石破茂政権が国民の「納得と共感」を得られるのか─。首相の石破が衆院解散に踏み切ったのは10月9日。首相に就任してから、わずか8日後のことだった。しかも解散から18日後に投開票されるという異例のスピード選挙。「政治とカネ」の問題で地に落ちた国民の信頼を取り戻し、政権基盤を固めたかったようだが、様々な火種も抱え込んだ。取り組むべき課題が山積する中で、政治の停滞は許されない。石破は衆院選を経て政権基盤を固められるのか。間もなく国民の審判が下される。
旧安倍派つぶし
衆院が解散された10月9日夜、石破は首相官邸で記者会見を開き、衆院選の公約に掲げている「地方創生」にふれながら強調した。
「新たな地方創生は、いわゆる町おこしの延長ではない。日本の社会のあり方を大きく変える日本創生の試みだ。この大変革を思い切って実行するためには国民の皆様方からの信任が必要。この解散は『日本創生解散』だ」
そして、「あらゆることを総動員して、もう一度、地方創生、日本創生に取り組んでいく」と力を込めた。
衆院を解散する─。記者会見から3時間半ほど前、衆院本会議場で額賀福志郎議長が解散詔書を読み上げた。慣例であれば直後に万歳三唱が起きるが、今回は野党席からはヤジが飛んだ。万歳のタイミングは大きくずれ、万歳をしない与党議員も目立った。選挙戦に挑む高揚感はなく、自民党内の足並みの乱れが浮き彫りになった。
自民党総裁の石破は衆院解散を控え、幹事長の森山裕、選挙対策委員長の小泉進次郎らと派閥「裏金事件」で政治資金収支報告書に不記載があったとして今年4月に党の処分を受けている、いわゆる「不記載議員」の衆院選での公認問題を巡って協議を重ねてきた。
重い処分を受けた不記載議員と、軽度の処分であっても国会の政治倫理審査会で説明していない不記載議員を公認しない方針を決定。さらに、地元での理解が十分に進んでいない議員を非公認とするほか、全不記載議員の小選挙区と比例代表の重複立候補を認めないことも確認した。
その結果、12人を非公認とすることが正式に決まった。石破は「自民党所属の議員には有権者一人ひとりに真摯に向き合い、説明を尽くし、理解を得て一票一票を積み重ねる努力を行っていくことを求めることで、党として国民の皆さんの『納得と共感』を取り戻したい」と理解を求めた。
しかし、自民党内に大きな波紋が広がった。もともと都道府県連の公認申請を受け、不記載議員も原則公認することが既定路線となっていた。「短期決戦」に挑むにあたり、旧安倍派議員らから聴取する時間がなく、再発防止策を徹底することなどで国民の理解を得られると踏んでいた。ところが、「実態解明が進んでいないのに、なぜ公認するのか」など世論の逆風が強まった。野党側も、公認の是非について徹底的に議論するとしてきた石破への批判を強めたため、厳しい姿勢へと転換したのだ。
衆院選で他の議員に逆風が向くことを警戒し、衆院選への影響を最小限に抑えたいとの思いがあったからにほかならない。党内には「それくらい厳しくしないと国民の『納得と共感』は得られない」「厳しい対応はマイナスにはならない。20~30議席は減らさずに済んだ」など、一定の理解が広がった。
一方、旧安倍派議員を中心に「旧安倍派つぶしだ」といった不満が吹き出した。4月に党としての処分をしていることや、公認基準を一部の執行部だけで決めたことに対し「一事不再理の原則に反するし、決定プロセスもおかしい」などの声もあがった。
心変わりはなぜ?
石破の党内基盤は脆弱だ。これまで長く党内野党に甘んじてきた。石破が率いた石破派は2021年12月に「派閥」から派閥と掛け持ちが可能な「グループ」に移行。今年9月の総裁選でも自身のグループだけでは立候補に必要な20人の推薦人は足りず、出馬するまでに時間がかかった。
そのためか、5度目の挑戦で総裁の座をつかみ、10月1日に第102代首相に選出されると、「石破カラー」を出さず、党内融和を優先させた。
アジア地域に集団安全保障の枠組みをつくるアジア版NATO(北大西洋条約機構)創設だけでなく、日米同盟の強化を目指した日米地位協定改定や米国に自衛隊の訓練基地設置といった持論を封印。いずれも「党内の意見がまとまっていない」ことなどを理由に、10月4日の所信表明演説で言及することを避けた。
また、総裁選の期間中に言及してきた健康保険証のマイナ保険証への一本化時期を見直す考えを改め、スケジュール通りに12月から健康保険証の新規発行をしない方針を表明した。選択的夫婦別姓導入の前向きな言動も「個人的な見解を申し上げることは控える」などと慎重姿勢へと転換した。金融所得課税の強化も封印している。
さらに、「社会のあらゆる組織で、あらゆる場面の意思決定において女性が参画することを官民共通の目標とする」と語っていたにもかかわらず、石破内閣の19人の閣僚のうち女性は2人にとどまったこともあって、石破には「変節」「言行不一致」などの批判がつきまとった。
中でも「最大の変節」として野党の集中砲火を浴びたのが、衆院解散だった。
石破は総裁選の期間中に「自民党の都合だけで(衆院解散を)勝手に決めるなということ」「国会で野党ときちんとした論戦をし、主権者である国民に判断材料を提供しないといけない」などと語り、早期解散に慎重な考えを示してきた。
ところが、新総裁に選出されると180度転換。しかも、首相に就任する前の9月30日の記者会見で「首相でない者がこのようなことを行うのは、かなり異例なことだと承知をしている」としながらも、速やかに衆院を解散して10月27日投開票の日程で衆院選を実施する考えを表明した。
そういうことから、一気に「変節」という言葉が浸透。さらに「首相の専権事項」とされる解散権を、まだ正式に就任していない段階で振りかざしたことで「不見識極まりない」「国会軽視だ」などの批判が強まった。
立憲民主党代表の野田佳彦は10月7日の衆院代表質問で「内閣総理大臣就任前の一国会議員であったものが、こともあろうに憲法第7条に定められた衆議院の解散や総選挙の公示といった天皇の国事行為に踏み込んだ発言をしたことは、断じて許せない。軽はずみな発言を反省していただきたい」と厳しく批判した。そしてこう質している。
「予算委員会を開いて、与野党で議論をし、そして国民の判断材料を整えてから信を問うべきだと言っていた。ところが総理に就任したら戦後最短で衆院解散・総選挙を行おうとしている。この心変わりはなぜなのか」
石破は答弁で「新しい内閣が発足したことに伴い、国民の意思を確かめる必要があるとの観点から判断した」と述べるにとどめた。
衆院選の結果次第で……
石破は歯に衣着せぬ物言いと、筋を通す姿勢が好感され、常に首相にふさわしい議員のランキング上位に名を連ねてきた。ところが、党総裁、首相になった途端、持論を封印したことから、世論の風向きは急速に変化した。
報道機関の世論調査で内閣支持率をみても、朝日新聞=46%(10月1、2両日実施)▽毎日新聞=46%(10月3日実施)▽読売新聞=51%(10月1、2両日実施)─となっており、新首相に対する「ご祝儀相場」はみられなかった。日本経済新聞社とテレビ東京による緊急世論調査では石破内閣支持率は51%で、内閣発足時の支持率としては比較可能な記録で最も低かったという。
それだけに、ここで世論の風向きを変えないと「短期決戦」が逆効果になりかねないと考えても不思議ではない。「政治とカネ」を巡る公認問題で、党内融和から世論重視へと舵を切り、旧安倍派に対する厳しい姿勢を示すことで、国民の理解を得ようとする判断に傾いたようだ。
どこか小泉の父の元首相・小泉純一郎の政治手法に似ている。首相時代の純一郎は「内閣の方針に反対する勢力は全て抵抗勢力だ」と訴え、持論の郵政民営化に反対する勢力との〝戦い〟を演出することで、強いリーダー像をつくっていった。同じように、石破にとっても、旧安倍派から強い反発、厳しい批判が起きれば起きるほど、毅然と立ち向かう姿勢をアピールすることができる。
しかし、独自の政策を実現させるために「抵抗勢力」をつくって自身の求心力を高めようとするものではなく、世論の支持離れを防ぐために「政治とカネ」の問題を振り払おうとしているだけでは、逆に「変節」「二転三転」の印象を強めることになりかねない。野党側は「衆院解散ありきで厳しい姿勢を見せるための取り繕いだ」などと冷ややかに突き放した。公認問題を巡る自民党内のドタバタは国民の目にどう映っただろうか。
石破周辺は「自民党を救うために旧安倍派を切った。ギリギリの判断だった」と説明する。だが、党内に大きなしこりを残したのは間違いない。石破の政権基盤がさらに脆くなる可能性があり、ベテラン議員は「全ては衆院選の結果次第だ。自民党単独で過半数(233議席)を維持できなければ、今は静かにしている旧安倍派議員らが『石破降ろし』に動くだろう」と指摘する。
そうなれば、衆院選後に自公両党で政権を維持できたとしても、石破が打ち出した「令和の政治改革を断行」「2020年代に最低賃金1500円を実現」「地方創生のための『新しい地方経済・生活環境創生本部』創設」といった政権公約を遂行する体力は大きく削がれることになる。
内憂外患の時代に……
「党内融和を優先させるつもりはない。党内融和よりも国民の皆様方の共感を得ることが大事だ。国民の信任を得て、一つひとつ総裁選で述べたことを実行していく」。石破は10月9日の記者会見できっぱりと明言した。
日本は今、戦後最も厳しいとされる安全保障環境に直面し、国民の生命と財産を守るために防衛力の抜本強化が急務とされる。デフレから脱却できるかどうかの瀬戸際にある日本経済を「賃上げと投資が牽引する成長型経済」に確実に向かわせることも急がれる。「永田町の論理」で動く政治から、国民本位の政治に変える政治改革への世論の期待も根強い。
日本は「内憂外患」の時代にあるとされ、重要な政策課題が山積しているだけに、足踏みをしているわけにはいかない。明確な国家戦略ビジョンを持ち、強い覚悟で政策遂行するリーダーが必要だろう。石破にその役目を託すのか。国民の判断は10月27日の衆院選で示される。
(敬称略)