名古屋工業大学(名工大)は10月15日、酸化モリブデン(α-MoO3)/カーボン系複合粒子の化学構造の高度な制御手法を確立。それを用いて常温・短時間合成プロセスを開発し、同粒子が太陽光のエネルギー領域をほぼ100%カバーできる光吸収性を持つことに加え、光熱変換効果を利用した急速水蒸発、光触媒・酸触媒機能による水質汚染物質分解、および重金属イオンの吸着除去に優れることなど、水質浄化・淡水化用触媒材料に適していることを発見したと発表した。

  • 今回開発された触媒による淡水化・水質浄化のイメージ

    今回開発された触媒による淡水化・水質浄化のイメージ (出所:名工大Webサイト)

同成果は、名工大 生命・応用化学類の加藤邦彦特任助教、同・白井孝准教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行する材料と界面プロセスに関する全般を扱う学術誌「ACS Applied Materials & Interfaces」に掲載された

衛生的で安価な飲料水の確保は世界的に喫緊の課題であり、現在、太陽熱界面蒸気生成法による淡水化技術が注目されている。同手法は太陽光を熱に変え(光熱変換効果)、水面付近にエネルギーを閉じ込めることで高い水蒸発効率を達成できる手法で、発生した蒸気を冷却・濃縮することで淡水として回収するというものだが、従来の光熱変換触媒では、光吸収範囲が制限されることがエネルギー変換効率向上の妨げとなっていたという。

α-MoO3は、層間に多様なイオンや分子を出し入れでき、その挿入量に応じて結晶構造が組み替えられることで、可視光域-近赤外光域で優れた光吸収能を発現することから、今回、研究チームでは、水素イオン(H+)に注目し、市販のα-MoO3から準安定相「MoOx」の合成を目指すことにしたという。

既存のMoOx合成技術は、引火性/爆発性ガス(水素)や高濃度酸試薬の使用に伴う追加の安全対策が必要なだけでなく、高度かつ複雑な処理技術や大量生産における制約があるなどのさまざまな課題があるとされる。そうしたこともあり、今回の研究では、新たな合成手法としてメカノケミカルプロセス(MCプロセス)に注目する形で、汎用プラスチックであるポリプロピレン(PP)を市販α-MoO3粉体と共に短時間処理するだけで、MoOx/カーボン複合粒子を常温合成できることが示されたとする。

  • H+ドーピングによるα-MoO3の結晶構造変化

    H+ドーピングによるα-MoO3の結晶構造変化 (出所:名工大Webサイト)

反応機構が検討された結果、材料間の反応でPPの分解と同時にα-MoO3の還元が促進され、PPは反応過程でカーボンに変換され、複合構造を形成することが示唆されたという。また、開発された複合粒子は紫外線から近赤外線までの幅広い範囲で高い光吸収能を示すことも確認。太陽光のエネルギー分布と比較するとほぼ100%の光領域をカバーできるという。

  • MoOx/カーボン複合粒子の合成イメージ

    MoOx/カーボン複合粒子の合成イメージ (出所:名工大Webサイト)

  • 開発された複合材料の光吸収特性

    開発された複合材料の光吸収特性 (出所:名工大Webサイト)

さらに試作された光熱変換触媒担持シートを水面に浮かべ、光(近赤外光)を照射したところ、速やかに温度が上昇し、水面付近が局所的に高温になる現象が観測され、3.29kgm-2h-1という水蒸発速度が達成されたほか、約90%のエネルギー変換効率および長時間安定性を示すことが示されたとする。

  • 試作された触媒担持シートの外観

    (a)試作された触媒担持シートの外観。(b)光熱変換応答性。(c)水蒸発挙動 (出所:名工大Webサイト)

加えて複合構造の形成により、光エネルギーを化学反応に変える光触媒の機能も同時に発現することも判明。光触媒による優れた酸化分解促進によって、可視光・近赤外照射下でアゾ色素系汚染物質を短時間での分解・除去できることが確かめられたほか、MoOx相の構成組成を制御することが性能の最大化に重要なことも確認されたとする。光の非照射状態でも汚染物質および重金属類を高効率で除去できたともしており、分析の結果、副生されたカーボンの表面構造が酸触媒機能やイオン吸着能の向上に寄与することが確認されたともしている。

  • 光触媒反応過程での色変化

    (a)光触媒反応過程での色変化(左)、構造別汚染物質除去性能(中)、推定されたMoOxの電子構造(右)。(b)汚染物質分解性能(暗室下)。(c)金属イオン吸着除去性能 (出所:名工大Webサイト)

なお、研究チームでは、今回開発された複合触媒について、その多機能性により、光熱変換触媒単体では成しえなかった各種制約を打ち破り、飲料水の安定供給実現に向けた技術開発を加速させることにつながることが期待されるものだと説明しているほか、開発されたMCプロセスについては、追加処理や試薬などが不要で、市販の酸化物-汎用プラスチック粉末の種類を問わず広く適用でき、それらから機能性複合粒子を再構築可能なことから、既存原料の機能向上や廃プラスチックのアップサイクリングなど、多岐にわたる展開が期待されるとする。

また、光熱効果で発生した熱を利用し、熱電変換器で電圧信号に変換できることも予備実験的に確認済みだとしており、太陽光発電および熱電変換を電力源としたLED型照射モジュールをユニット内に組み込むことで、自立循環型水浄化システムの実現が期待できるともしており、今回の研究成果を活用することで、海水や雨水以外にも、工業廃水などといった幅広い水浄化用途にそのまま転用できることも期待されると研究チームはしており、今後は多機能性を決定づける化学構造や制約環境因子を解明すると共に、大型の試作システムの構築および屋外検証を進め、世界的な水不足問題の解消に向けた次世代触媒による淡水化技術の実用可能性を拡張することも目指していくとしている。