を下回ってはじめて液体となる。さらに約-271℃まで冷却すると、液体ヘリウムは粘性が一気に5桁近くも低下し、サラサラと流れる特殊な液体状態の超流動へリウムとなることが有名だ。
超流動とは、本来素粒子などのミクロな世界を記述する枠組みである量子力学が、温度を絶対零度近くまで下げることで、我々の関知できるマクロな世界まで拡大した現象だ。超流動ヘリウムでは、どんな狭い隙間でも素早く流れる、一度流れ出すと止まらず永久に流れ続ける、壁があると数十nmの薄い膜を作って全壁面を覆いつくす、カップに汲むと壁面を覆った薄膜を伝って自然と溢れ出すなど、水などの粘性がある通常の液体では起こり得ない不思議な現象が観察される。そこで研究チームは今回、通常の液体の水滴などと異なる振る舞いをするのかどうかを調べるため、天井のような水平な壁面からぶら下がった超流動ヘリウムの懸垂液滴の運動を調べたという。
今回の実験は、絶対零度近傍の超低温に冷却した実験空間を観察するため、断熱性のガラス容器であるガラスデュワー中で、超流動ヘリウムを生成することにより行われた。生成された超流動ヘリウムをカップに汲むと、超流動ヘリウムが壁面を覆った超流動薄膜を伝って溢れ出る。この性質を利用して、カップの底面に懸垂液滴を作ることが可能であることから、この懸垂液滴の運動を高速度ビデオカメラで撮影して分析が行われた。
その結果、これまでに知られていない液滴の運動様式が2種類発見されたという。1つ目は、超流動ヘリウムの懸垂液滴の水平運動だ。平らなカップ底面にぶら下がった懸垂液滴が平面に沿って水平運動し、端に到達すると反射して運動方向が反転し、ぶら下がったまま何度か往復運動したとする。実はこのような平面に沿った液滴の運動は「ネーターモード」と呼ばれており、過去に理論的には予言されていた。しかし、通常の液体の場合は壁に引っかかって懸垂液滴が自由に動けないため、現実には存在しないと考えられてきた。それに対して超流動ヘリウムでは引っかかることのない理想的な状況が成り立つため、ネーターモードが実在する運動様式であることが証明されたのである。