みなさん、こんにちは!科学コミュニケーターの若林です。
日本科学未来館では、毎年ノーベル生理学・医学賞、物理学賞、化学賞の発表の瞬間を、科学コミュニケーターと一緒に楽しむための番組をお届けしています。
今年(2024年)は、10月7日(月)、8日(火)、9日(水)の3日間、ニコニコ生放送やYouTubeで生配信を行いました。
番組は各賞発表の1時間前から開始し、発表の瞬間を現地発表会見の中継映像を交えながら速報でお届けするというものなのですが……なんと、今年は化学賞の予想が見事に的中! 受賞発表前に番組で紹介したタンパク質の構造予測ソフトウェア「AlphaFold(アルファフォールド)」が、実際に2024年のノーベル化学賞を受賞したのです……!!!
ブログの前編では、改めて今回のノーベル化学賞の受賞内容を解説したいと思います。
2024年ノーベル化学賞の受賞者は?
2024年のノーベル化学賞は、コンピューターを用いてタンパク質の構造を明らかにした功績が評価され、デビット・ベイカー氏に半分、デミス・ハサビス氏とジョン・ジャンパー氏のお二人に残りの半分が授与されました。
ところで、「半分」を受賞する、とはどういうことでしょうか?
ノーベル賞は最大3名の共同受賞が可能ですが、受賞者の貢献度が必ずしも均等に分けられるわけではありません。今回のケースでは、計算によって人工的にタンパク質を設計する技術を開発したベイカー氏が2分の1を受賞、タンパク質の立体構造を高精度で予測する技術を開発したハサビス氏とジャンパー氏がそれぞれ4分の1ずつを受賞しました。
それでは、彼らの具体的な研究内容を見ていきましょう!
2024年ノーベル化学賞をざっくり解説!
アンフィンセンのドグマタンパク質は、20種類あるアミノ酸という分子が鎖のようにつながってできた「ひも」状の分子です。この「ひも」が折りたたまれて、複雑な立体構造をつくり上げています。
タンパク質の立体構造は、アミノ酸配列によって決まるといわれています。1972年にノーベル化学賞を受賞したクリスチャン・アンフィンセン氏は、「アミノ酸の配列が決まれば、タンパク質の立体構造も決まる」という説を提唱しました。これは「アンフィンセンのドグマ」とよばれています。
しかし、実際にアミノ酸配列からタンパク質の立体構造を予測することは非常に難しく、この問題はアンフィンセンのドグマが提唱されてから約50年間、生命科学分野で解決されないまま残っていました。
ここで、もしタンパク質の立体構造がアミノ酸配列によって決まるのなら、逆にアミノ酸をうまく並べれば、希望する形のタンパク質をつくり出せるのでは?という考えが生まれます。それを実現したのがデビット・ベイカー氏です。
2003年、ベイカー氏は、自然界に存在しない新しいタンパク質を設計し、彼が開発した「Rosetta」というプログラムを使って、その立体構造をつくるためのアミノ酸配列をコンピューターで導き出しました。そして、実際にその配列をもとにタンパク質をつくり、X線結晶構造解析を行ったところ、設計通りのタンパク質がつくれていたことが確認されたのです。
その後も、ベイカー氏らは次々と新しいタンパク質をつくり出していきます。医薬品やワクチン、ナノマテリアル、小型センサーなど、さまざまな用途で使える、想像力豊かなタンパク質を次々と設計・開発しているのです。
新しいタンパク質の設計が可能になった一方で、アミノ酸配列からタンパク質の構造を正確に予測する技術は、なかなか進展しませんでした。多くの研究が行われていたものの、長い間、予測精度が50%を下回る状態が続いていたのです。
しかし、2020年に大きなブレイクスルーが訪れます。デミス・ハサビス氏とジョン・ジャンパー氏が開発したAIツール「AlphaFold2」が発表され、これを使うことでタンパク質の構造を90%近い精度で予測できるようになりました。
AlphaFold2は、ディープラーニングという技術を用いて膨大なデータベースからアミノ酸配列のパターンを学習し、その情報を基に構造を予測します。この技術は、まさに同年度の物理学賞の内容にも関連している部分ですね。
AlphaFold2のおかげで、研究者たちは病気が進行する理由や抗生物質耐性が生じるメカニズム、さらにはプラスチックを分解する酵素の構造などを、より深く理解できるようになりました。このAIツールが、すでに190か国で200万人以上に使用されているという事実は、AlphaFold2が世界中にどれほど大きなインパクトを与えたかを物語っています。
研究がコンピューターの中で進む時代が来る……?
ところで、皆さんは科学の分野でコンピューターやAIによる研究がノーベル賞を受賞する時代が来たことについて、どのように思ったでしょうか?
「これって本当に化学の研究なの?」と思った方もいるかもしれません。確かに、化学者というと、白衣を着てさまざまな試薬や器具を使いながら実験をしているイメージが強いですよね。しかし、今回受賞した研究はそんなイメージとはかけ離れたものでした。
でも、少し視点を変えてみましょう。例えば、100年前の化学者を想像すると、その姿は今とはかなり異なっていたはずです。というのも、実験機器も設備も、今ほどまでには発達していなかったからです。研究の手法は、時代を通して変わっていくものです。そう考えると、今回の受賞は化学の研究が進化していることを象徴する出来事といえるのではないでしょうか。
ちなみに、「コンピューターを用いて」行われる研究は、生体中で実験することを意味する“in vivo(インビボ)”、試験管の中で実験することを意味する“in vitro(インビトロ)”に対し、“in silico(インシリコ)”と呼ばれます。“silico”というのは、シリコン(Si)、つまりケイ素のことで、コンピューターに用いられる半導体にケイ素が多く含まれていることに由来します。
化学を探求する手法も広がってきているのかもしれません。
ブログは後編に続きます!
今回のブログでは、2024年度のノーベル化学賞を受賞したベイカー氏およびハサビス氏・ジャンパー氏がどのような功績で受賞したのかを解説してきました。
後編では、番組中にはお伝えできなかったAlphaFold2の原理について、もう少し詳しく解説します。どうしても深く理解しようと思うと難しいノーベル賞ですが、ちょっとでも理解が進むように、頑張って解説しています……!
さらに、どうしてわたしたちの予想が的中したのか、発表の瞬間には何が起こっていたのかに関する裏話についてもお伝えしますので、ぜひ併せてご覧ください!
執筆: 若林 里咲(日本科学未来館 科学コミュニケーター)
【担当業務】
アクティビティの企画全般に携わり、展示解説や発信活動を実施。
【プロフィル】
進路に悩んでいた高校3年生の時、偶然手に取った本がきっかけで「サイエンスライター」という職業を知り、科学コミュニケーションに興味をもつようになりました。
大学・大学院では化学専攻として創薬の基礎研究に携わり、修士号を取得。その後、総合系コンサルティングファームに入社し、電力・エネルギー業界の案件を中心に担当してきました。
未来館では、科学の楽しさや魅力を共有しながら、私たちの暮らす社会や地球のこれからを、みなさんと多様な視点で考えたいと思います。
【分野・キーワード】
化学、電力