東京大学(東大)と科学技術振興機構(JST)は10月21日、「固体酸化物燃料電池」(SOFC)の固体電解質内部における空間電荷層の直接観察に成功したと発表した。
同成果は、JST 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)「柴田超原子分解能電子顕微鏡プロジェクト」によるもので、東大大学院 工学系研究科 附属総合研究機構の遠山慧子助教、同・関岳人講師、同・フウ・ビン特任准教授、同・幾原雄一特別研究教授、同・柴田直哉機構長/教授らの研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。
CO2排出量が少なくクリーンかつ発電効率が高いSOFCは、固体電解質として「イットリア安定化キュービックジルコニア」(YSZ)などの酸素イオン伝導体が用いられており、その中を酸素イオンが高速に移動することにより動作することが分かっている。これは酸素イオンの伝導性を向上させることが、電池性能の改善につながることを意味している。YSZは、さまざまな結晶方位を持った結晶粒が界面(結晶粒界)を介して結合した多結晶体だが、イオン伝導の抵抗が生じ、伝導率が低下する場合があることが課題となっていた。その抵抗は、結晶粒界で電荷が不均一となることによる空間電荷層が原因であると長年予想されていたが、ナノメートルの大きさであり、実験的な実証は困難であることから、その原因は未解明のままだったという。
そうした中、近年になって、走査透過電子顕微鏡(STEM)を用いた「微分位相コントラスト(DPC)法」による電場・電荷観察手法が発展。特に、研究チームが開発した、結晶界面の電場・電荷を定量的に観察する「傾斜スキャン平均DPC(tDPC)法」は、半導体ヘテロ接合の二次元電子ガスの局所的な定量観察にも成功しており、同手法により、それまで不可能だった結晶粒界における電場・電荷分布を定量的かつ高空間分解能で可視化できることが期待されるようになっていたという。そこで研究チームは今回、YSZの結晶粒界に対して高分解能電場観察を行うことで、電場・電荷をナノオーダーで直接計測し、空間電荷層の存在を実証することにしたという。
観察にはtDPC法のための独自システムと、超高速・高感度分割型検出器を搭載した「原子分解能磁場フリー電子顕微鏡」(MARS STEM)が用いられた。また「双結晶法」を用いて精密に制御されたYSZのモデル粒界に対して電場観察、原子構造観察、組成分析を行うことにより、各結晶粒界における空間電荷層の違い、および原子構造との相関性を明らかにすることにしたとする。
「原子分解能HAADF-STEM法」によるYSZ粒界の観察と、「STEMエネルギー分散型X線分光法」によるイットリウム濃度の分析の結果、結晶の方位が異なると粒界面が異なることになり、それに伴ってイットリウム濃度が異なることが確認されたほか、tDPC法による水平方向電場観察からは、粒界から湧き出る電場が観察されたという。解析の結果、この湧き出る電場では結晶粒界の中央部が正に帯電していること、中央部周辺の空間電荷層内に負の電荷が存在していることが判明し、電場が結晶粒界の種類ごとに大きく異なり、イットリウムが多く高濃度化している2つの粒界において、空間電荷層が存在していることが確かめられたという。
一方、高濃度化していない結晶粒界では空間電荷層も小さいことも明らかにされた。結晶粒界周辺の空間電荷層の負の電荷は、イオン伝導キャリアである酸素空孔が結晶粒界の中央部の正電荷に反発し、空乏化した結果であると考えられるとしているほか、逆にジルコニウムサイトに置換したイットリウムは負に帯電しているため、結晶粒界の中央部の正電荷に引き寄せられ、結晶粒界で高濃度化したことが考えられるとしている。酸素空孔が空乏化した結晶粒界においては、伝導キャリアが不足することから、酸素イオン伝導性が低下する要因になることが推測されると研究チームでは説明している。
なお、研究チームでは今回の研究から、まったく空間電荷層のない結晶粒界が発見され、こうした結晶粒界を優先的に材料中に形成することで、イオン伝導体の性能向上につながることが考えられるとしており、今回の成果が電池材料のイオン伝導性の向上に向けた新たな制御指針の構築につながることが期待できるとしている。
また、結晶粒界の空間電荷層は、YSZに限らず、リチウムイオン電池の材料など、他のイオン伝導体でも伝導特性に影響を与えることが考えられているとのことで、今回の研究成果は、さまざまな電池材料の特性の発現機構を理解する上で、重要なブレークスルーになる可能性があるともしている。