【政界】日本再生への道筋をどう描く?  自民党に問われる〝構想力〟と〝実行力〟

首相・石破茂率いる自民党は、自ら仕掛けた「超短期決戦」の衆院選に悪戦苦闘を余儀なくされた。政治資金問題に対して有権者が厳しい審判を下し、与党はまさかの過半数割れに追い込まれた。持論を次々と封印して安全運転に努めてきた石破だが、どのように他党を説得し、山積する懸案への処方箋を打ち出すのか。国民生活の安定に向けた明確なプランが必要だ。長く党内野党に甘んじてきた異色のリーダーの手腕に改めて注目が集まる。

後ろめたさ

 衆院選の最大の焦点になったのは、言うまでもなく「政治とカネ」の問題である。自民は、いわゆる裏金議員12人を公認せず、「自力のみでみそぎを済ませよ」と要求した形になった。しかし同時に30人以上が公認され、野党の追及に石破は防戦を強いられた。

 世論と党の板挟み。そんな石破の苦境が表れたのは、公示直前に日本記者クラブで開かれた7党党首の討論会だった。

「いくら合法だからといって、いろいろな問題が指摘されている政策活動費を、今回の選挙で使うとおっしゃる。後ろめたさはないんですか?」

「……それはございます」

 記者の質問に一瞬口ごもった石破は、なんとも素直な答えを返した。

 衆院が解散された10月9日の党首討論(クエスチョンタイム、QT)の際、国民民主党代表・玉木雄一郎から「政活費は衆院選で1円も使わないと明言して」と迫られ、石破は合法だから使うことはある、と宣言していた。

 先の通常国会で成立した改正政治資金規正法は、政活費の使途について、項目別の金額と支出した年月を公開し、10年後に領収書を公開すると定めた。ただし、法の施行は次期参院選より後の2026年1月であり、それまで「つかみ金」とも呼ばれる不透明なカネを使い続けることが制度上可能である。

 自民党総裁選から衆院解散に至るまでの間、石破は政治とカネの「限りない透明性」を謳う一方で、政活費の具体的な改革について言葉を濁してきた。使途を完全に公開してしまうと、党執行部が何をしているか、外国勢力に悟られてしまうことなどが理由だった。

 党総裁に次ぐ立場の幹事長は年に10億円前後の政活費を受け取り、種々の政治工作に使ってきたとされる。石破自身も、安倍晋三政権下で幹事長を務めていた。日本維新の会代表の馬場伸幸はQTで、石破が在任中の2年間に17億5000万円を受け取っていたと暴露した。

 逆風の選挙戦を乗り切るため政活費もなりふり構わず活用すべきだ、との声が党内から漏れた。ある議員秘書は「石破さんは、森山(裕幹事長)さんあたりから言われたんじゃないか」とささやいた。

 石破は幹事長当時の使途の内訳を明かさず、「違法の疑いがある使い方はしない。抑制的に使う」と釈明した。ところが翌日には、非公認の「裏金候補」に政活費を渡すのかと聞かれて「日常的に政策の周知、広報に使ってきた。選挙に使うことはしない」と発言を翻した。

 こうしたブレは、これまで党内野党として国民の人気に支えられてきたにもかかわらず、今や総裁として「党の論理」に染まらざるを得ない石破の煩悶を物語っていた。

本音の目標

 与党の公明党を含めて、自民以外の各党は「政活費の廃止」で足並みをそろえた。それに対し、自民は公約でも「将来の廃止も念頭に検討」と歯切れが悪かった。公明党代表の石井啓一は「どう検討するかという答えがない。かなり違いがある」と困惑気味に語った。

 その公明も、石破と同じく「政治とカネ」問題への対処に悩まされた。

 自民が公認を見送った12人のうち、元経済産業相の西村康稔(兵庫9区)、元内閣府副大臣の三ツ林裕巳(埼玉13区)の2人を公明は推薦した。2人を事実上処分した自民はもちろん依頼しておらず、公明独自の判断である。自民が比例代表との重複立候補を許さなかった前職も含めて、最終的に推薦は30人を超えた。

 この件を他党から攻められた石井は、公明党員らに説明責任を果たし、再発防止策を示したかどうかを判断基準に挙げて、「あくまで地元の意向を最大限尊重した」と理解を求めた。

 だが、三ツ林は石井自身が立候補した衆院埼玉14区に影響力を持っており、西村も公明と維新が全面対決した関西の有力政治家である。石井の言葉を真に受ける向きは少なく、維新の馬場は「国民には理解が及ばない」と皮肉っぽく指摘した。

 衆院選の勝敗ラインについて問われる度、石破と石井は「与党で過半数だ」と繰り返した。465議席の233を目指すという、これまでなら建前に過ぎないような低い目標である。しかし、今回は「自民の単独過半数割れ」「与党が過半数割れ」との観測が出る大逆風で、石破らが政権維持にかける必死さの表れだった。

 選挙戦終盤にまたも起きた政治資金問題が、自民批判に追い打ちをかけた。非公認の自民系候補が代表を務める党支部に対し、党本部が公認候補と同額の政党交付金2000万円を支給していたことが発覚したのだ。

「裏公認だ」と野党は反発し、ある自民候補は「あの日から、有権者の目がさらに冷たくなった」と漏らした。

 下村博文、高木毅らの裏金候補が相次いで落選し、からくも議席を確保したのは半数以下の18人にとどまった。自民は惨敗し、第2次安倍政権から謳歌してきた「1強」は霧散した。

 公明も「常勝関西」の大阪4小選挙区で全敗し、党首の石井さえ落選の憂き目に遭った。

一枚岩は遠く

 一方、攻勢に出たはずの野党も一枚岩にはなれなかった。

 立憲民主党の代表に保守系の野田佳彦が就き、前任の泉健太から距離を置いてきた維新は好意的な反応を示した。大阪万博問題や兵庫県知事の醜聞によって、維新自体の党勢が伸び悩んでいたせいもある。

 だが「自民を見放した保守・中道層」の獲得を目指す野田に対して、前回衆院選で共闘した共産党が反発した。立憲にとっては「あちらを立てれば、こちらが立たず」のジレンマだ。

 共産委員長の田村智子は、かつて野党が結束するシンボルだった「安全保障法制への反対」に関して、あいまいな姿勢を取る野田に不信感を隠さなかった。衆院小選挙区での野党一本化についても、「共産候補を降ろす前提で、裏金議員との対決という話が進むのはいかがなものか」と反論した。

 代表就任から衆院解散まで間がなく、野田には、他の野党と協議する猶予がほとんど与えられなかった。「右か左か」で態度を鮮明にしてしまうと、結局ジレンマから逃れられない。野田は「ここは(野党の合意が)できましたよ、なんてことを言わないところもいっぱいある」と語った。衆院選の公示直前に共産が候補を降ろした選挙区もあったが、そうした「暗黙の共闘」が成り立ったのは、ごく一部にとどまった。

 それでも立憲が自民批判票のメインの受け皿となり、公示前の1.5倍の148議席を得て躍進した。自民・立憲双方を避けたい有権者の選択肢となった国民民主党も、公示前の4倍となる28議席を獲得した。

 衆院選公示の直前、石破はラオスで開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)関連の首脳会議に出席した。石破は周辺に「必ず出る」と強い意向を伝えており、衆院解散を急ぐ一因にさえなった念願の外交デビューである。

 ただ、「アジア版NATO(北大西洋条約機構)」の創設について呼びかける場面はなく、国内の所信表明演説に続いて持論を封印した。まずは穏健な「岸田外交」の踏襲を印象づけ、米国や中国を含めた各国を安心させようと努めた形だ。

 長く国防族議員として名をはせた石破の発想は、外交よりも安全保障に傾斜しがちである。政権中枢から距離を置く間に、独自の理論を先鋭化させた面もあろう。総裁選でアジア版NATOや日米地位協定の改定などに前向きな発言を繰り返したため、首相就任後の「変節」が批判されている。

急造政権の激動

 ただ、石破はそれらの政策について選挙後に議論を始めるよう、党政調会長の小野寺五典に指示した。「自民は専制独裁ではなく、総裁が言ったからそうなるというものではない」とも語った。独断によらず、議論を重視する姿勢は、自民1強の頂点に君臨したかつての政治的ライバル・安倍との対称性を意識しているのかもしれない。

 自らの理論を実現する思いの原点として、石破は防衛庁長官時代に起きた沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落事故を挙げる。日本側が一切捜査に加われず、「これでは主権国家ではない」と衝撃を受けた記憶だ。地位協定の改定について「沖縄の思いを無視することはない。必ず実現したい」と強調した。

 しかし、その理想に今のところ実現の道筋は見えていない。アジア版NATO構想に、中国と経済的な結びつきも強い東南アジア諸国は難色を示し、「仮想敵」となる中国の猛反発も予想される。在日米軍の特権的な地位を米国がやすやすと手放すはずもなく、歴代政権は地位協定の抜本改定に手をつけられなかった。

 それどころか、与党過半数割れの惨敗によって、石破政権の存続そのものが一挙に不透明化した。

 投開票から一夜明けた記者会見で、石破は日本経済の状況や外交・安全保障環境の厳しさを指摘し、「国政は一時たりとも停滞が許されない」と政権継続に意欲を示した。

 同時に、政治とカネの問題について「もっと謙虚に、誠実に取り組めという国民の叱責を受けた」として抜本改革を急ぐ考えを強調した。政策活動費の廃止、旧文通費の使途公開、政治資金を監視する第三者機関の早期設置を挙げた。

 会見での石破はどこか吹っ切れたようだった。党内基盤の弱さから「変節」を余儀なくされてきたが、選挙の敗北によってむしろ開き直るチャンスを得たとも言える。

 挽回シナリオは、自民寄りの姿勢を見せてきた国民民主と個別の政策で協力する「パーシャル連合」だ。もう一つの選択肢である維新は、全面対決したばかりの公明が受け入れられない。ただし、来夏の参院選を意識する立憲の攻勢は必至で、国民も自公に「高く売りつけよう」と狙っている。

 国民生活の課題が山積する中で、旧民主党政権の「決められない政治」を再来させてはならない。与野党にその覚悟が問われる重大局面である。(敬称略)