産業政策がガラリと変わった
─ 日本では石破茂・首相が誕生し、米国では11月に新たな大統領が決まります。こうした激動期にあって、北畑さんは今の日本に必要な政策とは何だと考えますか。
北畑 最近、〝経済安全保障〟という言葉をよく聞くようになりました。産業政策がガラリと変わったように思います。
ニッセイ基礎研究所 チーフエコノミスト・矢嶋康次の提言「岸田政権が残した光と影」
例えば、半導体ではTSMC(台湾積体電路製造)の工場建設に日本政府が総額1兆円を超える補助金を出すなど、わたしが経産省にいた頃には考えられなかったことです。米国に産業政策は良くないと言われて、マクロ経済政策、規制緩和と制度改革で産業振興はできると考えてきたのです。
ところが、米国では2004年に医療産業をモデルに産業政策を推進する「パルミサーノレポート(米競争力評議会報告)」がまとめられた。中国は、2015年に「中国製造2025」を発表し、半導体、ロボット、最先端鉄道、省エネ自動車、新素材など重点10分野を定めて、日本企業に追いつけ、追い越せと強烈な産業政策を推進しています。EU(欧州連合)は、カーボンニュートラル(温暖化ガス排出量実質ゼロ)やリサイクルなど、環境規制を口実に自国産業の保護育成をしています。
ウサギとカメの眠れるウサギ状態が続いていたのです。経済産業省は、2022年に「産業政策の新機軸」を発表して、大転換をしました。
─ 国と企業の関係、もっと言えば、産業政策はどうあるべきか? ということですね。
北畑 ええ。日本は家電も、半導体も衰退してしまった。マクロな経済政策だけでは不十分で、今は産業政策による立て直しが必要です。
ただ、幸いにして、日本ではトヨタに代表される自動車が健闘している。岸田政権では中国に技術を盗まれる、競争力を失うという危機感があって、日本の自動車関連、半導体、電池材料等の技術を守ると宣言しました。石破政権にも、その路線を踏襲してほしいと思います。
結局、今でも日本が強いのは、自動車や半導体、電池を支える裾野産業なんですよ。
─ つまり、素材メーカーですね。
北畑 はい。米IBMが2021年に川崎(神奈川県)に量子コンピューターを持ってきたんですが、部品、素材の4割は日本で調達できると言うんです。
また、TSMCは熊本と米アリゾナに工場を建設中です。台湾経済部の担当者が言うには、米国は失敗するおそれがあるが、日本は必ず成功すると。
その理由は、米国にはマイクロソフトやアマゾンのような巨大IT産業はあるけれど、裾野産業がほとんどない。半導体は研究開発に成功しても歩留りを上げないと事業は成功しない。その点、日本には一緒になって、スリ合わせで、生産技術を向上させる裾野産業、グローバルニッチ企業が存在し、熊本に多くの会社が進出しているから成功すると言うのです。
─ その分析は面白い見方ですね。日本にはモノづくりの基盤があると。
北畑 要するに、日本には家電メーカーや自動車メーカーに鍛えられた素材メーカー、部材メーカーが沢山ある。会社の規模は小さくてもニッチなハイテク企業が沢山あって、これが救いなんですね。
わたしはやはりトヨタなど、自動車産業が家電のように国際競争で負けていたら裾野産業も終わっていたと思います。しかし、トヨタが頑張っている間にTSMCが来て、今度は北海道にラピダスができる。日本の裾野産業は生き残ることができるだろうと思います。
今まではそうした戦略が無かったので、重要な裾野産業がどんどん中国へ行き、結果として、中国の産業を強くすることに貢献していた。経済安全保障の観点から、中国等の軍事技術向上につながる技術移転を規制し、また、日本の戦略産業の研究開発を支援すると同時に技術移転、意図せざる流出には対策を講じることになりました。