「決して時の政権に押し付けられたのではなく、自分たちの意思で民営化に動き出した」─。1985年の民営化時を振り返るのはJT会長の岩井睦雄氏。国内のたばこ市場の縮小を見据えて積極的に海外企業を買収してグローバル経営を展開している同社。環境の変化に対応しつつも、経営の軸に置くのが、「お客様」「株主」「従業員」「社会」という4者のステークホルダーのためという考え。出遅れている加熱式たばこの巻き返しと売上高の5.4%を占める加工食品事業と3.3%の医薬事業を含めた新領域の成長戦略とは。
専売公社民営化が大きな変化
─ 日本専売公社が民営化してJT(日本たばこ産業)となったのが1985年。岩井さんから見た変化という視点での約40年をどう振り返りますか。
岩井 民営化という変化が私のJTへの入社の動機の1つでもありました。この約40年間を振り返ると、自分たちから起こした変化もありますし、外的な要因による変化もありました。その意味では、当社は変革の歴史を続けてきたと思います。
中でも民営化後の87年に輸入たばこ(紙巻きたばこ)の関税が無税になり、一気に10%ほど当社のシェアを失った局面もありました。しかしその逆風が国内のたばこ事業を強化する動きへとつながっていったことも確かです。結果として94年に上場することができましたからね。
─ この上場も会社にとっては大きな変化と言えますね。
岩井 ええ。1つの節目でした。上場することによって、これまでの国という1人株主の会社ではなくなりましたからね。上場によって当時で約14万人の個人株主が当社の株を買ってくれました。その多くの株主に対してどう応えていくのか。それが今にもつながる「4Sモデル」という経営理念になります。
4Sモデルとは、お客様、株主、従業員、社会という4者のステークホルダーのための経営という考えに基づくものです。この4者に対する責任を高い次元でバランスよく果たし、4者の満足度を高めていくことが私たちの役目であると。決して株主至上主義ではなく、4者のステークホルダーを向いて経営していこうという考え方です。
─ 4Sそれぞれに対して価値を提供する考え方ですね。
岩井 そうですね。お客様に対しては、多様な嗜好やニーズを満たすことはもちろん、それ以上の価値を提供し得る優れた製品・サービスをお届けしようと考えました。また、株主に対しては、利益成長と株主還元のバランスを図り、中長期の利益成長を実現することで株主還元を目指す。さらに従業員に対しては、働くことに誇りを持てる魅力ある企業を目指すと。
さらに社会の一員としての責任を果たし、事業を通して社会の持続可能な発展に寄与するために、ステークホルダーと共に諸課題を解決するとしています。
危機感から始まった海外進出と加工食品・医薬事業の多角化
─ そこから新規事業や選択と集中などの具体的な経営戦略に落とし込んでいったと。
岩井 はい。本業である「たばこ事業」について言えば、国内のたばこ市場は縮小していくことが分かっていましたから、本格的な国際化を進めていったわけです。具体的には99年に米・RJRナビスコ社(RJRI)の米国外のたばこ事業を買収したことを皮切りに、海外企業の買収を進めていき、今では世界第3位のたばこ会社になっています。
一方で新規事業という観点で言えば、加工食品と医薬に焦点を当ててきました。加工食品で言えば、加ト吉(現テーブルマーク)や旭化成の食品事業などの食品事業を買収し、医薬では鳥居薬品を買収しました。買収した企業にも当社の4Sモデルの考え方を理解していただいています。
─ 海外企業の買収は失敗例が多いのですが、JTにはそれだけの危機感があったと。
岩井 実は上場後も、たばこ税の増税がありましたし、国内で米・フィリップ・モリス・ジャパンが販売する「マールボロ」のライセンス生産が終了するといったこともありました。それまで同社とは国内ではお互いに手を結びながら、国際的な競争をしていこうという関係でいたのですが、それも限界が来たと。
ライセンス契約の解消は2005年でしたが、それ以前の03年から中期経営計画「JT PLAN-V」を策定し、本格的に国際化を強化していこうという流れができました。このときは国内約1万7000人の従業員数を3分の1にするため、希望退職を含めた人員整理を行いました。その上で、国際化や多角化を強化していくことになりました。その成果が07年の英・ギャラハーの買収につながったと。
─ そのときに岩井さんが担当していた加工食品事業でも危機があったのですか。
岩井 ありましたね。私が加工食品事業を担当していたときに、当社の子会社が輸入販売していた中国製冷凍ギョーザの中毒事件が起こりました。1つの事業が危機に瀕するような事態に直面したのです。
さらに、昨今のたばこ事業で言えば、15年から登場した「加熱式たばこ」でも当社は少し出遅れています。フィリップ・モリス・ジャパンが業界で最初に「アイコス」を発売したのですが、当社はこの領域の商品を出すことに出遅れてしまった。足元の課題でいえば、この加熱式たばこをいかに巻き返していくかが大きな課題と言えます。
グローバルで見ても、たばこ業界のトップはフィリップ・モリス、2位が英のブリティッシュ・アメリカン・タバコ、そして当社が3位です。各社で追いつけ、追い越せと熾烈な競争を繰り広げているというのが足元の事業環境と言えます。
グローバル経営を実現するための「ワンチーム」づくり
─ グローバル化という観点で、どのような組織体制で巻き返しを図っているのですか。
岩井 RJRIの買収以来、日本とインターナショナルと2つに分けて運営してきました。それらをたばこ事業本部長が統括するという組織構造でした。しかし、22年からスイス・ジュネーブに本社機能を統合しました。日本を含むワンチームの経営体制です。
─ 本部長は日本人ですか。
岩井 今は本部長を寺畠正道社長が兼務している形です。ただ、実質は「JTインターナショナル(JTI)」という国際部門を担う子会社のトップであるエディ・ピラーというベルギー人がJTIのCEOに就いており、たばこ事業のオペレーションのヘッドになっています。
先ほどの加熱式たばこ「プルーム・テック」は16年に私がたばこ事業本部長のときに発売したのですが、それまではインターナショナルと日本の両方を管轄している体制でした。たばこの世界で言えば、国ごとに制度も生活習慣も違うため、マネジメントのスタイルも分けておいて問題はなかったのです。
ところが、加熱式たばこが登場し始めると、日本では急伸しましたが、JTIから言わせれば、それは日本だけの話ではないかと捉えられてしまったのです。一方で他社は世界全体で一本社でしたので、一気に攻勢をかけてきました。日本で多少損を出しても先行投資するという経営判断をしたのです。
─ そういった反省からワンチームの経営体制にしたと。
岩井 ええ。16年からワンチームの構想を議論し始め、20年から本格的に検討し始めました。文化や経営に対する考え方がJTとJTIで違っていましたので、いろいろなプロジェクトを組んで22年にワンチームになりました。
─ たばこの売上本数のうち、どのくらいが海外ですか。
岩井 9割近くが海外です。当社が直営で展開している国・地域が130以上になります。世界シェアも上位4社で大半を占めているので、自由世界においては、かなり寡占化されている市場になります。
─ まだまだシェアアップはできるということですか。
岩井 そうですね。私たちにとってのホワイトスペース(空白地帯)は、まだまだあると思っています。直近でも米国4位のたばこ会社「ベクター・グループ」を買収しましたからね。他にも専売から自由化されるような市場もありますので、そういった市場を狙っていきます。
─ M&Aを展開しても財務状態が良好です。そういう意味で、今後の戦略とは。
岩井 いま最も投資で注力をしなければいけないのが加熱式たばこです。24年から3年間では約4500億円を研究開発やマーケティングも含めて投じていきます。今後、たばこの総需要の中で加熱式たばこが占める割合は段々と増えていきます。
日本でいえば、今まで当社のシェアは約6割でしたが、加熱式たばこのシェアが全体の約4割を占めるようになりました。加熱式たばこの当社のシェアは約10%。世界中で日本のような状況になってしまえば手遅れになります。ですから、ニーズの変化をしっかりキャッチアップし、他社とは違うプロフィールのある商品を出していきたいと。
─ やりようによっては面白いということになりますね。
岩井 ええ。大変ではありますが、当社は国内のトップシェアで生きながらえていくという考え方はしておらず、積極的に外に出て行ってチャレンジすることが民営化の精神でもあります。民営化は時の政権に押し付けられたように見えるかもしれませんが、そんなことはありません。自分たちの意思でした。
鉄道や電話と違って、たばこに公共性はあまりありません。おそらく徴税能力があるという点で専売制度を敷いたのでしょう。その意味では、私たちの製品はお客様一人ひとりにとって、選ばれるような商品を作ってきたと言えます。公的企業体でやるべきものではないという発想がもともとあったのです。
分断・分裂の時代にあって……
─ 積極的に外に出ていくという姿勢の中で、今は世界中が分断・分裂の状況です。どういうスタンスで進めますか。
岩井 たばこ事業を担当する前、何年間かジュネーブに赴任していました。当時は今のような分断状況ではなく、それこそウクライナにも行きましたし、ロシアもJTにとって大きな市場ですので、何度も行きました。相互に交流して事業をやっていた時代だったのです。しかし、今はそれがなくなりつつあります。
グローバル企業の宿命かもしれませんが、非常に運営が難しくなってきていると感じます。では、分断の時代だから仕方がないのかというと、ビジネスとしてはそこをどうやってリスクを減らしながら、企業として成長していくかが問われます。
先ほど申し上げたように、我々が掲げている4Sモデルも徐々に他国・地域でも理解されるようになってきました。我々がやってきたことをストーリーとしてしっかり伝えていけば、皆さんも自分事として考えて行動していただけるのです。お客様を中心とした4Sモデルだからこそ、皆さんに受け入れてもらえているのだと感じます。