【政界】政治とカネ、経済再生に安全保障……新リーダーに求められる「国の基本軸」づくり

自民党総裁選は元幹事長・石破茂の勝利で決着し、石破は国会で第102代の首相に選出。9人による総裁選は思惑が交錯する中で混戦を極めたが、政治資金パーティー問題で前首相・岸田文雄が退陣に追い込まれた自民党は、「ノーサイド」の精神で党の結束と国民の信頼回復を迫られている。次期衆院選と来夏の参院選という大きな関門を間近に控える中、与野党双方で態勢整備が急ピッチだ。石破政権は「人気取り」に終わらない、本格的な経済再生をはじめとする日本の将来像を示す覚悟が求められる。

3強の流転

 9月の総裁選は中盤から「3強プラス6弱」という構図が鮮明になっていた。報道各社の調査で、国会議員票と党員・党友票で、石破に加えて経済安全保障担当相の高市早苗、元環境相の小泉進次郎が優勢だと伝えられた。

 下馬評が高かった小泉の失速が永田町でささやかれたのも、この頃だ。小泉が公約の1つに掲げた「解雇規制の見直し」が、SNS上などで反発を招いたことがきっかけだった。企業が整理解雇を実施するには、①経営上の必要性②解雇回避の努力③人選の合理性④労使間での協議─の4要件を乗り越えなければならない。唐突な見直し提案は「企業が社員のクビをもっと切りやすくするため」と世論から受け止められた。

 不安定な非正規雇用者の生活苦と将来不安が社会問題化する中だけに、衆院選を控えるタイミングとしては悪手というほかなかった。小泉が「聖域なき規制改革」を掲げたことも、父・純一郎の政権時代の模倣とみなされた。小泉はあわてて軌道修正を図ったが、弱点とされてきた経験不足と、今後の与野党論戦への不安を露呈させた。

 その結果、小泉は上位グループに吸収される形で、石破、高市と三つどもえのレースを形成した。特に高市は、党員の支持での善戦ぶりにやや意外な感もあった。故・安倍晋三のバックアップで岸田を脅かした3年前の前回総裁選での印象が、地方党員たちに残っていたのかもしれない。

 だが高市もすぐに泥仕合に飲み込まれた。総裁選の告示直前、高市が自身の政策リーフレットを各地の党員らに郵送していたことが判明した。ビラの郵送費は、支持を求める電話かけ(オートコール)などと並んで総裁選にカネがかかる原因とされていた。裏金問題を受け、党の総裁選管は「カネのかからないクリーンな選挙」を打ち出しており、他陣営は「ルール違反。あれじゃあ、やった者勝ちじゃないか」と強く反発した。

 実態は不明だが、高市票の伸びはそのリーフレットが原因だとする指摘もあった。高市自身は「総裁選管が禁止事項を決める前に発送していたものだ」と反論した。この騒動を眺めた党幹部は「カネがらみでもめていたら、また党のイメージが下がってしまう」と頭を抱えた。

誰にも読めず

 一方、5回目の挑戦となる石破は、ベテランの余裕か、ある程度マイペースに選挙戦を進めた。「次の首相」を尋ねた世論調査で小泉を上回ることも多かった石破は、過去の総裁選では、安倍晋三ら主流派に対するアンチテーゼとしての存在だった。

 だが今回は半ば本命視されての出馬である。国防族議員として安全保障分野や持論の「防災省」の創設など、主張の多くを国の危機管理に割いた半面、暮らしや経済などの内政に関してはやや曖昧だった。

 残りの6陣営の議員たちは、自身がかついだ候補者の敗北を前提とせざるを得なくなった。新政権でのポスト獲得や立ち位置を計算して「上位2人の決選投票で誰につくか」が、大きな関心事になった。岸田政権を支えた麻生派、岸田派、茂木派や、迷走を続ける安倍派がどこまで塊になって勝敗を決定づけるかも注目された。

 ただ、3強のうちどの2人が決選投票に残るのか、その組み合わせ次第で、票の流れと勝者は一変しかねなかった。事前に趨勢を読めた自民党議員は一人もいない、と言っていいほどの混戦だった。後から振り返って様々な論評に材料を提供する、まさに歴史的な総裁選となったわけだ。

 自民党には、岸田から「選挙の顔」をすげ替えて刷新感を国民にアピールしようという計算が働いていた。しかしそのアキレス腱は、相変わらず「政治とカネ」の問題だった。先の通常国会で改正した政治資金規正法を上回る改革をする気があるか。元総裁の安倍を不問とするなど、「不十分」と批判の根強い裏金問題について再調査をする意思があるか。総裁候補が問われたのは、大別すると、この2つの論点である。

アキレス腱

 政治資金改革について「政策活動費の廃止」と公約で踏み込んだのは、現職の幹事長だった茂木敏充だ。小泉も同調し、日本記者クラブで行われた討論会では「幹事長が私と同じ主張をしているのは心強い。私が総裁になったら、そういう同じ方向性の方々と協力したい」と語った。これは決選投票を見据えた秋波でもあった。

 しかし、記者からは「なぜ岸田政権の間に言わず、このタイミングなのか?」と厳しい疑問が出た。元官房長官の加藤勝信、前経済安全保障担当相の小林鷹之は、ブラックボックスだった政策活動費の公開基準のさらなる強化などを主張した。

 一方、裏金事件の解明を巡って、高市は「党が弁護士も入れて調査し、党議決定をした。いったん決まった処分をひっくり返すようなことは独裁だ」と強調した。後見人だった安倍や、自陣営の安倍派議員に配慮したのだろう。推薦人にいわゆる裏金議員が多い小林も「事件の解明に後ろ向き」との批判にさらされた。多くの候補が「新事実が出てくれば再調査する」と保険をかけたものの、議員票が逃げることを恐れ、熱意には乏しかった。

 総裁選中に、旧統一教会と総裁時代の安倍が面会した際の写真の存在も報じられた。安倍の銃撃事件以降、党と教会の関わりを責められた岸田政権が長く苦しみ、党内は「やっとほとぼりが覚めてきた」と安堵していた矢先である。総裁候補たちはコメントを避けたが、政治資金問題とともに、次期衆院選で野党にとって格好の攻撃材料となりそうだ。

 衆院選の時期を巡っては、半ば当然視されていた「11月選挙」から、10月への前倒し論が急浮上した。小泉が「首相になったらできるだけ早期に衆院を解散し、国民の信を問う」と表明したのを機に、10月27日投開票の参院岩手補選(広瀬めぐみの辞職に伴う)と衆院選と同日実施する案がよみがえってきたのだ。新総裁が首班指名を受けた後、臨時国会での与野党論戦を最短で切り上げ、選挙になだれ込む作戦である。

 その時点でまだ首相である岸田に、臨時国会の招集時期を決める権限があった。岸田は与党を通じて「10月1日召集」を野党に伝えた。補選との同日選が可能となるよう、国会日程を窮屈にしてでも召集を前倒しし、新総裁にフリーハンドを持たせる狙いだった。退陣する岸田といえども「自民党の勝利」は最優先事項なのだ。

 小泉の早期解散論に反論したのは石破だ。新首相の所信表明演説と代表質問、さらに予算委員会の開催までは少なくとも行うべきだと指摘して、「国民の判断(衆院選)は厳粛に受けなければならない。判断いただける材料(国会論戦)を提供するのは、政府・与党の責任だ」と訴えた。まさに筋論であろう。

 しかし党内では、新総裁の賞味期限が切れないうちに、さっさと衆院選をやってしまえ、という圧力が強かった。新総裁がまだ決まっていない時期にもかかわらず、北陸の地方紙で「衆院選、10月27日見通し」という記事が唐突に1面トップを飾った。小泉の後見人で、安倍派を今なお陰から仕切る元首相・森喜朗の意向が影響したことは想像に難くない。

与野党激突へ

 混迷の中で迎えた投開票日はドラマの連続だった。まず1回目の投票で高市がトップに立ち、しかも「地方人気」を誇ってきた石破を党員・党友票でわずかに上回った。党内に仲間が少ない石破は、高市と3位に沈んだ小泉より議員票が少なかった。ところが決選投票では、石破が議員票を140票あまり上積みし、僅差ながら高市を抑える大逆転で総裁に選ばれた。

 投開票の前夜、石破嫌いで知られる副総裁・麻生太郎が「決選に高市が残れば支援する」と麻生派内に伝えていた。逆に旧岸田派は決選で石破支持に回り、小泉陣営からも票が流れた。その結果、長く主流派に君臨した麻生が沈み、岸田や小泉の後見人・菅義偉が新たなキングメーカーに浮上してきた。高市を支援した保守系議員たちの動向と並んで、この地殻変動は石破の政権運営に大きな影響をもたらすだろう。

 9月27日の総裁選に先立ち、同23日に立憲民主党の代表選が投開票され、元首相・野田佳彦が旧民主党以来となる返り咲きを果たした。党創設者の枝野幸男、これまで代表だった泉健太、当選1期の若手・吉田晴美という4人の争いで、「自民党総裁選にメディアジャックされてはまずい」と立憲は盛り上げに躍起になった。保守系2人(野田・泉)、リベラル系も2人(枝野・吉田)とバランスの良い顔ぶれではあったが、やはり世の中では埋没ぎみだった。

 新代表の野田は、リベラル色の強い立憲にあって「保守層の有権者にウイングを広げる」という自らの役割を繰り返し強調している。2012年に旧民主党政権が崩壊した「戦犯」とされてきたが、死去した安倍に対する情理を尽くした22年の国会追悼演説いらい、世の再評価が著しい。名うての論客で、新しい自民党総裁にとって油断できない相手だ。

 野田は自民寄りの姿勢を取る日本維新の会とも相性が良い。今回の代表選のために「壊し屋」小沢一郎と恩讐を超えて手を組んでおり、党運営や野党連携でさっそく手腕を問われる。

 与野党が激突する国政選挙が迫っている。自民と立憲が党首選びに奔走する間も、内外に山積する諸課題は困難さを増してきた。米国の利下げで日米の金利差は縮小したが、依然として庶民を悩ませる物価高、経済成長と賃上げ。中国やロシアに対抗する国際社会の結束、防衛力強化。挙げればきりがない。

 新首相の石破が真に日本のリーダーたらんとするなら、まず弁舌と論戦において、その後は政策の立案と実行力において、各党としのぎを削らなければならない。そして深まる政治不信を払拭する「答え」を示すべきだ。民主主義の基礎となる国民の信頼なくして、国家運営の安定はない。

(敬称略)

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