皆さんは近所の公園や庭の中にどんな生きものがいるのか、そして彼らがどんなふうに生活しているのかを想像したことがありますか? そんな“半径5メートルから自然を考える取り組み”を広めている人がいます。
こんにちは。科学コミュニケーターの上田です。
今回は人と自然の関係性を根本的に捉えなおす視点として注目されているマルチスピーシーズの考え方について、実践編をお送りします! 前回のブログ「マルチスピーシーズってなに?」を読まれていなくても大丈夫ですが、マルチスピーシーズの考え方を知ったうえでこちらを読んでいただくと、より理解が深まると思います。
マルチスピーシーズってなに? | 科学コミュニケーターブログ (jst.go.jp)
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20240415post-508.html
はじめにマルチスピーシーズの基本的な考え方について振り返ってみましょう。大事なポイントは、人間中心的な考え方から抜け出すこと、そしてそのために自分たちの生活とつながっている生きものの存在や、さらには生きものが主体的に活動する上でニーズをもって生きていることを意識することでした。
私自身もマルチスピーシーズの考え方を聞いて以来、身の回りの生きものを意識するようにはなりました。しかし生きものの主体性やニーズといったところまで深く考える難しさを感じています。
ではどうしたらそれができるのでしょうか。今回はマルチスピーシーズの考え方を実践するためのヒントを探して、一般社団法人Deep Care Labの川地 真史(かわち まさふみ)さんにお話をうかがってきました!川地さんは生きものに限らず「あらゆるいのちへの、ケアする想像力を。」をテーマに、過去や未来も含んだ人々や生きものが互いにケアしあえる社会や文化を目指して活動されています。
どのようにして人間以外の生きものの存在や彼らのニーズを意識したらいいのでしょうか? その具体的な方法は? さっそく川地さんのお話を聞いてみましょう。
ーマルチスピーシーズの考え方を知って以来、自然や生きものの存在を意識するようにしているのですが、なかなか難しく感じています。ふだんの生活のなかで生きものを感じとるための工夫などはありますか?
川地さん
新型コロナが流行していた時期に、自分のまわりの人や自然、物とのつながりを探りながらそれぞれのウェルビーイングを考える探求コミュニティをたちあげました。そこで自然とのつながりを意識するためのエクササイズとして行った取り組みが参考になるかもしれません。具体的には、参加者の人たちに自分の生活の範囲内、半径5メートル以内で自分と利害関係にある生きものの写真をシェアしてもらったんです。
ーなんとなくイメージは持てますが、利害関係と言われると、これだ! と言いづらいですね。
川地さん
参加者のなかには身近なペットはもちろんですが、ふだんは見過ごしている道端の雑草に注目する人もいました。自分が身の回りにいる生きものに何をしてあげているか、そして何をしてもらっているかというケアの関係性を各々で考えたり、他の参加者の意見を参考にしたりしながら、みんなで探索していきました。「マルチスピーシーズの考え方を知る」といった概念的な部分から始めるよりも、自分の暮らしの中にあるものを違う角度から見直すような取り組みが大事だと思っています。
ーなるほど。知識をつけるよりも、まずはふだんの生活にマルチスピーシーズの視点を入れて考えてみることを大事にされているんですね。「半径5メートル以内で考える」というのは鍵となる考え方になりそうです。さらにもっと深く生きもののニーズまで考えられる取り組みもあれば教えてください。
川地さん
この探求コミュニティの人たちと、「人間以外の生きもののニーズにも目を向けてみよう」というワークショップを企画したことがあります。生きものの居場所を増やすために、コンクリートの道路をすべて土に変えた未来の世界を舞台にしたロールプレイです。参加者の皆さんには、意見交換会に参加するいろいろな関係者に扮して意見を述べてもらい、立場ごとの視点の違いや意見の対立から、何か学びを得てほしいと考えました。参加者が扮する役柄の多様さが工夫の一つで、環境保全家の人や車いすユーザーさんのような人間だけでなく、ハトや雑草という非人間の関係者も登場させています。ハトや雑草の視点で都市を考えてみると、身近な生きものがどんなニーズを持ちながら毎日生きているのかという、ふだんは想像しないようなこともイメージできます。
ーハトや雑草のニーズですか! いったいどんな意見が出たんですか?
川地さん
都会だとビルが多くて日影ができやすいため、もっと日なたがほしいといった意見がありました。草の視点に立ってみて初めて気づくこともあると思います。
ー私自身は大学でニホンザルの研究を行っていました。集落の人たちの間で獣害対策を考える会議が開かれたとき、当時教えてもらっていた先生はサルの知識を活かしてニホンザル役として参加したことを思い出しました。
川地さん
そうですね。住民とサルが対立しているような実際の現場になると、生態学などの知識を活かしてその生きものの本当のニーズがどのようなものかを想像していくことが大事になると思います。
私たちのワークショップでも、雑草の視点だと道路が土に変わることで繁茂しやすくなる一方で、車いすユーザーさんは移動が不便になりそう、というように、雑草と人の意見が対立したことがありました。自然との共生というとついついポジティブなイメージをしてしまうかもしれませんが、いざ実現しようとすると新たな対立が生まれるかもしれません。イベント後に参加者からも生きものと共生することの難しさへのモヤモヤ感が共有されました。
ー川地さんがこういった取り組みに関わろうとしたきっかけなどはありますか?
川地さん
新型コロナが流行してすぐのころ、フィンランドの大学院に通っていました。大学の中には森があって、人とのつながりが希薄になった生活の中でも、森に住まう生きものたちの存在を常に感じることができました。都市で生活していたころには意識していなかった自然とのつながりを感じることで、当時かかえていた生きづらさが楽になったんです。(自然や生きものを含めた)他者とのつながりを回復する中で自分自身の生きづらさがケアされるというミクロな視点と、人間中心的な考え方自体が原因で生じている環境問題の解決のためには、自然との相互の関係性に基づく世界観とシステムを再構築することが大事ではないかというマクロな視点。その両方を整理した考えが、私たちの法人名である「Deep Care(ディープケア)」というコンセプトにつながっていきました。
ーDeep Care Labさんのコンセプト「あらゆるいのちへの、ケアする想像力を。」につながるわけですね。
川地さん
そうですね。私たちは自然だけでなく、自分の祖先や未来の子孫など、自分と関わる人間同士のつながりにも思いを馳せています。人や自然とのつながりを再構築する過程で自分や他人、そして人間以外の生きものを含めた他者をケアしていくことができないかと考えています。
ーケアの対象を祖先や子孫を含めた人間に限定せず、人間以外の生きものにまで広げるところに深さを感じます。でも自分だけでなく他の生きものや自然に対するケアという考え方がなかなかイメージできません。何か具体例はありますか?
川地さん
ビジネスやアート、人文社会学など様々な視点を混ぜ合わせて新たな価値創造(イノベーション)を考えるための京都クリエイティブ・アッサンブラージュという名前のプロジェクトがあるのですが、その中でマルチスピーシーズの考え方を取り入れたケアを考えるプログラムを行いました。そのプログラムの初めに行うフィールドワークでは、「土のケアを考える1週間」というお題を出しました。土という、生物でも人工物でもない存在のケアを考えながら、自分のまわりを取り巻くものたちを想像していくというものです。
ー土のケアですか! どんなふうに考えていくんですか?
川地さん
土のケアという抽象的なお題に対して、参加者の皆さんは思い思いの実践をしてくださいました。最初は身の回りの土という切り口で考え始めるのですが、土に分解される植物など、徐々に土を中心とした関係性の輪が広がっていきました。それぞれの参加者が人や人以外の生きもののような“関係者”をマッピングしていくと、様々な関係図ができました。
ーそれぞれの住む場所や立場によって利害関係者が変わりそうですね! 先ほどの半径5m以内で考えるというお話ともつながりそうです。でも土のケアという行為にこれという正解はあるのでしょうか?
川地さん
何をもってケアとするかは決めておらず、それぞれの人に考えてもらっています。今回のように人ではなく土を相手にケアを考えるうえでは、まずは自分に何ができるかを考えるところから始まります。土や、土からつながる関係者たちという他者が何をしてほしいかという呼びかけに気づき、自分がどのように応答するかを考えます。その人の心や体の状態によってできることが変わる点も大事です。やはり忙しいときはケアもできなくなる。土から対象が少し変わりますが、身近な道具のケアを考えていた参加者のお一人が「スニーカーのケアができなかった日はスニーカーに見つめられている気がする」という振り返りをされていたことが印象的でした。スニーカーという、意識していなかった存在の行為主体性がいやおうなく急に立ち上がってきて、その方は土に対して何もできていないことに対してモヤモヤしていました。
前回のブログに登場したルプレヒト先生の話にも「マルチスピーシーズは気づきの術」という言葉がありましたが、気づくことは他者を意識することの始まりなんですね。そしてその他者からの呼びかけにどう自分なりに答えるかが大事だと思います。
ー自然をケアするといっても、何か決まった方法があるわけではないんですね。そもそも自分の身の回りの自然環境は人それぞれ違うし、ケアできることも自分自身の状態によっても変わる。ケアの方法はその人自身が模索していくものなんですね。
川地さん
おそらく自然との距離が近い伝統的な生活を続けている人たちは意識せずとも行っていることだと思います。でも都会では伝統的な知識からも切り離され、個々人を取り巻く状況も様々です。自分自身や生きもの、そして自然をケアするための具体的な方法は先人からも学びつつ、一人一人がこれから考えていくことになるのではないでしょうか。
土のケア、実践してみた
土のケアの話をうかがって、上田も後日、土のケアを考える1週間をもうけてみました!日記形式で考えてみました。
何も植えていなかった土に今にも枯れそうな植物を植えてから意識が変わっていきました。植物自身が元気になってくると自分自身にも元気をもらえたような。他者をケアすることで自分自身もケアされるという川地さんの考え方が少しわかった気がしました。
川地さんからお話をうかがって、身近な生きものを気づかう術はもちろんですが、生きもののニーズを考えること、そしてそのニーズに自分なりにどう応えられるかを考えることがケアにつながることがわかりました。また利害関係者という言葉がよく出てきましたが、自分自身が生きものから何を受け取っているかだけでなく、自分が何を提供しているか、あるいはこれからしてあげられるかを考えることが大事という知見を得ました。ぜひ皆さんも土のケアに挑戦してみてください。そして自分自身も生きものや自然に何ができるか、一緒に考えていきましょう!
関連リンク
- 一般社団法人Deep Care Lab https://deepcarelab.org/
執筆: 上田 羊介(日本科学未来館 科学コミュニケーター)
【担当業務】
アクティビティの企画全般に携わり、生きものや地球環境問題を主なトピックとして、研究者や企業の人たち、一般の人たちなど異なる立場の人が交わる場づくりや情報発信に取り組む。これまで環境DNAを使って生態系への好奇心を刺激するワークショップの開発や、プラスチック問題に取り組む企業と来館者がアイデアを提案し合えるパネル展示の制作などを担当。
【プロフィル】
大学時代は農家さんのお手伝いや、野菜を食べるニホンザルの研究を行っていました。人と生きもののより良い関係性を考えたくて未来館へ。日々の仕事で色々な方と接するうちに、移ろう季節の中で日々変化する身近な自然を楽しむことが趣味になりました。最近は人にとっても生きものにとっても豊かな社会がホットトピックです。
【分野・キーワード】
生物多様性、環境問題、野生動物との軋轢(獣害)、景観生態学