欧州の宇宙企業アリアンスペース(Arianespace)は2024年10月4日、ステファン・イズラエルCEOの来日に合わせ、都内で記者会見を開いた。
今年7月に初飛行に成功した「アリアン6」ロケットをはじめ、年内の打ち上げ再開を目指す「ヴェガC」ロケット、そして新たな小型ロケット「マイア」など、欧州のロケットの最前線と展望について語られた。
アリアンスペース
アリアンスペースは、1980年に設立されたフランスに拠点を置く企業で、欧州のロケットの運用、ミッションの管理、マーケティングなどを担当している。
欧州は1979年、欧州宇宙機関(ESA)主導の下、各国で共同開発した「アリアン(Ariane)」ロケットを打ち上げ、自立した宇宙への輸送手段を手に入れた。そのアリアンを運用する会社として創設されたのが同社である。
同社はまた、世界初の商業打ち上げサービスのプロバイダーとしても知られる。いまでこそ、商業打ち上げ――国内外の民間の衛星事業者などから受注して、ビジネスとして行うロケットの打ち上げ――は当たり前になったが、アリアンスペースはその先駆者だった。
同社はこれまで、大型ロケット「アリアン5」、中型ロケット「ソユーズ」、小型ロケット「ヴェガ」の3機種を運用し、大中小とラインアップすることで、さまざまな衛星の打ち上げに柔軟に対応できることを特徴としてきた。
しかし、大型ロケットの市場では、2010年代から米スペースXの「ファルコン9」が台頭し、アリアン5では価格面などで太刀打ちできなくなった。
また、ソユーズはロシアから輸入して運用しており、かねてより安全保障上の懸念を抱えていた。この懸念はのちに、2022年のロシアのウクライナ侵攻によって現実のものとなり、アリアンスペースによるソユーズの打ち上げは不可能となった。
こうした背景のもと、欧州はロケットの刷新を図り、2014年から「アリアン6」の開発に着手した。アリアン6は、固体ロケットブースターの装着本数を2本と4本で変えることができ、2本のときは中型ロケット「アリアン62」に、4本のときには大型ロケット「アリアン64」になるという柔軟性をもつ。この“モジュール化”により、ソユーズとアリアン5の後継機をひとつのロケットで実現した。
また、小型ロケットのヴェガも、2022年に改良型の「ヴェガC」がデビューした。ヴェガCは打ち上げ能力を少し増して、一度に多数の小型衛星を打ち上げやすくするなど柔軟性の拡大を図ったほか、アリアン6のブースターと第1段の固体モーターを共通化し、シナジー効果によるコスト削減も図っている。
アリアン6初飛行の問題は解決、年内にも2号機の打ち上げへ
当初、アリアン6の最初の打ち上げは2020年に計画されていたが、技術的な問題や新型コロナウイルス感染症の流行の影響で、4年以上の遅れが生じることになった。
そして今年7月10日、アリアン62は初飛行に臨んだ。地球を回る軌道に到達し、技術実証ミッションとしてはおおむね成功といえる結果を残した。
しかし、計画では第2段エンジンは計3回の着火を行い、3回目の燃焼で軌道から離脱することになっていたものの、不具合により着火できなかった。
その後の調査で、第2段に搭載されている「APU(Auxiliary Power Unit)」という新開発の装置が故障していたことが判明した。APUは、推進薬である液体水素と液体酸素の一部を加熱し、ガスを発生させ、タンクを加圧したり、噴射して姿勢や加速度を制御したりといったことに使われる。この装置の故障により、3回目のエンジン着火ができなかったのである。
イズラエル氏は会見で、「現在、初飛行のさまざまなデータを詳細に分析している段階」としたうえで、「APUの問題については、すでに原因を解明した。次の打ち上げでは是正される」と語った。
また、「すでに後続機の生産も進めており、2号機の打ち上げに備えている。2号機ではフランスの光学衛星「CSO-3」を打ち上げる。年内には打ち上げたい。日時など詳細は打ち上げの1か月前には公表したい」とも語られた。
さらに、アリアン6はこれで完成ではなく、段階を踏んで改良し、性能や能力を徐々に伸ばしていくことになっている。現在、「ブロック2」の開発が進んでおり、2026年にも打ち上げるという。
ブロック2では、主に次の5点が改良される。
衛星搭載アダプターの改良
- 直径2624mmの、より大きく重いペイロードが搭載できるアダプターを開発
上段液体推進モジュール(第2段機体)の改良
- 乾燥質量(推進薬以外の質量)の最適化(軽量化)
- 第2段エンジン「ヴィンチ」の推力向上
- 低軌道に大質量のペイロードを打ち上げる際の、推進薬搭載量の増加の実現
下段液体推進モジュール(第1段)の改良
- 第1段エンジンの後部ベイからダンパーを削除し、質量を減らすなどの最適化
固体ロケットブースターの改良
- 推進薬搭載量を従来の142tから156tに増やしたP120C+モーターの開発
- 新しい上部アタッチメント
- ノーズ・キャップや下部アタッチメントの改良
打ち上げ基地の改良
- 大きく重い衛星に対応できる能力の付与
- 衛星やロケットの保管、各施設をつなぐ道路の改良
アリアン6のビジネス
ビジネス面では、アリアン6はすでに30件の打ち上げ受注を獲得しており、順調な滑り出しをみせている。
そのうち21件が民間からの商業打ち上げ、残り9件が政府系の打ち上げで、また民間からの受注のうち18件は、米Amazonが構築を目指すインターネット衛星コンステレーションの「カイパー」計画のものだという。
イズラエル氏は、「アリアン6は低軌道、太陽同期軌道、静止トランスファー軌道など、あらゆる軌道への打ち上げに対応できる。打ち上げを行うギアナ宇宙センターもそれに適した立地にある。とくに、静止トランスファー軌道への打ち上げ能力は最大11.7tで、これはスペースXのファルコン9の2倍の能力である。アリアン5から継承した静止衛星の2機同時打ち上げもできる。この能力があり、30回の受注が得られた」と語った。
また、近年は小型の静止衛星や、衛星コンステレーション用の衛星を低軌道に大量に投入する需要など、衛星のミッション、市場が多様化、拡大している。これらに対しても、アリアン6の衛星2機同時打ち上げ能力や、ブースターを4本備えたパワフルなアリアン64によって、競争力のあるソリューションが提供できるとしている。
さらに、前述したロケットの保管能力の拡大などを踏まえ、年間10機の打ち上げを目指すし、「2027年にもそのケイデンス(打ち上げ頻度)を実現したい」とした。アリアン5では年間5機から6機の打ち上げだったため、約2倍になる。
加えて「2週間に1回の打ち上げも可能だ」とし、さらなる打ち上げ頻度の向上にも意欲を見せた。
また、日本との協力関係の構築についても言及された。アリアンスペース東京事務所の代表を務める髙松聖司氏は、「日本と欧州は打ち上げ機を取り巻く環境に高い類似性があり、協力できる余地がある」と語る。
「日本と欧州は打ち上げ機を取り巻く環境に高い類似性がある。どちらも年に100機打ち上げられるわけではなく、米国ほど政府の支援が強いわけではない。厳しい環境、競争の中で、日本も欧州も先進国であるために、独自の宇宙輸送系を維持しなくてはならず、その維持のために商業打ち上げでの競争力が必要となっている。それを考えた場合に、日本と欧州は競争関係にはあるが、それはテレビなどの工業製品の競争とは性質が違う。日本と欧州が協調をして相互利益が出るような、そういった枠組みを作りたい」(髙松氏)。
アリアンスペースはかつて、三菱重工と、さらにボーイングも加えた3社で、「ローンチ・サービス・アライアンス」と呼ばれる協力関係を結んでいたことがある。これは、いずれかの企業が、なんらかの事情で商業衛星の打ち上げができなくなった場合に、他社が代わりに打ち上げを行うというものだった。
現在、この枠組みはなくなっている。2013年には、その枠組みを発展させ、打ち上げのバックアップなどを行う協業の検討を行う覚書を三菱重工との間で交わしたものの、「その後、日本はH3の開発で忙しくなり、欧州はアリアン6の開発で忙しくなったことで、検討に十分な時間を割く余力がなかった」(髙松氏)とし、実際のサービス提供などには至っていない。
そして、「いま、両社のロケットがどちらも運用に入ったことで、三菱重工と協業について話をしたい」とし、話を進めることに意欲を見せた。