ニッセイ基礎研究所 チーフエコノミスト・矢嶋康次の提言「岸田政権が残した光と影」

過去、内閣支持率と株価は同じような動きをしてきた。岸田政権では、両者が大きく乖離し続けた。支持率は下がったが、株価は上昇。30年ぶりの株価水準を実現している。

 岸田政権は30年ぶりの賃上げを実現し、名目GDPも600兆円の大台に乗せている。経済面の実績だけで言えば、もっと評価を受けてもいいように思うが、政治への不信がその評価を掻き消している。

 この名目GDPの拡大はどこから来たのだろうか。国内では企業の経営努力が実を結び始めている。コストカットから付加価値経営への転換、人への投資の増加など、企業改革が大きく寄与していることは言うまでもない。また、世界的な経済安保強化の流れの中で、日本の再評価が起きていることも見逃せない。岸田政権は2021年に新しい資本主義を掲げて政策運営を開始した。その成長戦略の柱の1つが「経済安保」。22年にロシアがウクライナ侵略を始め、経済安保は成長戦略の中核として強く機能した。

 名目GDP拡大という光は、影の部分も作り出した。それが家計部門を直撃する「物価高」の痛みである。

 ここ数年、多くの先進国で国民生活を直撃した物価高による怒りが、政権基盤を揺るがし、現政権が選挙に敗れ、窮地に追い込まれる事態が起きている。中道的な政党が支持を失い、極左や極右が台頭している。

 インフレ対策の王道は、賃上げで実質所得を下げないこと。当研究所では、24年後半10―12月以降の実質賃金プラス化を見込むが、その実現は政府の支援策なしに実現しない。

 自民党総裁選が終わる10月以降、日本でも新しい政権が誕生する。他の先進国と同様、物価高への対策を誤ると、政権が急速に支持を失い短命政権となって、昔のように1年でころころ政権が変わる暗黒の時代になりかねない。

 新政権には、岸田政権の影の部分への対応と共に、光の部分をより強くしていくことも求められる。成長の加速と供給力アップは喫緊の課題だ。

 例えば、エネルギー問題。日本の電力需要は、省力化などが進み05年をピークに低下しているが、この先データセンターやAI需要の拡大で、急増することが見込まれる。産業の活性化には、どうしても電力が要る。人手不足は少子高齢化で、これからもっと深刻化する。交通などのインフラは整備が必要となり、農業などの一次産業は産業としての岐路に立つ。早急に手をつけなければならない課題が目の前に溢れている。

 11月には米国でも新しい大統領が選出される。世界の分断が広がる中、日本の役割はこれまで以上に大きくなるだろう。

 この状況をどうするか。新政権に立ち止まる余裕はない。喫緊の課題への対処は勿論のこと、中長期の課題に手を付け、10年後、20年後の日本の姿を描かなければならない。政策の構想力・実行力が問われている。