北海道大学(北大)は9月20日、冬眠する哺乳類であるシリアンハムスターの細胞が長時間の低温に耐えられる仕組みの一端を明らかにしたことを発表した。
同成果は、北大 低温科学研究所の曽根正光助教、同・山口良文教授らの研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の細胞死に関する全般を扱う学術誌「Cell Death and Disease」に掲載された。
ハムスターなどの冬眠するほ乳類は、冬眠中に体温が10℃以下にまで下がる時もあるが、それでも何の問題もなく活動を再開することが可能。過去の実験から、冬眠ほ乳類の培養細胞はヒトなどの冬眠しないほ乳類のものよりも、低温環境で長く生きられることが確認されている。こうした、冬眠ほ乳類の細胞自身が持つ低温耐性が、冬眠時の極端な低体温によるダメージを受けない理由の1つとされている。
また、ヒト細胞を低温培養すると、細胞の脂質の酸化により最終的に細胞膜が破壊される細胞死の一種「フェロトーシス」が起きてしまう。冬眠ほ乳類の細胞で、それをどのように防いでいるのかは不明で、低温耐性に必要な遺伝子などもわかっていない。そこで研究チームは今回、冬眠ほ乳類のがん細胞を用いた研究を行うことにしたとする。
シリアンハムスター(以下、ハムスター)のがん細胞は低温耐性を持っており、今回の研究では、4℃で5日以上生存できる膵臓がん細胞が使用された。最初に、ヒト細胞に低温耐性を与えることのできるハムスター遺伝子のスクリーニングを行うため、ハムスターのがん細胞で働いている遺伝子のライブラリーが作製された。そして、4℃では1日で大半が死んでしまうヒトのがん細胞に対し、そこから選ばれたさまざまなハムスター遺伝子が導入され、6日間培養された。すると、一部の細胞が生き残っており、37℃に復温させたところ増殖を再開し、細胞数が回復したという。
そして検証の結果、ヒトがん細胞に低温・復温耐性を与えたハムスター遺伝子は「Gpx4」であることが判明。同遺伝子から作られるタンパク質は、脂質の酸化を抑える酵素として働き、フェロトーシスを防ぐのに重要な役割を果たしていたのである。実際に、ハムスターやヒトのGpx4の働きを強めたところ、低温でのフェロトーシスを抑制できたとした。
次に、Gpx4がハムスター細胞の低温耐性にも重要なのかが調べられた。Gpx4を破壊したハムスター細胞が作られ、4℃で培養されたところ、2日間以降に徐々に細胞死を起こし、5日目には大半が死滅してしまったという。これはハムスター細胞が低温で長期間生存するためには、Gpx4が必要なことを意味するとした。その一方で、Gpx4を破壊されてもハムスター細胞は4℃環境で2日間も生存したため、Gpx4以外にも低温による細胞死を防ぐメカニズムが備わっていることが推測された。
がん研究で、Gpx4以外にもフェロトーシス抑制遺伝子が発見されていたことから、今回はその中の「FSP1」、「Dhodh」、「Gch1」の3つが着目された。ところが、ハムスター細胞の各遺伝子を個別に破壊して4℃で培養しても、細胞死には影響がなかったとする。しかし、それらの遺伝子が破壊された細胞に対し、同時にGpx4タンパク質の働きを止める薬剤を加えて4℃で培養すると、2日間で細胞死が増加することが確認された。これらの結果から、FSP1、Dhodh、Gch1はいずれもGpx4遺伝子と協力して、ハムスター細胞の低温耐性を支えていることが予測された。
さらに、ヒト細胞でGch1の働きを増強させると、Gpx4と同様、低温による細胞死を抑え、生存率が飛躍的に高まることも判明。Gch1から作られるタンパク質は、抗酸化作用物質「ビオプテリン」を作り出す働きをする。そこで最後に、がん細胞以外の正常な細胞への効果が検証された。冬眠しないほ乳類であるマウスから取り出された肝臓細胞を低温培養する際に、ハムスターのGpx4を導入して働かせると同時に、ビオプテリンが培養液に加えられた結果、両者は相乗的に細胞の低温での生存率を高めることが明らかにされた。
今回の研究により、ハムスター細胞の低温耐性を支える4種類の遺伝子が発見された。それらは、ヒトなども持っており、冬眠しないほ乳類の細胞でも低温耐性を高められることも確認された。今回の研究成果を応用すれば、臓器移植の際に摘出された臓器の低温保存期間を延長することなどに期待できるという。一方で、これらの遺伝子はがん細胞の増殖や生存にも必要な遺伝子であるため、慎重な検討が必要とした。
その一方で、4種類の遺伝子はほ乳類共通にも関わらず、なぜ冬眠ほ乳類と冬眠しないほ乳類の低温耐性に違いが出るのかは、まだ謎のままであるため、今回の成果が、その解明の手掛かりになることが期待されるとしている。