大阪商工会議所会頭(サントリーホールディングス副会長)・鳥井信吾「大阪・関西には高い技術をもつ企業が多い。万博でそれを世界に発信していきたい」

「毎日会社に行くだけでその人の健康状態がわかるオフィス、光合成する服、空中に浮く靴など、未来を豊かにするような夢のアイディアが出ています。現在の実現性ということではなく、そういう夢のあるアイディアを出して、実現化に向けて各企業の技術を持ち寄る。そのコーディネートを大阪商工会議所がしていきたい」と大阪商工会議所会頭(サントリーホールディングス副会長)の鳥井信吾氏は語る。人手不足による建設の進捗状況には不安が残る中、万博の開幕まで約7カ月となり少しずつ中身が見え始めてきた。開催に向けて大阪・関西企業の旗振りをする取り組みとは。

先行き不透明の日本経済

 ─ 日本経済の状況は物価高、円安が続いていますが、現状を鳥井会頭はどうみていますか。

 鳥井 やはり物価が高止まりしています。現状日本は物価は顕著に上がっていますが、付加価値の高いものを生産して輸出して、人口が増えて、GDPが増えるというポジティブな経済の回転ではありません。ですから景気がものすごくいいというわけではないですよね。

 ただ、インバウンド(訪日外国客)は来てくれていますから、そこがGDPを押し上げている。食料品の値段が高止まりしていますよね。これが生活を圧迫しています。

 ─ 価格改定は日本経済全体の課題ですが、これはどう考えればいいですか。

 鳥井 統計やデータによると、5割、6割の企業が、価格転嫁は進んでいると言っています。しかし、小規模事業者になると、まだまだ価格転嫁できないという生の声を経営者から聞いています。簡単には価格転嫁ができないというのが実態です。大阪だけでなく全国の小規模事業者からも同じ声が聞こえます。

 ─ 値上げすると競争で負けてしまうからなかなか値上げはできないと。賃上げについてはどうでしょうか。

 鳥井 大阪商工会議所(以下大商)も最低賃金を上げるべきだと発信していますが、小規模になるほど経営的には厳しいでしょう。この現実ははっきりと知っておくべきです。

 それから、外食全般の景気でいうと、コロナ前と比較してまだ9割くらいしか回復していません。

 ─ 節約志向の消費状況ということですね。

 鳥井 はい。節約志向がまん延しているといいますか。生活防衛です。アメリカのようなインフレ経済ではないですから。それが日本のいいところでもあるんですけどね。個人金融資産は2200兆円ありますから、国にお金がないということではないのですが。

 ─ 預貯金は1100兆円、タンス預金も100兆円あると言われていますね。

 鳥井 はい。それが貯まっていますでしょう。それを少しでもスタートアップ企業や中小企業の自己変革・イノベーションに投資されたら日本の経済成長にプラスになりますが、そうはなっていません。

 ですから国民のマインドを何とかしないことにはこの状況は変わらない、と政府に働きかけています。日本はデフレが30年続きました。将来が不安ですから、国民が消費をせずに貯めていくのは当たり前だと思います。本当に必要なところに、お金が回る仕組みが必要です。

 ─ 最近では新NISAブームで若い人が外国の債券や株を買うとか、資産運用がかなり活発になってきました。

 鳥井 新NISAの活用はだいぶ進んできたように思いますが、金利が高い外国の株が買われています。日本は金利が低いのでリターンが少なく買われないと。そこを国としてどう考えているのかが見えませんね。

 ─ 今回の日銀の金利アップは経済にはあまり影響はないですか。

 鳥井 やはり小規模事業者は融資を受けるのが難しくなるリスクがじわりと来るのではないかと心配しています。

「くうぞ、万博。」でまち全体で食をアピール

 ─ 来年4月の万博が迫ってきていますね。万博開催についてはいろいろな意見がありましたが、ここまでくるとぜひ成功にもっていかなくてはと思います。

 鳥井 はい。先日、千葉県のある大学へ講演に行ったのですが、約300人の新入生に、2025年来年に大阪・関西万博があるのを知っている人は手を挙げてと言ったら9割手が上がりました。

 若い方で9割の認知度というのはすごいことだと思います。あとは中身の内容をしっかり提示するということが最重要のやるべきことだと思います。

 ─ 国としても盛り上げていかなければいけないわけですが、大商としてはどういう取り組みをしていきますか。

 鳥井 大阪ヘルスケアパビリオンというのがあって、その中で大阪の中小企業・スタートアップが出展するゾーンはわたしどもが事務局です。チャレンジテーマを出して、実現できるようなものをつくってほしいと1、2年前に提案を受け付けまして、彼らがそのテーマに沿って実際にリアルなものをつくって展示します。

 例えばウエルネスオフィスというテーマがあって、オフィスに行くだけで健康状態を、非接触で血を採らなくても測れると。また髪の毛の中にあるストレスホルモンの状態をみて、心身共にどの程度の健康状態にあるかということを毎日トレースできる。オフィスは単なる仕事の場所ではなくて、健康を維持する場所に変わる可能性がある。このように、テーマに対していろいろな中小企業の方に考えてもらうということをやっています。

 ─ 実際、大阪の中小企業は高い技術を持っている会社がたくさんあるんですか。

 鳥井 ええ。各社さまざまな高い技術を持っています。大商がそれをコーディネートしていきたい。本当の意味でウエルネスオフィスができるのは、まだ5年とか10年はかかると思いますが、そのきっかけになるようなことはできると思います。

 もう一つは、夢へのチャレンジですね。ヘリウムの飛行船を中小企業が二十数社関わってつくっていこうというプロジェクトであったり、繊維・ファッション関係では、これも夢のようなことで実際の商品になるかどうかはわかりませんが、光合成する服というアイディアが出ています。カーディガンのようなオーバーコートのようなものに、ツタというか、草を生やすんですよね。昼間に着るだけで光合成ができるという発想です。

 あとは、空中に浮く靴(宙に浮く靴)というのがあるんですよ。磁石の反発力を利用して靴が空中に浮いていますというのを見せるのですが、例えば遠い将来は、空中を「歩く」という夢を実現できるかもしれない。リゲッタさんという下駄を現代風にアレンジしてその人に合う靴をつくっている会社が、そういった面白いことを提案しています。こういうトライをたくさんしてみるということです。

 実現できるかは別として、夢を描いてアイディアを出し合うことは人類の進歩のためには大事だと思うんですね。

 ─ そのアイディアを形にして万博で展示するのですね。

 鳥井 はい。現在はバーチャルの時代と言われていますが、だからこそ、今回の万博はリアルというのがキーになると思います。

 バーチャルは画面で見てそれで終わってしまいますが、リアルは人が見るとその物からも見返されるでしょう。ある人がその物を見ているときに、横にいた人はその姿を見ます。会話がなくてもそういう相互の反応、または交流が生まれる。オンラインにはそれがないんです。

 オンラインが駄目と言っているわけではなくて、有効に使うということです。

 ─ 経営者の中にもそういうことを言う人が多くなってきていますね。やはり議論や対話の際に、ウェブでは真剣に言っているのか後ろ向きに言っているのかが表情や空気から読みづらいと。

 鳥井 そうですね。顔や目つき、手の動かし方からどこまで本気なのか、何となく見たら分かりますよね。

 ですから人が集まるというのはそういう意味があって、展示して実際の目で見て感じてもらうということが大事なのです。

 大阪にフジキンというバルブの会社で世界のトップメーカーがあります。15年前はまだ小さい町工場だったのが、今は売上2000億円の世界のトップメーカーです。そこの小川洋史相談役(元社長・会長)が、これまで情熱をかけてきた最後の仕事は、見本市をリアルにやって万博で人に見てもらうことだとおっしゃっていました。

 ─ 日本には元気な企業がたくさんあると。万博はそうした企業を掘り起こし、世界に発信する場ということですね。

 鳥井 はい。世界各国は自国のものを見てほしいと積極的です。海外の代表者に会っていますと、イタリアは熱心です。

 カトリックの総本山、バチカン国が、バチカン博物館の国宝級の秘蔵の絵をローマ教皇の許可を得て、初めて万博に出すと言っているんですね。国宝の絵をオンラインで見ても味気ないですよね。

 食べ物も、イタリアがパビリオンの屋上を全部緑にして、イタリアの食材の料理が楽しめるバルを出すと言っています。

 このように世界160カ国の人々が半年間(4月13日から10月13日まで)一堂に会するということはまずありません。

 ─ 世界中の人に来てもらい、いろいろな展示を通して体感してもらえるチャンスだと。

 鳥井 そうなんです。「くるぞ、万博。」というのが一つのテーマで万博のポスターにも書いてあるのですが、それになぞらえて大商の提案は、「くうぞ、万博。」、これは非常に面白いキャッチコピーだと思っています。大阪は食い倒れのまちと言われてきましたけど、万博は世界各国から人が集まりますから、やはり人類共通の食べるということをすごく重要なテーマにしています。

 ─ 天下の台所とも呼ばれていたように、歴史的にも商業のまちとして食文化も非常に発達した場所ですよね。

 鳥井 ええ。大阪中のまちに、今二つ提案があって、一つは「万博メニューでおもてなしプロジェクト」で、大阪中のまちの個々のお店に万博にちなんだ特別メニュー、例えば万博のシンボルであるリングのかたちをしたケーキを作るとか、そういった万博メニューの提案をしてもらうと。

 インスタグラムでその写真を投稿してもらって、大阪のこの店に行ったらリングケーキが食べられるとか、そういうコンテストのように万博メニューの募集をするという取り組み。

 もう一つは「大阪まちごとバルプロジェクト」で、大阪のメインストリートから少し離れたところにもいい飲食店がありますから、そういったところも発信して人も来てもらうと。

 大阪は北部と南部のエリアがありまして、北はどちらかというと大企業中心のおしゃれなまちで、南は中小企業中心の昔ながらのものが残っています。

 この大阪の南部地域は日本の中でも一番古い文化が残っている地域なんです。実は奈良よりも古くて、2000年近い歴史があって、独特の文化があります。非常にあたたかいといいますか、情熱的でホスピタリティがある地域なんです。

 ─ 泉州、南河内あたりがそのエリアですか。

 鳥井 はい、泉州、南河内エリアです。実はここは漁業も農業も盛んな食材の宝庫なんですよ。

 ベルリンを拠点にグローバルな活躍をする現代美術アーティストの塩田千春さんは泉州・岸和田出身なんですね。7、8年前に東京の森美術館で個展をやったら30万人来て、お客さんはほとんど30代だったようです。

 このような非常に独自性の高い地域から、世界性のある人が生まれてくるんです。世界的な大都市でエリート教育をしたら、世界的アーティストが生まれてくるということには必ずしもならないんです。この大阪の南部という独特の場所に、世界性のある人が生まれてくる。

 もっと言いますと、ノルウェー王立バレエ団のプリンシパル(最高位ダンサー)になった西野麻衣子さんというバレリーナがいます。ノルウェーで彼女を知らない人はいないくらい有名なんです。彼女は西九条の出身で、大阪南ではないですが、西九条も情熱的でホスピタリティがあるエリアです。

 そういうエリアから世界的に評価される建築家の安藤忠雄さん、世界的な現代芸術家の名和晃平さん、世界的なバレリーナ、そういう国際人の方々が出てくる事例をみると、これはなぜなんだろうとわたしはとても不思議に思ったんです。

 ─ エリート教育では世界で評価される独自性が育まれないということなんでしょうかね。

 鳥井 そうかもしれませんね。ですから大阪は北部も南部も非常にポテンシャルがあるエリアだということで、万博をきっかけにこういったエリアにも多くの人に足を運んでもらいたいと思っています。