先月こんな感じのライトアップみませんでした?

こんにちは!科学コミュニケーターの加藤さくらです。11月に入って、やっと涼しくなってきましたね!

突然ですが先月、ピンクのライトアップを見かけることはありましたか? こんな感じにさりげなくライトアップされていたので気づきにくいかもしれません。

渋谷のライトアップ。若干ピンクなのがわかりますか?

実はこれ…… 、「ピンクリボン月間」のキャンペーンの一環なんです。特に女性は名前だけでもきいたことがあるかもしれません。

みなさんはこの「ピンクリボン」にどんな意味があるかご存じでしたか?これは、乳がんの早期発見/早期診断/早期治療の啓発キャンペーンのシンボルです。毎年10月には乳がん検診などの認知を広げるために、全国の建物やお寺、公園などでライトアップがされています。

わたしは以前広告代理店で働いていた際、このキャンペーンに関する仕事を担当していました。個人的に思い入れがあったピンクリボンなのですが、今年は科学コミュニケーターとして科学や医療の視点で考えてみたいと思い、先月を【セルフピンクリボン月間】とし、10月は真剣に乳がんと向き合ってみることにしました!

乳がんになったら何が苦しい?

突然ですが、私は健康診断で数値が少し平均から外れているだけで、不安になって悪い方向に検索してしまう癖があります。

健康診断でもマイナスなことをたくさん調べてしまうのに、もし急にがんと宣告されたとしたら……。よくないとわかってはいても、安心材料を求めてずるずると調べてしまいそうです。さらに、検索ワードや情報ソースの好みによってどんどん情報や考えに偏りが出ることで、視野が狭くなってしまうかもしれません。

そんなきっかけから、セルフピンクリボン月間のテーマとして、もし乳がんと宣告されたとしても適切に情報収集ができるよう、今のうちに闘病中のことに目を向けてみることにしました。特に、お医者さんには聞きにくいなと感じる、治療以外の日常の辛さへの対処法について調べてみたいと思います。

早速ネットで調べていると、厚生労働省のデータにこんな報告がありました。

「アピアランスケアについて」厚生労働省(2024年)より作成

これは乳がんにかかった女性が、主に【体のこと】で苦痛を感じたり、悩んだりすることが多い項目を、多い順に表した表です。

注目したいのが外見に関する悩みです。黄色枠で色付けをしてみましたが、項目のうち半分以上が外見のことですね。考えてみると、いままでの自分の体や容姿が変わってしまったら、自分自身を受け入れられなかったり、他の人の視線が気になったりしてしまうこともありそうです。

また、こんなデータもありました。

「アピアランスケアについて」厚生労働省(2024年)より作成

実際に闘病中に外見が変化した患者さんのうち、4割くらいは外出の機会が減ったり仕事を休んだりした経験があるようです。

では、治療で髪の毛が抜けてしまうかもしれない、乳がんで乳房を切除したら温泉に入りづらくなるかもしれない……、そんな状況に直面したとき、私たちは誰に相談すればいいのでしょうか?

さらに調べてみたところ、「アピアランスケア」という言葉を知りました。アピアランスはそのまま「外見」の意味です。「外見のケア」……。なにやら外見全般を相談できそうな名前ではありますね。

アピアランスケアってなんぞや……

国立がん研究センター中央病院のHPには、アピアランスケアとは

医学的・整容的・心理社会的支援を用いて、外見の変化に起因するがん患者の苦痛を軽減するケア』とあります。

なるほど…? 素人の私はあまり頭に入ってきませんでした……。(涙)

ただ、この言葉は2012年頃から使われはじめ、医療が進んで自分の生活と治療を両立できるようになったからこそ、外見に関して悩みをもつ人が増えている、という背景があるようです。つまり、医療が進んだことで見えてきた、または増えたお悩みという側面がありますね。

さて、ネットの情報は医療者向けで難しいなと思っていたとき、未来館の同僚が、アピアランスケアを専門にしている方と知り合いだと声をかけてくれました!✨ 

今回の企画をご相談したところ快くお返事をいただけたので、ネットではわからないことを直接お聞きしてみましょう!

専門の看護師さんに聞いてみた!

今回お話を聞いたのは、実際にアピアランスケアの施術をされている、看護師の 鳥海 友紀子さんです。早速話をお聞きしましょう!

Q.鳥海さんがアピアランスケアに関心をもったきっかけを教えてください。

鳥海さん:

幼少期からアトピー性皮膚炎の影響で病院が身近でした。また、病院ごっこが大好きで、患者さん役のお友達に包帯を巻いて遊ぶような子どもで、痒みやかさぶたがどうして皮膚に現れるのか、大好きだった祖母はどうして癌になったのか、子どもながらにとても不思議でした。

そんな幼少期を経て、高2の冬まで医師を志し勉強をしていましたが、いつも手に取って読む本は看護の本でした。本当は自分の興味が「診断」ではなく、その人が診断された後に自宅に戻って生活することに「寄り添う」ことなのだと気づき、看護師を志すようになりました。

今の仕事への転機としては、形成外科や皮膚科で経験した、「他人からすれば気にならない些細なことでも、ご本人やご家族にとっては‘それ’があるために人前で堂々と顔を挙げられない……」という患者さんの悩みになんとかこたえたいと思ったことがきっかけでした。

日々接する患者さんの悩みに対して、保険診療でできることの限界を感じていました。そんな時、病気や治療のために失った眉毛や乳輪乳頭を描く、医療アートメイクをつかったアピアランスケアに出会いました。

医療アートメイクを通して、患者さんらしさを活かしたケアを提供していきたいと決心し、そこからは無我夢中でいくつかのアートメイクスクールに通い卒業資格を取得し、皮膚疾患看護に特化した知識をつけるべく日本皮膚科学会認定の資格も取得しました。

現在は一般の皮膚科診療と、医療アートメイクの自費診療の仕事をしています。

Q.改めて、鳥海さんがご専門にされている『医療アートメイク』ってなんですか?

鳥海さん:

医療アートメイクはタトゥー(刺青)とは異なり、専用の色素を用いて皮膚表面に着色していく施術です。日本では医師・看護師・歯科医師のうち、指導を受けた者のみが病院・クリニックにて施術を行えます。

主に美容目的で眉・アイライン・唇に色を入れていくことが広く知られていますが、病気や怪我による色の欠損を補う目的で施術される場合があります。こちらが今回のテーマであるアピアランスケアに含まれます。

例えば皮膚の一部が白くなる白斑という病気の方、抗がん剤による脱毛の方、妊娠線、リストカット痕、そして乳房再建後の乳輪乳頭などに対して、色を入れて再現することを目的としています。

眉アートメイク中の鳥海さん
Q.特に乳がんの場合、医療アートメイクを受けるまで、どんなプロセスがあるのでしょうか?

鳥海さん:

あくまで一例ですが、簡単にご紹介します。

① 手術前:乳房切除やそのあとできる対応策についての説明

乳がんの手術では、乳房を全部切除する場合と部分切除をする場合があり、術後の外見の変化も人ぞれぞれです。その方が手術を受けることで、外見にどんな変化があるのか、又はその可能性についてあらかじめお伝えすることと、必要や不安であれば、対応策の情報を提供します。

② 手術:再建方法はそれぞれ異なる

がんの摘出手術を行います。胸を全摘出した場合、「胸のふくらみ」と「乳輪乳頭」それぞれをできる限り取り戻す(再建する)ステップを選択できます。胸のふくらみに関しては保険適応で再建できます。乳輪乳頭を再建するためにはアートメイクで立体的に見えるように色を入れたり、シリコンでできた乳輪乳頭を貼り付けるなどいくつかの方法があります。メリット・デメリットを説明した上で、患者さんのご希望に合わせて決めます。まずはがんを切除することだけを希望する方もいらっしゃいます。

③ 乳房再建手術後、数ヶ月後:アートメイク施術

医療アートメイクを希望する場合、②の手術後の経過が問題ない場合、数か月後にアートメイク看護師が施術をします。再建した部位のため感覚は鈍いのですが、局所麻酔や麻酔クリームを使用することで施術時の痛みはほぼありません。

④ 初回アートメイク施術後:経過観察

アートメイクはタトゥー(入れ墨)とは異なり、皮膚の浅い層に色を入れていきます。ですので、時間とともに少しずつ薄くはなっていきます。人にもよりますが、最低2回は施術を受けられると色の持ちが良いです。

鳥海さんのお仕事中の様子
Q.施術を受けた方の反応はどんな感じですか?

鳥海さん:

「胸が見えないよう暗闇でお風呂に入ったり、眉毛がないことがコンプレックスで鏡が見られなかったりしたけど、女性としてまた自信がもてるようになった!」「温泉に行った時、友達に本物の胸にしか見えないと言われてうれしかった」などのお声をいただいております。

加藤:

お話を聞いていると、当事者の人の外見のお悩みポイントにも気づかされますね。そのような中で、鳥海さんはどのような思いでケアに向き合われていますか?

鳥海さん:

施術するときには、人知れず見た目でずっと苦しんでこられた方が、アートメイクによって自信を取り戻し、その人らしくいられるきっかけになってくれることを願っています。

例えば口紅を変えたりネイルをしただけで気分が上がるように、髪型を変えたら気分が変わるように、ちょっとした勇気ときっかけで、一歩踏み出せるのではないか、その気持ちに寄り添っていきたいと思います。

Q.アートメイクのほかに、「アピアランスケア」にはどんなものがあるのでしょうか?

鳥海さん:

例えば、上記のようなものがアピアランスケアに当たると思います。

このようなケアを患者さんに提案する上で重要なのが、人によって優先すべき箇所も異なる、という点です。

私の知人で乳がん全摘手術を受け、乳輪乳頭はつくっていない方がいます。その方は乳輪乳頭が無いことよりも、むしろ手術による腕の浮腫がひどく、指先もパンパンになり、デスクワークに影響が出ることに苦悩されていました。その後リンパ浮腫を緩和する手術をさらに受け、現在もなお腕にスリーブを着けながらの生活が続いてます。

加藤:

切除した箇所が気になるという方もいれば、副作用のほうが苦労する方もいらっしゃるということですね。

Q.アピアランスケアが必要とされているのには、どんな背景があるのでしょうか?

鳥海さん:

以前に比べて治療効果も上がり、社会制度も整ってきたことで、がんの告知を受けてこれから治療する人、治療中の患者さん、治療が終わった人など、がんサバイバーの方たちがお仕事を続けられる時代になってきたことが背景にあると思います。

また、SNSの普及で、昔に比べて他人と自分をより比較するようになり、「ふつう」の見た目が求められているのでしょうか……。

反対に、いろんな人がいても良い、自分を堂々とさらけ出しても良い、という意味でSNSが役に立っているようにも感じます。

 加藤:

SNSがプラスとマイナスの両方の側面をもっているというのは、体感的にも想像しやすいです。

Q.アピアランスケアはどんな人が受けられますか?

鳥海さん:

アピアランスケア全般については、性別年齢かかわらず受けることができます。アートメイク施術については医師の指示(許可)のもと、資格を有している者(医師または看護師)が施術します。

どのような治療・手術経過をたどってきたかの情報が必須ですので服用している薬などは必ず医師に伝えてください。

Q.アピアランスケアの未来像について、教えてください!

鳥海さん:

治療や完治がゴールではなく、身体の変化・見た目の変化があっても、その人がその人らしく心地よく生活できることをサポートすることが重要です。そのためには医療関係者はもちろん、社会全体にもアピアランスケアの知識の普及が必要と考えます。

また、人の目を気にするのは良くないことのようで、でも人の目があるからその人らしさも大事にできるように思います。

私自身は、相手がそっと大切にしているもの、想い、その人の強みなどが垣間見られた際には、それを見逃さないように日々接しています。

看護学生時代に手術を控えている食道がんの80代の男性(元銀行員)を担当した際、手術後にどんな姿の自分になったとしても意識がなくとも、普段通りにヒゲを剃って髪の毛を整えておいてほしいと頼まれました。その方は手術後、長い間意識がぼんやりする状態になってしまいましたが、頼まれた通りに髪を整えていたらご家族から感謝されました。

また、乳輪乳頭アートメイク施術後に、「安いブラとショーツだけど、数年ぶりに買ってみようって思えて、女性としての楽しみを思い出せました!」と話してくださった方の言葉も印象に残っています。

人の目を気にするのは良くないことのようで、でも人の目があるからその人らしさも大事にできるように思います。

闘病中でも自分らしく生きるということ

ということで、乳がん闘病中の悩みとして外見にまつわるものが多いという話から、アピアランスケアの考え方、実際の流れなどを鳥海さんとお話してきました。

アピアランスケアは私が病気になったときに、【社会とのつながりをもち続けるためのサポート手段のひとつ】として、心にとどめておくこととします。

 

最後に、鳥海さんはこんなこともお話してくれました。

「アピアランスケアの意義としてお話したことと同時に、反しているような個人的な意見ですが、“そのままのあなた”で良いと、本当は思っています。

相手がどんな状態でも、まるっと受け入れる社会が理想的です。」

自分や周りの人が、ありのままの姿で受け入れられていると感じるためには、どんな態度や援助、社会が必要でしょうか。今回のお話を聞いて、そんなことももっと考えてみたいです。

 

最後に、快くインタビューにお答えいただいた鳥海さん、お忙しい中インタビューのお時間くださり、ありがとうございました!

おまけ:ブログの上部に掲載している写真は、未来館の中で見つけたピンク色のリボンです。どこにあるか、ぜひ探してみてくださいね!

参照:

国立がん研究センター中央病院 アピアランス(外見)ケアとは?

https://www.ncc.go.jp/jp/ncch/division/appearance/010/index.html

厚生労働省 アピアランスケアについて

https://www.mhlw.go.jp/content/10901000/001249856.pdf



Author
執筆: 加藤 さくら(日本科学未来館 科学コミュニケーター)
【担当業務】
アクティビティの企画全般に携わり、情報発信や対話活動を行う。研究エリア入居プロジェクトのイベントや、常設展示のオリジナルパートナーロボット「ケパラン」を用いたアクティビティの開発を担当。

【プロフィル】
小さいころから動物の絵を描いたり、動物園に行ったりするのが好きで、大学では動物園で動物行動学や来園者の研究をしていました。前職では広告代理店でWEB広告の仕事をしていました。未来館では、皆さんと一緒に科学のわくわくポイントを見つけたいです!

【分野・キーワード】
動物行動学、比較心理学、動物福祉学