ロケットは普通、地上から打ち上げられる。JAXAのH3も、スペースワンのカイロスも、インターステラテクノロジズ(IST)のZEROも、みんなそうだ。しかし、気球を使って成層圏まで運んでから打ち上げるという、ちょっと変わったロケットがある。それが、日本の宇宙ベンチャー・AstroXが開発している「FOX」ロケットである。
この打ち上げ方は、ロケット(Rocket)と気球(Balloon)の単語を組み合わせ、ロックーン(Rockoon)方式と呼ばれる。世界ではまだ誰も宇宙到達を成し遂げていない、チャレンジングな方式だ。
AstroXはなぜ、この方式を選んだのか。11月9日に福島県南相馬市で行われた打ち上げ実験を取材してきたので、さっそくレポートしよう。
ロックーン方式のメリットとは
衛星を地球周回軌道に乗せるためには、秒速約8kmという速度が必要だ(第1宇宙速度)。ロケットは、この水平方向の速度を稼ぐための乗り物である。地上からの打ち上げを見ていると、ロケットは真上に飛んでいくイメージがあるが、地球周回のために必要なのは水平方向の速度であって、垂直方向の速度はまったく貢献しない。
ではなぜ、まず上に飛ぶのかというと、速度を出すのに邪魔な大気から早く逃げるためだ。垂直方向の加速は地球周回にとって意味はないものの、大気が濃いところから早く脱出した方が、トータルとしては打ち上げ能力が高くなるのだ。
ロックーン方式の狙いは、まさにここにある。同社は高度20km程度の成層圏からの打ち上げを計画しているが、これほどの高さになると気圧は地上の1/10以下しかなく、大気による損失をかなり軽減できる。地上から一気に離れる第1段の役割を、気球が担ってくれるようなイメージで考えると分かりやすい。
ロケットを空中で発射するものとしては、航空機で運ぶ方式もあり、これはすでに実用化している。しかしビジネスとしては結局、うまくいかなかった。原因のひとつとして指摘されるのが、航空機の維持コストの高さだ。毎週のように高頻度に打ち上げるのなら良いが、そうでないならこれが重くのしかかってくる。
このあたりの事情については、ISTの社長である稲川貴大氏の考察が詳しいので、興味がある人はそちらも参照して欲しい。
- ina111 / 稲川貴大:空中発射ロケット企業Virgin Orbitはなぜ破綻したのか?(note)
しかし気球であれば、製造コストも維持コストも安い。ロックーン方式の弱点は、気球で運べる重量の制約のため大型化が難しいことだが、近年は小型衛星の需要が急速に高まってきており、小型ロケットでもビジネスが成立するようになってきた。こうした背景事情も、ロックーンを後押しする。
AstroXの小田翔武CEOは、IT業界から宇宙業界へ転身し、2022年に同社を創業した。「国内の小型衛星は、ほとんどが海外で打ち上げられている。このまま行くと、ITと同じでインフラを取られてしまう」と危機感を示し、「まずは日本の衛星を日本から打ち上げられるようにしたい」と意気込む。
ハイブリッドロケットを実用化
AstroXのもうひとつ大きな特徴は、ハイブリッドロケットを使うことだ。推力を生み出すためには燃焼ガスを勢いよく吹き出す必要があり、ロケットはその燃焼のために燃料と酸化剤を搭載する。燃料と酸化剤がどちらも液体であるものが液体ロケット、固体であるものが固体ロケットで、固体と液体の両方を使うのがハイブリッドロケットになる。
液体ロケットは仕組みが複雑だが、高性能にできるので大型ロケットに適している。一方、固体ロケットは筒の中に火薬が詰まっているだけのシンプルな構造で小型化しやすい。これまで軌道投入で実用化されたロケットはすべて、この液体ロケットか固体ロケットのどちらかだった。
ハイブリッドロケットでは通常、固体の燃料と液体の酸化剤の組み合わせが使われ、燃料に開けた穴の中に酸化剤を流し込んで燃焼させる。その性能は、液体と固体のまさに中間になる。しかし、アイデアとしては古くからあったものの、軌道投入で実用化に至らなかったのは、「燃焼速度が遅い」という大きな欠点があったからだ。
ハイブリッドロケットの燃料となる樹脂は、それほど燃えやすい物質ではない。この燃えにくいものをどうすれば速く燃やせるのか、というのが実用化のキモであるが、AstroXと千葉工業大学はこの研究開発において、(1)酸化剤の流し方の最適化、(2)燃料の形状の最適化、(3)新燃料の開発、という3つに取り組んだ。
まず(3)では、新たに低融点熱可塑性(LT)樹脂の新燃料を開発した。LT樹脂は融点が低く、溶かしてから冷やせばまた硬化するため、燃料の成型や再成型が容易という特徴がある。この新燃料は、燃焼速度が従来の3〜4倍もあるほか、接着性や柔軟性にも優れており、大型化・大推力化がしやすい。
これまでは燃焼速度の遅さをカバーするため、固体燃料に複数の穴を通し(マルチポート)、燃焼面積を増やす方法が使われてきたが、その方式だと燃料を無駄なく使い切ることが難しいという問題があった。燃焼が進んで穴が拡大していくと、穴同士がついにはくっつき、燃料がゴソッと脱落することがあるのだ。
しかし新燃料の開発によって、穴が中心の1本だけ(シングルポート)というシンプルな形でも、十分な推力が出せるようになった。シングルポートなら無駄なく燃焼させやすく、和田豊CTO(千葉工業大学教授)によれば、「実験では、97%まで燃やすことができた。ハイブリッドロケットとしては、これは驚異的な数字」だという。
ハイブリッドロケットは、性能は固体と液体の中間になるものの、突出したメリットはコストの安さである。固体ロケットは構造がシンプルでその部分のコストは安いものの、火薬という爆発物を使うため扱いにくく、管理コストが高い。しかし、ハイブリッドロケットは燃料が単なる樹脂なので、安価で安全だ。
打ち上げ前のロケットをチェック!
記者会見のあと、今回打ち上げるFOXロケット1号機の機体公開が行われた。全長6.3m、直径33cmの1段式ロケットで、推力は10kN級(=約1トン)。ドライ重量は162.1kg(推進剤込みで270kg程度)だ。主な素材は、ボディがCFRP、フェアリングがGFRP。先端側からフェアリング、分離機構、パラシュート、エンジンという構造になる。
燃料はLT樹脂、酸化剤は亜酸化窒素(N2O)を使う。亜酸化窒素は蒸気圧が高いため、加圧のための押しガスは不要。酸化剤タンクのバルブを開ければ、自分自身の圧力により下流に押し出されるという、シンプルな構造になっている。
このFOXロケットはサブオービタルフライト用の機体になっており、まだ衛星の軌道投入には使えない。今回の試験では地上から打ち上げられるため、垂直に飛ばしても高度は10km程度までしか届かないものの、気球で高度20km程度から打ち上げれば、高度100kmの宇宙空間に到達する能力があるという。
フェアリング内に搭載できるペイロードは10kg程度。今回は試験のため、各種センサー(加速度、温度、気圧)、分離確認用カメラなどを搭載している。
なお、前述の「FOXロケット1号機」というのはAstroX側の名称であるが、共同開発している千葉工大側の名称として、「C1ロケット2号機」という名前もある。C1ロケットの1号機は、2023年3月に洋上発射実験を実施し、このときの到達高度は約6kmだった。今回のロケットは、この試験結果も反映させて、ボディが強化されたという。
AstroXのビジネスとして、メインで考えているのは衛星打ち上げであるものの、サブオービタルの観測ロケットについても一定のニーズはある。同社は、2025年度のサブオービタルフライト成功をめざしているが、そこで実用化したあとは「年間3機くらいは提供できるようにしたい」(小田CEO)ということだ。
早朝の打ち上げは大勢の人が見学
打ち上げ試験が行われるのは、南相馬市南部の沿岸部。AstroXは2024年8月にも、同じ場所で全長1.8mとより小型のハイブリッドロケット「kogitsune」の打ち上げを行って成功している。FOXロケット1号機はそれに続く打ち上げ実験なのだが、今回は初めてその様子が一般に公開された(見学は事前登録制)。
ランチャーの仰角は76度に設定。ロケットは海岸に向け、ほぼ真東に打ち上げられる。洋上へ飛ばすために斜めに打ち上げることになるので、事前想定では到達高度は8km程度。落下中にパラシュートを展開し、海上で機体を回収する計画だ。
11月9日の打ち上げウィンドウは、6時〜7時半に決定。こんな早朝にもかかわらず、見学場が設けられた小高区浦尻地区には大勢の人が詰めかけた。出店などは特になく、本当にただ見るだけなのだが、クルマが使えない人のためには駅からのシャトルバスまで用意されていた。
当日の天候は快晴で、気象条件は問題無し。打ち上げの準備は順調に進み、酸化剤の充填にやや時間がかかったものの、カウントダウンの後、6時56分に点火。ロケットは轟音とともに飛び立ち、周囲からは大きな歓声が上がった。
それからまもなく、見学場では小田CEOと和田CTOが報道関係者の取材に応じ、速報結果の報告が行われた。それによれば、ロケットは22秒で予定通り燃焼を停止。正常に飛行したことが確認できたという。
その後、報道関係者にはより詳細な情報が送られてきたのだが、それによると、到達高度は約7kmと推定。ただ、前述の分離機構は正常に動作しなかった模様で、ロケットは打ち上げ時と同じ形のまま、着水したことが確認されたという。この機能については、次の打ち上げで引き続き実証することになるだろう。
ロックーンの開発ロードマップ
AstroXは、南相馬市に本社とR&Dセンターを置いており、この地を拠点として今後もロケット開発を進める方針だ。南相馬市を拠点に選んだ理由について、小田CEOは「行政としての意思決定の早さ」が決め手だったと語る。今後、気球もここから飛ばす予定で、「宇宙産業の集積地になれば」と期待する。
同社は、宇宙空間への到達までをフェーズ1、衛星軌道への到達までをフェーズ2と、2段階の開発を計画。それぞれ、フェーズ1は2025年度、フェーズ2は2028年度の実現をめざす。衛星は重さ100kg以下の超小型衛星を想定しており、打ち上げコストは5億円以下となる見込みだ。
フェーズ2ではより大型のロケットを開発する必要があるが、今後、同社がまずめざすのは、FOXロケットによる宇宙空間への到達だ。そのために欠かせないのは、空気が薄い成層圏でも着実に点火する機能。成層圏環境を模擬した装置で点火試験を繰り返し、成層圏対応にした2号機を開発、再び地上からの打ち上げ試験を行う計画だ。
気球については、まず小さいものを使って、さまざまな運用試験を行う。FOXロケットとランチャーを搭載するには、かなり大きな気球が必要になるのだが、これについては500kgを運べる能力があるものを外部から調達する予定で、現在購入先を検討しているところということだ。
ハイブリッドロケットによる宇宙到達はすでに数例ある。しかしロックーン方式となると、FOXロケットが世界初となるはずだ。今後の進展に注目したい。
ところで最後に余談なのだが、ロックーン方式で悩ましいのは、“盛り上げ方”かもしれない。今回のように地上からの打ち上げであれば、ロケットの迫力を生で楽しめるのだが、ロックーンだと観客が見えるのは気球が上昇するところだけ。個人的には気球が見られるだけでもうれしいのだが、エンジン点火のような派手さには欠ける。
そして気球を見送ってから、成層圏に到着するまでの時間も長い。見学場に大画面スクリーンを置いて中継映像を流すにしても、待ち時間が長すぎるのでいったん帰ってから、発射前にまた戻ってくる人も多いかもしれない。ちょっと、というかかなり気が早い話なのだが、観客目線でふとそんなことを考えてしまった。