欧州宇宙機関(ESA)と宇宙航空研究開発機構(JAXA)は10月4日、両機関が共同で実施中の水星探査機「ベピコロンボ」(ESAの水星表面探査機「MPO」とJAXAの水星磁気圏探査機「みお」の2機がドッキングした状態)が2023年6月19日に実施した3回目の水星スイングバイの際の観測データを詳細に解析し、水星磁気圏内の多地点における、惑星起源イオンの多彩な様相が明らかになったことを発表した。

同成果は、仏・パリ天文台やソルボンヌ大学などに所属するリナ・Z・ハディッド氏を論文筆頭著者とし、京都大学の原田裕己助教、JAXA 宇宙科学研究所(ISAS)の相澤紗絵博士(現・仏国立科学研究センター所属)ら25名の研究者が参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の物理学を扱う学術誌「Communications Physics」に掲載された

水星が持つ磁場の強さは地球の約100分の1しかないが、それでも太陽風(太陽から吹き出すプラズマ粒子の流れ)に対するバリアである「磁気圏」を作り出していることが知られている。太陽~水星間は太陽~地球の4割弱ほどと太陽に近い軌道を回っているため、太陽風と水星磁気圏、さらには水星表面との相互作用は地球よりもはるかに強いことがわかっている。

ベピコロンボは日欧共同の国際水星探査ミッションであり、2018年10月にフランス領ギアナより打ち上げられ、エンジン不調のために到着が1年間延期されたが、2026年11月の水星周回軌道投入へ向けて現在惑星間空間を2機が合体した状態で航行中(軌道投入時に分離される)。内惑星へ向かうためには、地球脱出時の秒速約11kmという高い速度を減速したり軌道を変更したりする必要があり、惑星を用いた減速スイングバイが行われている。具体的には地球で1回、金星で2回、水星で6回と、計9回のスイングバイが行われる(次回は2024年12月2日に実施予定の水星での5回目のスイングバイ)。スイングバイの際に科学観測は必ずしも行われるものではないが、ベピコロンボの場合、スイングバイ軌道は水星到着後の周回軌道とは異なるため、到着後には通ることのできない領域を観測できる点などが考慮され、水星到着時までは2機がドッキングした状態である上に、みおに至っては太陽光シールドで覆われているので視野が限られた状態だが、それでも3回目において搭載装置による科学観測が実施された。

3回目のスイングバイは1・2回目と似た軌道で、水星の磁気圏を約30分で横断し、最接近時には彗星表面から235kmの地点を通過。その間、みおに搭載されたイオン質量分析器(MSA)、イオン観測器、電子観測器とプラズマ粒子が取得したデータに、数値シミュレーションを組み合わせることで、観測されたプラズマの起源の分析が行われた。

スイングバイの前半で太陽風が自由に流れる領域と磁気圏の間の「ショック境界」の観測結果からは、「低緯度境界層」と呼ばれる、観測が予測されていた構造であることが確認されたが、NASAの水星探査機「メッセンジャー」(2004年打ち上げ、2015年運用終了)による観測から想定されていたより、広範なエネルギーを持つ粒子が観測されたとする。

また、磁気圏に捕捉された高エネルギーのイオンが赤道平面近くおよび低緯度で観測されたともしている。これらは部分的または完全な、磁気圏に捕捉された帯電粒子によって運ばれる電流である「リングカレント」(環電流)ではないかと推測されたとする(地球では、高度数万kmに存在)。水星では磁気圏が惑星のサイズに対して小さいため、粒子がどのようにしてわずか数百km以内に捕捉され続けるのかは未解明のため、ベピコロンボの軌道投入後の2機の観測でより多くの知見がもたらされることが期待されると研究チームでは説明している。

さらに、MSAが特に観測対象とする微小隕石の衝突や太陽風との相互作用などによって水星表面から飛び出した中性粒子がイオン化した惑星起源イオンについての観測も実施されたという。同イオンを観測することは、惑星表面とプラズマ環境の間のつながりを調査することと同義であるため、今回の結果を皮切りに、今後より多くの観測がなされることが期待されると研究チームでは説明している。

  • ベピコロンボによる、3回目の水星スイングバイ時の水星磁気圏の描像

    ベピコロンボによる、3回目の水星スイングバイ時の水星磁気圏の描像。ベピコロンボは、まず日本時間2023年6月20日の3時44分22秒に「バウショック」に到達し、4時14分00秒に磁気圏界面を通過。4時10分30秒~27分34秒にかけて、夕方側の低緯度境界層でさまざまなエネルギーのプラズマ粒子が観測されたという。また4時28分41秒には、「プラズマシート」が水星高緯度域につながる領域「プラズマシートホーン」領域に突入し、熱いイオンや電子の観測に成功。そして4時32分00秒から4時44分4秒には、高エネルギーのイオンと電子が赤道平面近くおよび低緯度で観測された。これらの特徴から、ベピコロンボは水星のリングカレントを通過したことが強く示唆されるとしている (c) ESA, 日本語翻訳:JAXA (出所:JAXA ISAS Webサイト)

なお、ベピコロンボは2024年9月5日実施の4回目の水星スイングバイでも科学観測を実施済み。今後予定されている5回目ならびに6回目(2025年1月9日)のスイングバイでも実施される予定となっている。最終的な周回軌道投入後には2機は個別に観測を行うが、2機が連携した協働観測計画も綿密に検討中だとされているほか、ESAの太陽観測衛星「ソーラー・オービター」やNASAの太陽探査機「パーカー・ソーラー・プローブ」などとの協働観測も議論中で、広く太陽圏と惑星圏・惑星磁気圏観測をつなぐ太陽圏システム探査の推進が期待されているという。

  • 水星の磁気環境のシミュレーション結果

    水星の磁気環境のシミュレーション結果 (c) Willi Exner - ESA & TU Braunschweig (出所:ESA Webサイト)