サイボウズはこのほど、同社が提供する「kintone(キントーン)」のユーザーイベント「kintone hive 2024 tokyo」を開催した。kintone hiveは、kintoneの活用アイデアをユーザー同士で共有するライブイベントで、企業や団体が活用ノウハウをプレゼン形式で発表する場だ。イベントの様子はこちらの記事で紹介している。
2024年は広島、札幌、福岡、大阪、名古屋、東京の6カ所で開催された。本稿では、東京会場で最も注目を集めた成田デンタルのkintone活用事例を紹介しよう。同社は、長年使用していたパッケージ版の「サイボウズ Office」からkintoneへの移行を成功させた。「共感を得る仕組み」と「人を動かす仕掛け」をkintoneに組み込むことで、とある2つの壁を乗り越えたという。
パッケージ版「サイボウズ Office」に別れを告げた理由
千葉市に本社を置く成田デンタルは、歯科医院と歯科技工所をつなぐ営業商社。歯科医院から歯形を預かって提携技工所に送り、作成された差し歯や入れ歯を検品して歯科医院に届けるというビジネスモデルを展開している。
事業所は全国に25拠点あり従業員数は252人。社員の8割が営業系で、歯科医院を1日に30~40軒訪問するルート営業をしている。
kintone導入前、同社は2つの壁にぶつかっていた。
1つ目の壁は、30年間務めた社長が突然交代したことで生じた。当時はパッケージ版のサイボウズ Officeで営業の活動報告を運用しており、社長が営業社員全員分の報告書をチェックしていた。
しかし、新社長はこれまでと異なるフローを要求した。
「新社長はピラミッド型の組織を使って、営業所の所長を含む管理職の裁量権を高めたいという強い思いがありました。そのため、サイボウズ Officeによる営業報告書のチェックは社長ではなく管理職がチェックするようになったのです」と、成田デンタルの吉原大騎さんは振り返る。
営業所の所長や管理職は慣れない作業に戸惑った。「自由入力だから書きづらい」「何のための活動報告なのか分からない」といった多くの不満の声が、吉原さんの耳に入ってきた。
また、営業に使うルート表のフォーマットも営業所ごとにばらばらで、ファイルもローカルに保存していた。「営業所に戻らないと編集できず、コロナ禍ではトラブルの種になっていました」(吉原さん)
2つ目の壁は、パッケージ版のサイボウズ Officeの開発・販売が2027年に終了してしまうことだ。クラウド版のサイボウズ Officeへ移行することも検討したが、ユーザー数の上限が300人と、近い将来足りなくなると考え移行を断念。そこで吉原さんが目を付けたのがkintoneだった。
一筋縄では行かぬkintoneへの引っ越し
しかし、サイボウズ Officeからkintoneへの移行は一筋縄では行かなかった。
kintoneへの移行を決心した吉原さんが取締役会で提案を行ったところ、役員たちから「コストがかかる」と一蹴されてしまったのだ。
「役員たちの反応は当然のことでした。サイボウズ Officeで実現してきたことを、そっくりそのままkintoneで実現しようとすれば、どうしてもコストが高くなってしまう。そこで、ただの引っ越しではなく、付加価値をつけた引っ越しを提案しようと考えました」(吉原さん)
吉原さんが考えたkintoneの付加価値とは、サイボウズ Officeでは実現できていなかった、ルート表や営業が月に1回提出するレポートの「フォーマットの全社統一」と「クラウド保存」を実現すること。
そして、何のために書かれていたか分からなかった営業の活動報告と顧客管理に売上実績を統合することで、フィードバックしやすい環境を整えること。営業のマネジメントの質の向上につながると考えた。
こうして役員たちへ再提案したが、「コストがかかる」と役員の反応は変わらなかった。だが、kintoneの付加価値が評価され「お試しのアカウントでスモールスタートならOK」と許可が出た。
プラグインはコストがかかるため、JavaScriptによるカスタマイズでアプリ開発をしようと考えた吉原さんは、サイボウズの公式サイト「cybozu developer network」でJavaScriptを猛勉強した。プラグイン開発やカスタマイズに必要な基礎知識を身につけていった。
ついに、プロトタイプのアプリを開発。取締役会で披露したところ「まずは2つ3つの営業所で試して、全社展開するときはトップダウンをうまく利用してほしい」と評価された。付加価値を提示して実際にアプリを作って見せる。こうした吉原さんの努力が、kintoneの本格的な導入につながった。
「共感を得る仕組みは、現場と徹底的に対話しプラスアルファの付加価値を付けること。そして、それをアプリで共有することだと思います」(吉原さん)
「人を動かす仕掛け」を入れたアプリを開発
スモールスタートする営業所を選ぶ際、吉原さんは3つのポイントを重視した。
「まずはDXに前向きで熱量があること。そして営業所のメンバーにしっかりと落とし込めること。最後に全社展開する時に横展開を手伝ってくれること。現場との対話を重ね、この3つの条件を満たせる営業所と所長を見極めて、kintone環境を整えていきました」と、吉原さんは振り返った。
kintoneの構築で特に意識したことが「居住性」だ。どのデバイスでも使いやすいようなアプリを目指した。「最高のUIを持つサイボウズ Officeからkintoneに引っ越した後も居心地がよくなければみんなに使ってもらえません。導線を明確化し、入力の手間を徹底的に省きました」(吉原さん)
例えば、活動報告アプリでは自由入力項目を抑えた。ルックアップ機能を活用し、歯科医院の情報はコードを入力するだけで取得でき、他の項目も選択肢を選ぶだけで済むようにした。20秒もかからず報告できるようになったという。「『活動報告入力は頑張らなくてもいいですよ』『なにか報告したいことがあれば自由入力の項目に書いてくださいね』と呼び掛けています」(吉原さん)
加えて、吉原さんはデータを「自分ごと化」するような仕組みも構築した。活動報告の集計結果をポータルに貼り付け、「自分は今トップだから行動しよう」、「意識しているあの人の結果を見て自分も行動しよう」と、次の入力につながる仕掛けを作っているという。また、活動報告を月一のレポートに反映させてフィードバックさせる仕掛けも構築している。
月間の活動報告数が5.5倍に増加
kintoneへの移行は2023年12月に開始した。社内の定着に加えて横展開も進み、月間の活動報告数はサイボウズ Officeのころと比べて5.5倍に増えたという。また、社内アンケートでは、約8割の社員がkintoneの活用によってマネジメントの質が良くなったと回答した。
営業社員からは「同じ売り上げの人と業務内容や活動量を見比べることができて良い」「曖昧な記憶ではなく、正確なデータで分かるようになったので活動しやすい」と好評で、「営業社員が前向きになり、みんなの行動が変化した」(吉原さん)という。
吉原さんは今後、生成AIを気軽に触れる環境も作っていく考えだ。「いきなり、ChatGPTに触れるのはハードルが高いので、誰もが慣れ親しんでいるkintone内で利用できる環境を作っていきます」と語った。
慣れ親しんだサイボウズ Officeからkintoneへの移行を実現し、営業の業務の在り方を一新した成田デンタル。吉原さんが重視した「共感を得る仕組み」と「人を動かす仕掛け」がなければ、kintoneへの引っ越しは失敗に終わっていたかもしれない。