京セラ創業者・稲盛和夫氏から学んだ「仕事と人生の教科書」
今回、致知出版社から『運命をひらく生き方ノート』という書籍を出版させていただきましたので、その経緯と私の思いを伝えさせていただきたいと思います。
私は1991年、37歳の時に、政府の行政改革審議会部会長に抜擢された稲盛さん(京セラ創業者)の特命秘書に任命されました。
私は大変驚くとともに、稲盛さんの思想を学べる千載一遇のチャンスだと思い、近くで聞く稲盛さんの生の言葉をできるだけメモを取るようにしました。
行革が終われば、元の経営企画室の仕事に戻ると思っていたのですが、稲盛さんから「これからも自分の近くで仕事をするように」と命じられ、1994年に正式に秘書室に異動になりました。
その後、肩書や立場は少しずつ変わったのですが、JAL再建を含め、2018年に京セラを退任するまで、毎日のように稲盛さんの謦咳に接し、ご指導いただきました。その間も、私は、稲盛さんと話をしていて気になったこと、気づいたことなどをメモし、そのノートは60冊ほどになっていました。
そのことを日頃から親しくさせていただいている致知出版社・藤尾秀昭社長にお話しすると、「貴重な記録なので、そこから印象に残る稲盛さんの言葉を抜き出して書籍としてまとめてみたらどうか? きっと、世の中に役立つはずだ」とのご提案をいただきました。
稲盛さんと私は22歳と親子ほどの歳の差があり、誰から見ても未熟な人間でしかありません。そんな若者を稲盛さんは辛抱強く傍に置き、「納得できないこと、疑問に思ったことは、何でも聞いてくれ。お前の意見も遠慮なく話してくれ」と言われました。
また、JAL再建が終わった頃には「俺から学んだこと、お前が俺から学び実践してきたことは、そのまま社員に伝えなさい」と繰り返し言われました。
残念ながら、それを実行することは余りできなかったのですが、藤尾社長からのご提案を受け、苦労はしましたが、稲盛さんのナマの言葉をそのまままとめた本書の出版にどうにか漕ぎつけることができました。
稲盛さんは、世の中には偶然は何もない、全て必然であり、意味があると語っています。そうであるなら、私が稲盛さんの近くで長く仕事をさせていただいたことも必然であり、意味があるはずです。凡人である私は、その意味はまだよく分かっていません。
しかし、こうして稲盛さんの言葉をまとめて書籍とし、多くの人に知ってもらうことは、きっと大きな意味があるはずだと信じているところです。
長年にわたりご指導いただいた稲盛さんと、このような機会をいただいた藤尾社長に心から感謝を申し上げる次第です。