熊本大学は9月20日、これまで急激な貧血が起こると、赤血球になることが決定した未熟な細胞である「赤芽球」が増える仕組みはわかっていたものの、より幼若な「造血幹細胞」がどう反応するのかが不明だったが、体内で赤血球が増える新たなメカニズムを、マウスを用いた動物実験によって発見したことを発表した。
同成果は、熊本大 国際先端医学研究機構の三原田賢一特別招聘教授らの研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。
一般にもよく知られているが、赤血球は酸素および二酸化炭素(CO2)の運搬役という非常に重要な存在であり、体内で最も数の多い細胞。赤血球の寿命は約120日で、老化した赤血球は脾臓で破壊される。多数の赤血球が何らかの要因で壊れたり、出血によって失われたりすると、貧血が起きるため、そのような状況を迎えた時に備え、人体には、ホルモンの「エリスロポエチン」を増加させ、赤芽球を増やすことで赤血球の数を回復しようとする仕組みが備わっている。
しかし、重度の貧血が起こった時に、赤芽球よりも幼若な「造血幹細胞」がどう反応するかは、実はまだわかっていないという。造血幹細胞はすべての血液細胞を作り出す能力を有するが、造血幹細胞にはエリスロポエチンが結合する受容体がない。そのため、赤血球を優先的に作らせるような指令を出せない可能性が推測されている。このことから、まだ解明されていない未知のメカニズムが存在しており、それによって赤血球を回復させていることが予想されていた。
そこで研究チームは今回、マウスを用いた動物実験で、マウスに対して赤血球が破壊される薬剤(フェニルヒドラジン)を投与したり、マウスから血液を一定量抜いたり(瀉血:しゃけつ)して急激な貧血を起こさせ、その骨髄を解析することで造血幹細胞がどう変化するのかを調べ、同時に、その変化がどのように誘導されるのかを探索することにしたという。
急激な貧血が誘導されたところ、処置直後から造血幹細胞が増幅を開始することが確認されたとする。また、貧血マウスの造血幹細胞は、正常マウスに比べて他の血液細胞よりも赤血球をより多く作ることも判明。
上述したように、造血幹細胞はエリスロポエチンに反応しないことから、何が造血幹細胞の変化を促しているのかを探るべく、遺伝子の探索が行われた。すると、貧血になった直後に脂質代謝に関係する遺伝子の働きが強くなることが明らかにされた。特に、「超低密度リポタンパク質」(VLDL)が結合する受容体(VLDL受容体)の働きが強くなっていた。さらに、造血幹細胞には正常なマウスでもVLDL受容体が多く存在する造血幹細胞(VLDLRhigh造血幹細胞)と、少ない造血幹細胞の2種類があり、前者の方が赤血球を作りやすいことも突き止められた。
次に、貧血になったマウスの骨髄内に存在する脂質や関連するタンパク質の分析が行われた。その結果、VLDLが減る代わりにVLDL中に含まれる「アポリポタンパク質E」(ApoE)が急速に増えることが確かめられた。ApoEがない遺伝子改変マウスを貧血に誘導しても造血幹細胞は赤血球を作りやすくなることはなく、貧血に反応していなかったという。
続いて、より詳細な遺伝子機能の解析が行われた。すると、ApoEがVLDLRhigh造血幹細胞に作用すると、遺伝子(転写制御因子)の1つで、血管新生や炎症、細胞の増殖・分化を制御することや、造血幹細胞の機能および血小板産生に重要な役割を果たすことが知られている「Erg」の働きが弱まっていたとする(その結果、相対的に赤血球が作りやすくなる)。人工的に合成したApoEを与えたり、Ergの働きを弱めると、健康なマウスの造血幹細胞でも赤血球を作りやすくなったとした。これらのことから、急激な貧血が起こるとVLDLからApoEが放出され、造血幹細胞のうち、VLDLRhigh造血幹細胞だけに作用して赤血球をより多く作れるように変化させていることが考えられるとした。
エリスロポエチンは薬剤として貧血治療にも使われているが、患者の中には同薬剤の効果が低い人もいるという。また、貧血の治療には鉄剤の投与や輸血なども用いられているが、頻繁な鉄剤投与や輸血は鉄の体内沈着を起こし、別の病気を起こすことも知られている。今回の研究の成果は、従来知られていた赤血球生産の仕組みとは異なる機序が存在することが示されており、これまでの治療法で十分に効果が得られなかった重度の貧血患者に対する新たな治療法の開発につながることが期待されるとしている。