こんにちは! 今年4月から未来館で働き始めた、科学コミュニケーターの清水です。
さて、未来館には「科学コミュニケーター」というスタッフがいます。みなさんはこの言葉(詳しくは、職能というそうです)を聞いたことがありますか?さかのぼること数年前、私が初めてこの言葉と出会ったとき、頭の中でこんなことを考えていました。
科学「で」コミュニケーションをする人?
科学「と」コミュニケーションをする人? それとも…。
考えれば考えるほどわからなくなるものです。科学コミュニケーターって、どんな役割があるのでしょう。
そんな科学コミュニケーターの仕事を子どもたちに紹介し、この仕事がもつ可能性を一緒に考えるため、今年7月、小学4~6年生対象のイベント「1日科学コミュニケーター体験!」を開催しました。
イベントの詳細はこちら:https://www.miraikan.jst.go.jp/events/202407273522.html
テーマは、「問いかけで広げる科学の対話」!
イベントでは、参加者も科学コミュニケーターのユニフォームを着て、次の2つのことに挑戦しました。
- お客さんに展示を正しく【伝える】こと
- 【問いかけ】をして、お客さんの考えを聞くこと
そう、目指すは、来館者のみなさまとの「対話」です。
未来館の科学コミュニケーターは、お客さんに対して展示を正しく伝えるだけでなく、お客さんの感じたことを聞き、一緒に考えを広げていく役割があります。このような対話をする中で、新たな問いを見つけたり、未来について考えるきっかけづくりをしたりすることを目指しています。
——とはいっても、「対話」って何でしょうか。
このイベントの最初に、参加者の小学生のみなさんへ「対話」のイメージを聞いてみました。
「話し合いをすること!」
「人と人とが、向き合って意見を交換すること!」
おしゃべりとは少し違う、「考えを交わす」イメージがすでにあるようです。でも、初めて会ったお客さんの考えを聞きだすって、なかなか難しいですよね。
ということは、お客さんのどんな考えを引き出せるかは、私たちの「問いかけ」次第。
うまく問いかけられれば、お客さんの考えはもちろんのこと、私たち自身の考えを広げることができるかもしれませんし、展示が伝えている科学の背後にあるものに気づけるかもしれません。ここからは、そんな「対話」に挑戦した参加者のみなさんの準備や本番の様子から、私自身が印象に残っている2つの場面をご紹介します。
① 何を【伝える】のか?
今回は5つのチームに分かれて、チームごとに異なる展示を担当してもらいました。使用した展示は、「ハロー!ロボット」「プラネタリー・クライシス」「“ちり”も積もれば世界をかえる」「100億人でサバイバル」「老いパーク」の5つ。どれも深いメッセージが込められた展示です。
まずは自分の担当する展示について、現役の科学コミュニケーターからの説明を聞きながら、「自分がお客さんに伝えたいこと」を見つけます。
たとえば、人間の知的好奇心がどのようにこの世界(地球・宇宙)の理解を深めてきたのかを紹介している展示「“ちり”も積もれば世界をかえる」を担当した参加者との、ある一場面。この展示をより深く知るために、まずは同じフロアにある地球の歴史についての展示を見て、地球誕生から現在までを確認しました。最初の地球がマグマに覆われていたことや、各時代にどんな生き物が生まれたかなどをチームで見ていたなかで、こんなやりとりがありました。
参加者「ん? そもそも一番はじめの生き物ってなんで生まれたんだろう?」
私「実はまだ研究者もわからないから、今も調べているんだよ」
参加者「えー!」
私「でもね、その研究に大活躍したのが、「“ちり”も積もれば世界をかえる」の中に展示している「はやぶさ2」という小惑星探査機なんだよ」
参加者「じゃあ、もうわかったんだ!」
私「こうかもしれない、っていう説はあるけれど——」
参加者「研究しても、まだわからないことってあるの?!」
大人と子どもでは、世界の捉え方も違います。小学生であるその参加者にとって、意外と身近に「わかっていないことがある」ということが衝撃的だったようです。
自分が担当する展示について学んだ後は、さっそくお客さんに伝えるための文章をまとめました。担当する展示が同じでも、それぞれの伝えたいことは自然と異なります。ちなみに先ほどの参加者は、「はやぶさ2」が果たした大きな成果とともに、「それでも、まだわかっていないこと」を知ってもらうために、時間をかけて文章を練っていました。
一見すると、未来館の展示は「わかっていること」「科学技術によって可能になること」を私たちに伝えているようです。しかし、その背後に隠れている「わかっていないこと」「科学技術ではまだ不可能なこと」をお客さんに伝えることも、「科学の今」を正しく伝えるためには欠かせません。
展示を見て感じた、本人なりの「えー!」という気持ちを、どうにかしてお客さんにも伝えたい。科学の成果を表面的に眺めるだけでなく、その背後も含めて科学(の中身)「と」コミュニケーションをとったからこそ、伝えたいことを見つけられたのかもしれません。普段展示フロアでお客さんと関わる私自身も、一人の科学コミュニケーターとしての個性、つまり「自分はこれを伝えたい!」という気持ちを、大切にしたいと感じました。
②お客さんの考えを引き出す【問いかけ】って?
参加者各自が、展示の中でお客さんに伝えたいことを決めた後は、お客さんの考えを引き出すための問いかけを考えます。正解や不正解があるクイズではなく、お客さんの考えを聞くための問いかけを考える場面にも、参加者はさまざまな工夫をしていました。
「『あなただったら』って入れたら、自分のこととして考えてくれるかな。」
「(つくった問いかけを指さしながら)これ、わたしが聞かれたら答えにくいなぁ。」
「もし、○○って言われたら、△△?って聞いてみよう」
実はこのイベントを計画していた段階では、小学生自身で問いかけをつくることは少し難しいかもしれないと思い、あらかじめ問いかけの候補を用意していました。しかし、それを活用しながらも参加者自身が思い思いの問いかけを生み出していました。中には「はやくお客さんに聞いてみたい!」という声も。参加者のみなさんの発想力に驚かされました。
そして、いよいよ展示フロアでお客さんと「対話」にチャレンジ。
初めて会うお客さんに話しかけることに緊張している様子もありましたが、声をかけた後は堂々と対話に挑んでいました。慣れてくると、あらかじめ準備していた問いかけをその場でアレンジし、
「ということは、もし○○だったら、~ということですか?」
と相手の考えを深く知ろうとする姿もありました。
科学コミュニケーションってなんだろう
ところで、未来館3階の常設展入り口には、こんな言葉が書かれています。
「未来館は、私たちがこれから生きる世界について、科学の視点で考え、語り合う場です。さあ、“問い”から始まる未来の旅へと踏み出しましょう。」
今回のイベントでは、参加者のみなさんが科学コミュニケーターとして科学を伝え、さらにお客さんへ問いかけることに挑戦しました。科学の面白さや魅力を広めることも大切な役割の1つですが、そのためには相手の考えやその背後にある思いを理解し、一緒に考えを深めていくような、双方向のやりとり(対話)が欠かせません。
イベントを終えた時に、参加者の一人が
「科学コミュニケーターは、お客さんの考えをしっかり聞かないといけないんだね」
と話してくれました。
問いかけることで、相手の考えを聞く。相手から出てくるのは、ときには「考え」だけではなく、その人が抱える迷いかもしれないし、期待かもしれません。しかし、初めて会うお客さんからそれを引き出すことは、とても難しいというのも事実です。だから私自身も科学コミュニケーターとして働く今、科学の成果や研究の現状などの私自身が伝えたいと思う客観的事実と、「そうは言うけれど、あなた自身はどう考えますか?」という問いかけの両方を探しながら、展示フロアに立つようにしています。
このイベントの最後には、科学コミュニケーターとして一歩を踏み出した参加者一人ひとりに修了証が贈られました。
このイベントでは、参加者自身が科学(の中身)「と」コミュニケーションをとる中でお客さんに伝えたいことを見つける姿や、科学「で」コミュニケーションをとりお客さんの考えを一生懸命に引き出す姿が多くありました。単に科学を伝えるだけではない、科学コミュニケーションがもつ可能性をみんなでさぐることができたように思います。
20名の参加者のみなさん。ぜひまた未来館へ遊びに来てくださいね!
執筆: 清水 菜々子(日本科学未来館 科学コミュニケーター)
【担当業務】
アクティビティの企画全般に携わり、来館者への情報発信や対話活動を行う。学校団体を対象とした企画やコンテンツの開発も担当。
【プロフィル】
小さなころから惹かれていたのは、とても大きな自然の世界。惑星が公転していること、噴火が起きること、大陸が動くこと...全てが不思議でした。中学生の時に、地元の御岳山の噴火に衝撃を受け、地球科学やその教育について学びたいと強く決心。それでも他の惑星のことも知りたくて、大学時代は金星の気象学の研究をしていました。その後小学校教諭を経て、未来館へ。科学の面白さを楽しく伝えられる人になるために、現在奮闘中です。
【分野・キーワード】
理科教育/地球科学/気象学/惑星科学