東京大学 生産技術研究所(東大生研)は、絶対温度50K(約-223℃)付近において、マイクロ流体工学で広く用いられる「テスラバルブ構造」を用いた「熱整流効果」(熱が一方向に流れやすく、その逆方向へは流れにくいこと)の発現に成功したことを発表した。
同成果は、東大 生産技術研究所のシン・コウ特任助教、同・アヌフリエフ・ロマン特任准教授(現・国際研究員/フランス国立科学研究センター 研究員兼任)、同・ロラン・ジャラベール国際研究員(フランス国立科学研究センター 研究エンジニア兼任)、同・ヤンユ・グオ リサーチフェロー(ハルビン工業大学 教授兼任)、同・ユーシャン・ニー リサーチフェロー(西南交通大学 教授兼任)、同・セバスチャン・ヴォルツ国際研究員(フランス国立科学研究センター 研究ディレクター兼任)、同・野村政宏教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」に掲載された。
半導体の高性能化に加え、製品寿命や安全性を確保する上で重要性が増しているのが、効率よく排熱する材料や技術、一方向に熱を伝えやすくする熱整流機能などの熱管理技術だという。軽量かつ安価なグラファイト(黒鉛)材料を熱機能デバイスに応用できるようになれば、機器のより高度な熱管理が可能になり、多種多様な電子機器の高性能化が期待できるとされている。
天才として知られるニコラ・テスラが、マイクロ流体工学分野において開発した可動部なしに流体の流れを操作して整流できる「テスラバルブ」については、電子においても、流体的な性質を利用することで整流機能を実現できることが報告されていたが、固体中の熱整流で実現できるかどうかは不明だったという。
そうした中、研究チームが最近になって、同位体純化グラファイト材料において、結晶中における格子振動の量子(準粒子)であり、非金属固体における熱の主な運び手である「フォノン」の流体的な性質を用いた熱流の形成を観測することに成功したことから、熱整流の実現への期待が高まっていたという。そこで研究チームは今回、同バルブの概念を固体における熱流にまで拡張し、フォノンの流体的な性質を利用して「固体熱整流素子」の実現を試みることにしたという。
グラファイトは炭素で構成される鉱物だが、炭素の安定同位体には中性子が6個の「12C」と、同7個の「13C」があることから、今回の研究では、天然のグラファイト中から13Cを除去し、1.1~0.02%まで低減した「同位体濃縮グラファイト」を作成。それを用いて「フォノンポアズイユ流れ」を形成し、25~60K(約-248~約-213℃)の温度範囲で最大で15%の熱整流効果を観測したという。このポアズイユ流れとは、円形の管を流れる粘性を持った流体の流れ方で、構造中央で最も速く熱が流れ、端では流れにくいことを表すもので、フォノンの流体力学的熱輸送領域でも、同様の現象が見られることから、このように呼ばれているという。
作製されたテスラバルブ構造は、グラファイトの厚さが90nm、幅が4.5μmで、熱がグラファイト中のみを流れるようにするため、エアブリッジ構造を採用している。加熱源となる金薄膜をレーザーによって加熱すると、グラファイト構造を通ってヒートシンクに流れていく仕組みで、2つの構造の熱伝導率(κ)をさまざまな温度で測定することで、熱整流効果の観測が試みられた。
今回用いられた試料では、30~90K(約-243~約-183℃)付近の温度領域でフォノンが流体的な性質を示すフォノンポアズイユ流れを形成することがわかっている。今回の測定では、30~60K付近の領域で2つの構造で異なる熱伝導率が観測され、順方向の構造で高い熱伝導率を示し、熱が流れやすいことが判明したという。
また、45K(約-228℃)で熱整流効果が最も強く、順方向の構造の熱伝導率は、逆方向の構造の熱伝導率より15.4%高い値であることが確認されたともしており、この熱整流効果は、フォノンの流体的な性質が発現する温度領域でのみ観測されたとする。一方、流体的な性質を示さない温度領域では、その比は1であり、熱整流効果はなく、熱整流はフォノンの流体的な性質に起因することが突き止められたとした。
今回の研究から、流体で用いられているテスラバルブが、フォノンの流体的な性質を示す固体の熱整流にも適用できることが示されたほか、グラファイトが単なる放熱素材としての役割だけでなく、熱整流素子などの熱機能材料としても活用できる可能性が示されたことから研究チームでは今後、材料の高純度化や構造の改善などによって、フォノンが流体的な性質を示す温度領域を拡大することで、多種多様な電子機器の熱管理に広く利用されることが期待されるとしている。